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第75話 細々としたこと


 1


 彼は無数の死体の中にいた。

 ナイフで人間の体を丁寧に切り分けていた。


「新入りかい? 面食らてんだろ。あんまり近づかない方がいいぜ、よくわからん病気にかかって死ぬことになる」


 まだ20代ぐらいの男だ。

 その若さに驚き、そして頼もしくも思った。


「人間をバラバラにするのが趣味なのかい?」

「そうさ。人間だけじゃねぇよ、動物も、植物も、いろんなものをバラバラにするのが楽しいのさ。知ってるか? ハーピィと人魚を解体したことがあんだが、人間より動物よりなのさ。それなのに見た目が同じってのは不思議だよな」


 人の皮を剥がし、ゆっくりと血管を引き抜いている。

 よほどうまくやっているのだろう、血の量はさほどではなく、切っている当人に至っては手袋以外、血が跳ねていないほどだ。


「そのうちホットシータウンで本を書くつもりなんだ。人間の構造の仕組みって感じだな」

「うーん、ベストセラー作家は足りてるんだ。僕が欲しいのは、解体学の創始者だ」


 男は振り返り、その惨状に息を飲む。

 仲間たちはみな、死体となり転がっていたからだ。


「て、テメェがやったのか」

「そうだよ」


 何でもないというように伝えると、男は観念したように手袋を外し、顔を覆っていた薄い布も外して顔を見せた。


「俺を殺さない方がいいぜ。魔法や奇跡なんかに頼らない、治療ができるようになる」

「人間はどこからきて、どこへ向かうのか。そいう言うのもわかるかい?」

「ああ! わかってるな、旦那! 動物と違うって言っただろ、ありゃ嘘だ! 人間は、動物と同じ似た形なのさ!」

「つまり、動物から人間は進化した?」

「シンカ? ああ、それだ、ああそうさ、俺は動物の亜種ぐらいにしか思ってなかったが、進化したのさ! いや、動物の方が劣ってるって考え方は気に入らなんな」


 鋭い目つきの、痩せた男だ。

 肌の色合いはとてもよく、さすがは体の仕組みをよく理解していると感心する。


「人を解体できるから、盗賊になったのかい?」

「あ? ああ、そうだよ。盗賊付きの医者ってのが肩書だがな。そりゃそうだ、盗賊にゃ神様は奇跡を起こしてくれないからな!」


 鋭い目つきの男はおかしげに笑った。


「さて、君を殺すか殺さないかは君次第だ」

「おおっ! 頼むぜ、ツカサ卿!」


 お見通しだよ、という表情を向けてきた。


「この世界の医療はとても思っている、と思ってる。何しろ魔法に奇跡があるから簡単に治療ができるからね」

「はっ! それはどうかな! 例えば、血が目や口に入ったら大変だ、確実に病気になって死ぬことになるぜ! 俺の手伝いをしたいって言ってきた餓鬼がそれで死んだ!」

「・・・それは、ダメじゃん」

「ああ! 同じミスは犯したくない! そんなことは俺じゃなきゃわからんぜ!」


「その知識を残すつもりはあるかい?」

「解体学、だったか? いいね、俺に任せろ。期待以上の結果を残してやるぜ」


 揺るぎない自信があるようだ。

 実際、頭が三つ並んでいる状況を見れば、その自信も理解できる。


「妻が妊娠しているんだ。妻が死なずに子供を取り上げられるかい?」

「逆子だろうと腹を切って傷も残さず塞いでやる。任せな」


 自然と頷き、彼に近づく。


「どんなに理想郷を作ろうと尽力しても、犯罪ってのはなくならない。どうせ死刑にする悪党はいるものさ、そうだろ?」


 彼はぱぁっと華やいだ。


「俺にできる事なら、すべてをあんたに捧げるぜ!」


 二人は綺麗な手のまま握手をした。


 2


 ぎょろりとした目をした老人が、じっとこちらを見つめている。


「数学者を保護してくれ」


