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第77話 侮辱


 西には川。

 東には森。

 敵は5万、こちらは4万の軍が衝突しようとしていた。


 地理的にはこちらが詳しいので、ツカサ軍を狭い通路のような平地に誘い出すことができた。


 アルフレドは森の中で敵の動きを観察しながら、作戦は上々であることに満足していた。


 アルフレドの軍は横一列に並び、左右に騎兵が並んでいる。

 軍は側面、後方が弱点になる。

 故に後ろに回られないように横一列に伸びることになる。

 騎兵を左右に置く理由は、戦場を素早く、広く動けるために置かれることが多い。


 中央にはアルフレドの精鋭部隊、その左右にステロ伯爵から渡された部隊が陣取っている。彼らには複雑な命令には対処できない。故に、そこで腰を据えてしっかりと守れとだけ命令している。

 ステロ伯爵の部隊の後ろにもまた、部隊が配置されている。

 しかし、中央には後退するように空間を開けていた。

 敵が攻めてきたのなら、左右で受け止め、中央は後退する。


 Mの形になるのだ。


 中央に誘い込まれたツカサ軍を包囲殲滅する。

 そこから一気に崩れるはずだ。


 罠と察し、攻めてこなかった場合、左右に配置した騎兵が敵の騎兵に突撃する予定だ。

 アルフレド、父が鍛え上げた最強の精鋭部隊、それが騎兵だ。

 動かぬ騎兵など脆弱な歩兵と同じ、一撃で瓦解させてしまうだろう。騎兵のいない軍隊など、側面、後方からの攻撃のし放題だ。


 相手がただのボンクラなら、これで勝負はつくだろう。

 だがそうでなかった場合、この一手こそがアルフレッドの本当の狙いだ。


 森の中にはウルフライダーの大隊が潜んでいる。

 混乱に乗じ、後方にある補給を攻撃するもよし、攻めている敵の後ろから奇襲をかけるもよし。


 並みの将軍ならばら、森に部隊を隠すことなど想定していないはずだ。

 敵を前に逃げるそぶりをして彼らをここに誘い込んだのだ。

 部隊を森に隠す時間は、一晩。

 アルフレドの精鋭部隊でなければ、大隊を隠すことなどできない。


 並みではなかった場合でも、闇夜に隠れ動かせる人員は限られている。

 せいぜい50か100程度の人員ぐらいにしか思わないだろう。

 その程度ならば対処できると、優れた将軍でも思うに違いない。


「軍隊ってのは、どこにでも行ける。だな」


 スレニアは傍らに付き笑いかけた。


「気にかかるのは、森の中に斥候の一人も入れてこない事だ。馬鹿なのか、それとも・・・」

「罠なのか? はっ! 罠上等じゃねぇか! 何のためにこれだけの人数をそろえてると思ってんだ? 俺たちがここに居座った時点で、あいつらの負けなのさ」


 だといいがな。


 そう思いながらアルフレドは状況を見守った。


 ツカサ軍は罠と知ってか知らずか、進軍を始めた。

「左右をペガサス騎士団。中央に混成部隊?」


 アルフレドの想定と違った状況に、ひどく嫌な予感がよぎる。

 混成部隊は予想通りに突き進み、奥へと連れ込まれていく。


 そして、下がっていた部隊立ち止まり、包囲と言う形へとなった。

 その瞬間、アルフレドは息を飲む。


 混成部隊は、突如左右に動き攻撃を受け止めたのだ。


「西は聖騎士団、東は精霊騎士団か!」


 どちらも精鋭部隊なのは間違いない。

 しかし無駄だ。

 厚みが違う。

 脱出するには、誘い込んだ中央の部隊を無理やりにでも撃破して抜け出るしかない。

 だが当然だが、後方に予備部隊を配置しているのでそんなことはさせない。


 光に目がくらむ。

 後ろに下がり誘い込んだ部隊が、崩れていた。

「ま、魔法、だと?」

 何度も何度も閃光が走る。

 敵が命懸けで突撃してくるだろうと思い強固に密集させていたのがアダとなった。魔法はいともたやすく鉄の盾と鎧を突き抜け、多くの戦士が絶命していく。


