第76話 戦いの始まり
「誓うのだ、アルフレド」
父の言葉に従い、膝をつきアルガンドの神像の前で祈りを捧げた。
「我が人生をかけ、マリグ国を滅ぼすと誓います」
父は満足げに頷いた。
マリグ帝国は危険な国家であった。
長年魔族との戦いで培われた戦いの技術、それが周辺国へと向けられた。次々と国家を滅ぼし、支配していく軍事国家だ。
いずれは祖国リコンに魔の手が伸びることは目に見えてわかっていた。
故に父は、精鋭部隊を鍛え上げると共にマリグ帝国を徹底的に調べ上げていた。
地形、戦い方、マリグ人の性格、歴史に言葉、父はマリグ人よりもマリグ人であった。
そうして戦いの準備は整い始めていた。
そこに魔族進行大戦がはじまる。
もしここでマリグ帝国が敗北したのなら、人類は文字通り滅びてしまう。
マリグ帝国からの救援願い。
さすがは一帯の支配者、マリグ帝国らしい堂々たる救援願いであった。
武人としてあの檄文を前に、協力しないという選択肢はなかった。
リコンの戦士たちは堂々と戦い、多く命を落とした。
しかし父は多くの魔族を屠り、リコンの英雄として祖国に迎えられた。
だが、防衛線の辛いところ、命をとして戦ったというのに、与えられる褒美がない。
生き残った戦士たちは次々に反乱を起こし始めたのだ。
英雄となっていた父は、ここで更に名を上げることとなる。
反乱分子を、ことごとく鎮圧していったのだ。
大戦でリコン兵は死んだ、しかしマリグ兵は更に多く死んだ。
今がまさに攻め込むチャンスなのだ。
内戦などしている場合ではない。
今しかない、今しかチャンスはないのだ。
しかし、魔族を多く殺した父であったが、この反乱分子鎮圧であっけなく命を落としてしまった。
そして若くして軍を率いることになったのだが、アルフレドという訳だ。
26歳の若き将軍は斥候に行っていた友人でもあるスレニアを向かい入れ、話を聞く。
「とんでもない寄せ集め軍だ。笑っちまったよ」
巨体の友人は乗っていた狼から降りると、狼は疲れたようにその場にしゃがみこんだ。
祖国リコンにしかいない馬と同じぐらい巨大な黒い狼、その狼に跨り戦うウルフライダー。その神速、凶暴性、力の前に他の生物に後れを取ることはない。
むろん人間を背負い走ることなど造作もない。
だが、巨体の友人を背負い走るのは骨が折れるようだ。
「アルフレド、お前の想定通りだ」
「もちろんだ」
主力は現在解体中のペガサス騎士団を筆頭に、貴族の寄せ集め軍が組まれるだろうと予想していた。
「だがな、想定とは違い面々も見受けられたぜ」
スレニアは興奮気味に見てきた軍隊を説明し始めた。
青いスーツを着た“警察”と呼ばれる軍。
ぱっと見、盗賊と見間違えそうな精霊騎士団。
白銀に輝くスーツを着たエルフ軍。
“聖なる導き手”教の聖騎士団。
十数名しかいないようだが、魔族の姿も確認した。
「鎧を着ちゃいるが、魔族の数は多くない。何人か動物の耳を持った魔族もいたが、やはり数は多くない」
スレニアは豪快に笑った。
「とてもじゃないが、統率が取れるとは思えん!」
軍隊は練度だ。
数の多さなど、練度でどうにでもなる。
寄せ集め軍となると、どうしても衝突しあい連携が取れない。そうなればただまっすぐ進むだけの烏合の衆と変わらない。
このステロ卿の元に集められた軍隊がそうなのだ。
現在動かしている軍の半数は、ステロ領より集められた兵隊ばかりだ。とても連携して戦える状況ではない。
「これが魔王を倒した英雄ツカサの軍隊か。お前の言った通りだ、三流もいいところだな」
「大戦は常に黒騎士ゴイルの手中にあった。マリグ兵が無駄に死んだのは、間違いなくツカサが失敗したからに違いない」
それでも勝利できたのは、魔王を倒したその尋常ならざる力のおかげであった。
「勝機はまさにそこにある。マリグ帝国は負けられない戦に、必ず英雄ツカサを持ってくる。だが、ツカサは将軍としては三流」
だが・・・
アルフレッドは風を浴びながら、顔をしかめる。
「嫌な風だ」
父が殺された日のような、なんとも言えない予感がした。
「考えすぎだぜ、アルフレド」
「そうかな? 寄せ集め軍にしては、想定よりも早くこちらにやってきている」
ステロ伯爵が罪人の引き渡し命令を持ってきた使者を殺し、追い返してからまだそれほどの時間は経っていない。
それにもかかわらず、軍隊がステロ領へと向けられている。
「軍人の足は速い。どんな悪路であろうと、突き進むことができる。なら何が軍人の足を遅くさせる?」
アルフレドは野太い笑みを浮かべ答える。
「伝統だ」
「そう、伝統だ。騎士は従者を、5人ほど連れて移動する。それが戦士の足枷となり動きを鈍くさせるのだ」
「知ってるさ、お前さんの親父がそれを廃止したんだよな」
そう、英雄である父だからこそ改革ができた。
後方部隊に物資を集め、軍人は自由に突き進むことができるようになった。
だからこそ、雷光と呼ばれるほどの進軍を可能にしたのだ。
「残念だが、ツカサは馬鹿ではない。何かしら対処方を考えてきたのかもしれんぞ」
「だからどうしたアルフレド!」
友人の大きな手がアルフレドの背を叩く。
「俺たちは訓練されたウルフライダーがいる! 奴らがどんな手を使おうと無駄なことだ!」
「ああ、その通りだ」
アルフレドは笑みを浮かべずにはいられなかった。
「アルガンドの神に誓ったのだ! この時を! 志半ばで命を落とした父が用意してくれたこの戦場、無駄にはせん!」