 彼はそれだけを言い、再びこちらの目を見てくる。


 こちらも抵抗せず、じっと老人を見つめ返した。


 しばらく見つめ合い、仕方なくこちらから話しかける。


「いいよ」


 老人は、それでもじっとこちらを見つめ続けてきた。


 やれやれと思いながら、考える。


「僕が小さい頃にね、ミレニアム問題を解いた男たちってミニドラマやってたんだ」

 わからない言葉にとうとう老人も表情が動いた。

「未だに解けない数学の問題を前に、多くの数学者が挑んで、そして廃人になっていく。そんな中で8つか9つか10個か、何個は忘れちゃったけど、その一つをようやっと解決したらしいんだ。その紆余曲折の物語は心奪われたものだよ。いやぁ、数学ってすごいんだなぁって思ってる」

 老人は頷いた。


「わしらにどうして欲しい?」

 やっと要求してきやがった。

「どうして欲しいじゃない、どうすればいいかを聞いていてるんだ」


 賢いくせに察しの悪い爺さんだなぁと思いながら、椅子に寄りかかる。

「いいかい? あなたは僕より賢い。にもかかわらず、あなたは僕に助けを求めている。つまりそういう事なんだ」


 ぎょろめ爺さんは、なるほどと俯く。


「僕はできる限りあなた方を支援しよう。で? ん? 僕が死んだあとは? 帝国が蛮族によって滅ぼされたら? どうやって自分の身を守るつもりだい? 世界は僕のように理解ある人物ばかりじゃない。むしろその逆だ。君たちは数学と言う娯楽で遊んでいるだけの役立たずでしかない。だからこそ、あなたよりも無知な僕に頭を下げに来ている。違うかい?」


 老人は、否定はすることができないようだ。


「期限は僕が死ぬまでだ。どうやって数学は娯楽でしかないという現状をどうやって打破するか、その立派な頭で考えるんだ」


 彼は生真面目な表情で考え込み、ふと気が付いたというように彼は顔を上げた。


「君は面白いな」


 3


 彼は疲れ様に呟いた。

「あなたはむごい人だ」


 こじんまりした部屋には沢山の植物が置かれていた。

 なんとも品のいい部屋で、人柄の良さが良く出ている。


「孫を奪い、そして私の自由を奪った」


 部屋がノックされドアが開かれると、学生が顔を見せた。

 彼は客人がいるからと言うと、学生は礼儀正しく改めてくると伝えて帰っていった。


「何も言い返せません、ユリ・ナイスマンさん」


 彼はナノ・ナイスマンの祖父ユリ・ナイスマン。

 ナイスマン一家は森に住まう魔術師の一族で、差別されながらも人々のために森の手入れを続けていた。

 しかしいよいよ捕まり殺されそうになったところを、司が救ったのだ。


 そして、魔法学校の教員となってもらった。


 ユリは肩を落とし、疲れたようにため息をついた。


「差別され森に中で暮らしていた方がよほど気楽でした」


 清潔なグリーンのローブに触れる。


「農業改革の第一人者として尊敬される身になるよりは」


 彼はとても穏やかで、物静かな老人だ。

 その言葉に嘘偽りはない。

 本当にこの生活に息苦しさを感じているのだろう。


「ことは食料問題、あなたの力が必要なのです」


 農業に対してもまだまだ未熟。

作物の種類、収穫量が少なく、効率も非常に悪い。

 植物が病気になることもあるし、なんだかよくわからないが育たないこともある。

 日照りの時の対処法、腐葉土の作り方、そもそも植物の種類。


 彼ら一族には、農業に対して必要な知識がすべて集まっている。


「わかっています。そして、感謝しなければいけない事も」


 彼は少し戸惑いながら微笑む。


「しかし・・・ふふ、老人の愚痴ですよ。立場ある地位と言うのは、なんとも気の重いことなのです。この年になれば、ただ静かに森の中で静かに生きていたかった、そう思ってしまうものです」