 陣が崩れれば、空いた中央から兵が次々と抜けていく。

 貴族たちの寄せ集め軍と、警察軍が抜けてゆき、アルフレド軍の後方から攻撃を開始し始めた。


 騎兵は慌てて中央に援軍に向かう。

 だが、壁のように立ちはだかるのは、数十人の魔族だった。


 魔族の壁は、騎兵の突撃を受け止めきった。


「ば、バカな、こんなはずは・・・」


 まるでこちらの手の内を完全に理解していなければ、このような動きが取れるはずがない。


「アルフレド、あれだ」


 スレニアの指さす方向を見て、気を失いかけた。


 人が空を飛んでいる。


「あれは、ハーピィです。いや、獣の魔族もいる。いや、羽の生えている魔族も見えます」

 斥候の、目のいい男が傍らに来て説明した。

「こちらに気が付かれないように、一人か二人が飛んでいるだけだったので、気づきませんでした」


中央はわずかだが丘になっている。相手からは後方など見えるはずもないと高をくくっていたが・・・空を飛ばれては隠し切れない。


 アルフレドは怒りで卒倒しそうになった。


 卑怯ではないか!


 言葉にしにくいが、激しい侮辱を受けたかのような怒りが体中をめぐる。


「あれは、指揮している者が、ツカサではないかもしれません」

「なんだと?」

「体格が、聞いていたものと違います。小男と言うより、背の高い男です」


 父がマリグ帝国を調べていたのと同じように、アルフレドも徹底的に調べ上げている。

 英雄ツカサは、優れた人間を集める人物だ。

 そして、その人物を積極的に高い地位に立たせる。


「後方の補給だ! 奴らは侵略者だ、補給を立たれれば進軍が――っ!」


 全身が冷たくなりながら慌てて頭を切り替えて作戦を変えようとしていた時だった。


 アルフレドの横にいた斥候が、矢が刺さり、その場に倒れた。


顔に迫る矢を反射的に掴んだ。

 しかしわずかに遅れ、


 矢は右目を貫いた。


「アルフレッド!」


 スレニアは飛びかかる巨体を受け止め、投げ飛ばした。


 アルフレドは残った左目で森を見渡した。

 木の上に、無数の人影があった。


「エルフの矢を手で止めるとは、恐ろしいものだな」


 一人の男が地面に降り立った。

 アルフレッドは自身の相棒であるウルフをそちらに向けようとした時だった、紙がこちらに飛んできてウルフに張り付いた。


 その途端、ガクッとウルフが地面に伏せた。


「森の中でエルフと獣人に勝てると思っているのか?」

「貴様っ、ウルフに何をした!」


 慌てて複雑な文様が書かれた紙を剥がすが、ウルフは動けず唸りを上げる。

「精霊の封じた札で獣の体を狂わせた。一晩は動けんだろう」

「ふざけるな!」


 剣を抜き耳の尖った男に切りつけるが、黄色い毛皮の魔族に止められる。

「決して侮辱するつもりはないが、獣人の力も倍増することができそうだ」

「ここは戦場、力が増すのは有難い!」


 体中、札が張り付けられた獣の魔族は鋭い爪で襲い掛かるが、スレニアがそれを止める。


 すでに身を隠していた軍は、突如現れたエルフと獣魔族と戦いが始まっていた。

 やはりウルフたちは地面に伏して動けなくなっているようだ。


「矢の刺さった君、下りたまえ。君はこの軍の指導者なのだろう? すでに勝負は決した」


 銀色に輝くスーツを着たそれは弓を収め、森の中だというのに巧みに槍を振り回し勧告した。

「君も人の上に立つ将ならば、無駄な血を流す必要はないだろう」


 アルフレドとスレニアは互いに頷きあう。


「とんがり耳、いいことを教えてやるよ」


 二人の人間は、獣のような唸り声をあげ、悲鳴のような叫び声と共にアルフレドはエルフに、スレニアは獣魔族に切りかかった!


「お前は今日ここで死ぬ!」



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