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第7話 ユリナを蝕む病

 馬車から降りると、小さな黒い塊が襲い掛かってきた

「しねぇぇぇぇ!」

 女の子の手には、一般的な兵士が使う一般的な西洋剣が掴まれている。

「!」

 腰に差しているナイフで受けるが、その衝撃に思わず驚いた。少女とは思えない、少なくとも大男の一撃と変わらなかったからだ。

 しかし彼女の小さな手は握りに指が届いておらず、握っているというより掴んでいる状態だ。すっぽ抜けても恐ろしいので腕を掴んで、そのまま持ち上げた。

「やぁ! はなせ!」

「ロラ、まだ剣は早いよ」

 角の生えた少女は不満げに頬を膨らませた。

「けんがいいの!」

「棒や鈍器でいいじゃないか」

「すぐおれちゃうの!」

 腕に乗せると大人しくなり、素直に剣を渡してくれた。そのまま城に入ると、ユリナが出迎えてくれた。

「おかえりなさい、あなた」

「ただいま、ユリナ」

 頬にキスをして周りを見るが、出迎えてくれたのはユリナだけのようだ。本当ならバトラーのオオが出迎えるのが筋というものだが、そこらへんはすでに諦めている。

 少し見ないうちに城の中もすっかりうらぶれている。廃墟とまではいかないが、なんとも言えない惨めな雰囲気が漂っている。せめて見えるところまでは綺麗にしてほしいと口うるさく言っていたユリナも、さすがにお手上げのようだ。

「今日はどうしてロラがいるんだ?」

「ゴイルが来ているのです」

「ああ、そうかだったんだ。すぐに話を聞こう」

「い、いえ、もうわたくしが聞いておりますから」

 彼女はいつもの通りの微笑みを浮かべているが、その表情は硬い。

 舞踏会の後、ユリナは一足先に城に戻っていた。新しい街づくりに魔族の集落潰しなどで忙しい状況下、責任者が誰か一人ぐらい城に残っていなければいけなかったのだ。

だが、こういう立て込んだ状況だからこそ、こういう状況に陥ることは想定しておくべきだった。

 妻には部屋に戻っているように言って、ロラを連れゴイルが控えていた部屋へと向かった。ゴイルには魔族の集落制圧、周辺地図作り、町の建築作業の手伝いなど多岐にわたって頼んでいる。司はロラを膝の上に乗せてユリナが受けているだろう報告を改めて聞き、彼らをねぎらい見送った。

「じゃね、ロラ。今度はちゃんと握れる道具を使いなさい」

「や!」

 ロラの頭を撫でて手を振って彼らは夕日の中に消えて行った。

 勘違いしないで貰いたのだが、魔族という種族に対して殺意のようなものはあるが、それはそれ、これはこれ、ぐらいの分別はつく。ロラが魔王の子であるという敬意もあるが、ただかまって欲しいという子供の気持ちぐらい汲み取れる。

 だが、そうじゃない場合もある。

 大きくため息をつき、背筋を伸ばし、覚悟を決めて寝室のドアを開けた。

 想像以上に荒れているようだ。城の中で唯一整った部屋が、今は一番散らかっている。テーブルは倒れ、物語の一端が描かれた石のレリーフは割れ、彼女の実家から持ってきたタペストリーもナイフのようなもので引き裂かれていた。

 ユリナは背を向け、窓から外を眺めている。

「・・・ユリナ」

「差別は、外交カードで有益なカードです」

 言葉は静かだが、その不穏さに近づく事を躊躇われた。

「容易く信頼を得られ、呆れるほど資金が集まり、まるで聖人のように扱われる。愚か者を騙すには有益なカード、それだけのことなのに・・・」

 彼女は胸を押さえ、肩を怒らせ全身を震わせる。

「嫌悪が、このわたくしを蝕む! 憎しみが、嫌悪が、蔑視が! このわたくしを蝕むのです! いまは魔族を擁護する立場、不要ないざこざを避けるためにも分け隔てない聖人のような態度が求められている。それなのに、ああ、黒い反吐のようなものがわたくしを支配して狂ってしまいそう!」

 当然だ。

 この世界は魔族に対して尋常ならざる差別が蔓延している。彼女を責めることなど誰もできない。

 近寄り、そっと彼女の肩に手を置いた。

「いいんだ、ユリナ」

「何がいいんですか! わたくしは幼子を前に無残な殺され方をしてもきっと笑ってしまう。そのような精神の何がいいというのですか!」

「無理をしなくていい」

 ユリナは音もなく泣いていたらしく、手のひらから冷たい感触が伝わってきた。

「利用していたつもりが、まさかわたくしを支配していたなんて。わたくしは、怖い、怖いんです」

「ウリュサ近くに屋敷を作っているだろ? そこで暮らそう」

 震える彼女を後ろから抱きしめ、首筋にキスをする。

「仕事を別けるんだ。僕はここで軍事施設を作って、君はウリュサで仕事をするんだ。無理をする必要なんてないよ」

「・・・」

 彼女は腕に抱かれ、しばらく鼓動を合わせた。

 気づくと日は沈んでいた。暗闇の中でゆっくりと腕を振りほどくと、涙を拭いて向き合った。ユリナは窓から注ぐ月明かりの中で、真っ直ぐ司の瞳を見つめた。

「あなたは、なにをしようとしているのですか?」

 彼女は司の手を取り、自分の頬に当てた。

「わたくしと違い権力欲があるようには思えない。それなのに、無理をして高い爵位を手に入れた。社交界にも積極的に足を運んでいます。生き残られた異世界から訪れた勇者二人は堅苦しい生活を嫌い旅に出ました。あるのでしょう? 何か、大きな夢が」

 司は、彼女の瞳を見つめながら長い沈黙を保った。

 それでも彼女が目を離さないので、たまらず視線を外す。

「僕は、異世界人だ」

「はい」

「この世界は、おおむね気に入ってるんだ。元の世界では何の力もないただの庶民が、君のような妻を得られて、英雄扱いだ。当然だろ?」

「はい」

 彼女には、決して本筋から逃がさないぞという強い意志が感じられた。司は「もうしょうがない」と覚悟を決めるしかなかった。

「だけどね、この世界でもどうしても耐えられないことが三つあるんだ」

 ユリナは微笑み、頷いた。


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