 彼は弱ったように微笑んだ。


「それを思うと、ナノがいてくれればと思うのです」


 司は、彼に何も言いだすことができなかった。


 4


 司は彼女の到来を聞き、気が重くなりながら応対することにした。


 ノズ・スノー。

 アラン・スノーの実の姉である。

 要するに、思いっきり裏切ったスノー家の娘だったりする。


 ここで殺されても文句の言えない身分の娘が、単身乗り込んできたのだ。

何をしに来たのか、大体予測はつく。


 司が部屋に入ると、彼女は立ち上がって迎えた。


 美しい女性だ。

 すらりとしていて、まっすぐに目を見る女性だ。

 死に装束のつもりなのか、綺麗なドレスを身にまとっている。


「どうぞお座りください」


 そう言いながら、司も腰掛けた。

 面と向かいながら、彼女はこう切り出した。


「弟のこと、アランに起きた本当のことを教えてくれませんか?」


 一度、司はスノー家の当主である彼らの父親に説明はしている。

 愛する女性ができて、彼女を追って異世界へと行ってしまったということを。

 当然、当主は納得しなかった。

 あのアランが、女にうつつを抜かして貴族であることを放棄し女の尻を追ったなど信じられるはずもないのだ。


 そして、司もまたすべて説明していたわけじゃない。


「わかりました。まだ話していないことがあります」


 異世界から来た少女、彼女は元の世界に戻れるかもしれない可能性を示した。

 物語(乙女ゲー)と同じように再現すれば元の世界に戻れる門が開かれる。

 それは恋愛物語、選ばれていた男性たちが異世界から来た少女と共に行ってしまう可能性があったこと。

 アランはその一人であり、そして門が開かれ異世界へ向かったのだ。


 アランがいなくなる可能性は想定できていた。

 それでも、司はそれを止めようとしなかった。


「共に戦った友人たちのために、アランを犠牲にした・・・?」


 ノズの責めるような瞳に、司は辛そうに首を振る。


「もっとひどい。愛ならば仕方ないだろう、当時は思っていたのです」


 誰かが死ぬわけでもなし。

 それどころか恋愛の応援をしようって言っているのだ、感謝されたいほどだ。

そう思っていた。

 だが、もうすぐ生まれてくる子供のことを思うと、自分の考えがいかに浅はかだったかを思い知る。


「残される者の気持ちを理解できていなかった。このような結末になってしまったのは自業自得、情けない限りです」


 司は沈痛な面持ちで俯き、ノズは何かしらを考えこんでいる。

 しばらくして、顔を上げる。


「私はそちらに寝返ります」

「あ、結構です」


 間髪入れず断ると、彼女は硬直した。


「ま、待ってください。私がこちらに鞍替えすれば、多くの貴族はあなたの味方になるはずです」

「それが困るんです」


 やれやれと、ため息をつく。

 単身乗り込んできた時から、こうなることは分かっていた。


「想定よりも多くの貴族が味方になってくれています。現状でさえ戦争に勝った時の取り分でもめそうなんですよ。これ以上増えられると非常に困る」


 全く失敗した。

最悪の事態に関しては準備を怠らなかったが、最良の結果に対し準備を怠っていた。

 戦争に勝って、また内戦という結果は勘弁願いたい。


「最後に真実を伝えることができて本当に良かった。それではお帰りを・・・」

「ま、まって!」


 彼女も必死なのはわかる。

 結婚したて、恋愛結婚のはずだ。

スノー家に比べればつまらない下級貴族だが、人柄のいい一族だと聞いている。


 この戦いは確実にこちらが勝つ。

 こちらとしてもメンツがあるので、手痛い裏切りをしたスノー家の関係者は皆殺しにしなければいけない。

 残酷に聞こえるかもしれないが、貴族は貴族にしかなれない。野に下ろうと働けず苦しみの中で死んでいくのは目に見えている。

殺してやった方が慈悲深く、トラブルも起きないものだ。


「一度始めてしまったのです。あなた言動1つで数百、数千の人の命が左右されるのです」

「わ、わかっています」

「いや、わかっていない」


 司は、できるだけ冷たい口調で吐き捨てる。


「妻の両親は、クーデターの首謀者として処刑されます」


 ユリナは笑って「平気よ」と言った。

 平気なわけがない。


「僕は皇帝の友人です。恩赦だって可能でした。しかし妻は、遺恨が生まれる、絶対にこれだけは譲れないと、彼女の両親を救わせてくれないんです」


帝国は揺るがない。

 何故ならば帝国を守る英雄は家族さえも処罰する忠誠心の人だから。


 彼女の決断が帝国を守ったのだ。


「誤解しているようだが、僕は戦争なんて望んでいない。

僕の願いは、僕の理想に協力してくれる方は栄え、僕に非協力的な人間は飢えていく。

 そうすることによって僕の正当性を示したいと思っていた。

だからこそ僕は戦争を避けようとし続けました。しかし、僕の望み通りにはならなかった。誰かが裏で人心を操ってるなんて言っているが、このざまです」


 しばらく二人は黙ったままだった。


「ノズさん。悪いですが死んでください。すでに僕の意思で動かせる状況ではないのです」

「どうすれば、どうすればいいのでしょうか?」

「それを考えるのは、あなたの仕事です」


 僕じゃない。

 首を振って彼女を追い出そうとした。


 彼女は立ち上がり、震えながら服を脱ぎ始めた。


「・・・」

「素晴らしい、きっと妻はあなたを喜んで向かい入れてくれますよ。何故だかわかりますか?」

 はだけた服を元に戻す。

「僕が妻以外抱かないからです」


 そしてそのまま無理やり部屋から出そうとし時だ、ノズは叫んだ。


「父は言っていました!」


 彼女は手を払い振り返る。

 その表情には自信とプライドが再び宿っていた。


「まずは「寝返ってやる」と言うように強く出ろと! それでダメならば誘惑してでも救いを求めろと! それでダメなら・・・」


 彼女は同等の立場だと言うように再び椅子に座った。


「反乱を起こした農家たちをそそのかしに行った父に、私も同行しました! そして、娘であること覚えさせました! ええ、歌を歌い、踊りまでしたのです!」


 司も静かに着席する。


「父は嘘をつきました! 一万の兵を援軍に出すと! そして数日のうちに皇帝を討ち取られ、スノー家はこの国の重役となると!」


 一万?

 無理だ。

 スノー家は古くからの口利きできる名家ではあるが、軍隊を引っ張ってくることなどできない。

 それに、一万もの兵がのんびりこちらに向かっているのならすぐさま気づかれてしまう。


「ええ、無理です」


 ノズは当然だと頷いた。


「私たちに一万の兵を動かす権限はありません。そもそも戦争に勝ったとしても皇帝の首を取るとなると、どんなにうまくいっても5年はかかると父は言っていました」


 もし相手の将として考えれば、最良のスピードを考えればそのぐらいかもしれない。


「しかし農家主を騙すのは簡単でした。所詮、世間知らずですからね」

「・・・」

「もし、私が嘘であることを伝えれば、彼らはどうするでしょうかね?」


 戦争になれば、有無を言わさず兵を動かさなければいけない。

 食料は、コネを使って貴族たちに出させるほかにない。

 信じられないほどの莫大な資金と、恩義が発生する。


 出せないことはない。

 コネも沢山ある。


 頭の測りが左右に揺れ動く・・・


「まずは説得に成功すること。僕が関わると嘘の情報だと勘ぐられても困りますので、単独での説得してください。それと、寝返る貴族には人数制限を設けさせてください」


 彼女は当然だと頷いた。


「うまく言えばスノー家は残り、あなたの家族も救われます」

「これは父が初めから仕組んでいたことです。失敗などありません」


 確かに、名門と言われるだけあって仕事をそつなくこなす。

 それほどの人物が、息子を失った怒りで帝国に反旗を翻してしまう。

 そんな当たり前のことすら自分は気が付かなったのだ。


 どこまで行っても、スーパーマンのようなヒーローにはなれないのだろう。




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