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第74話 ジョルジュの力


 かつて偉大なる王がいた。


 7つの国を滅ぼし、5つの種族を従えた。

 しかし侵略の手を止めることなく、更に戦いを求め“貪欲の王”と呼ばれるドワーフの王と戦った。


 ドワーフ最強の戦士でもあった“貪欲の王”との一騎打ちとなった。

 戦いは三日二晩続き、王は貪欲の王を打ち破った。

 しかしいつまでたっても偉大なる王はドワーフの穴倉から出てこなかった。


 貪欲の王は莫大な量の黄金を隠し持っていたのだ。

 偉大なる王はその黄金に心奪われ、ドワーフの穴倉から二度と出てくることはなかった。


 こうして偉大なる国は滅びるのであった。


 よくあるおとぎ話。

 欲は偉大なる王であろうと堕落させてしまうという、ありがちな物語。


 ジョルジュはそのおとぎ話の場所にいる。


 驚くほど巨大な洞穴、そこには何千人、何万人もの人間が暮らしていたのだろう背の高い建物がいくつも並んでいた。

 石を削って作られたようで、廃墟となっている現状ですらすぐに人が住めそうなほど原型が残っていた。


「ジョルジュ、ここは・・・」


 フィーアは恐れる様に腕に抱き着く。

 ジョルジュは彼女に対し不信感を抱き始めていたが、その姿が孤児の家族を思いだし、振り払うことはできなかった。


「精霊が俺を導いたんだ。さらなる力を得るためにね」

「さらなる力?」


 偉そうな口調の黒衣の男を思い出し、全身が沸騰しそうなほど怒りが湧き上がってくる。


 父親気取りか!

 何が英雄だ、自分たちを、孤児となった子供たちを救ってくれもしなかったくせに、えらそうなことを! 

 

 とにかくあの男のすべてが許せない。

 だが、力であの男に勝てない。

 だからこそ、誰にも負けない力が必要なのだ!


「この地には王の力が眠っているはずだ」


 偉大なる王バルナンドは精霊の啓示を受け、戦いを有利にしたとしている。

 その力は、まさにジョルジュと同じように怪力でありながら容姿は美しく、年を取らなかったと言われている。

 きっとジョルジュが得た力と似た、何かなのだろう。


 ジョルジュは周辺の高い建物よりもさらに巨大、更に壮大な城へと向かった。

 そこにこそバルナンドの力の秘密があるに違いない。

 そう信じ、歩を進めた。


「ジョルジュ!」


 ジョルジュの目の前を、鎌が通り過ぎていく。

 慌てて身を転がしながら後ろに下がり、周囲を見渡した。


(国を・・・守れ・・・)

(王の・・・ために・・・)


 霞が現れると、人の形に変わっていく。

 そして、霞同士で戦い始めた。


「これは、なんなの?」

「戦っているのさ、今もね」


 一方は人間、一方はドワーフのはず。

 しかしもはや形など意味がないのだろう、同じような背丈の霞が剣と農具などで戦いあっていた。


「なにが楽しくって、こんなになってまで戦うんだ」


 霞の一部が、こちらに気が付き攻撃を仕掛けてきた。

 白い煙のようなそれは、ジョルジュの服を切り裂く。

「フィーア! 走るんだ!」


 彼女の手を引っ張り、靄に突撃する。

 やはり突っ切ることはできるようで、ジョルジュはそのまま前へと突き進んでいく。


 城の門前でようやく亡霊が減っていく。

 人間よりも身体能力が高くなっていたジョルジュは息が切れることはなかったが、手を引かれていたフィーアもまた息を切らしていなかった。

 そればかりか、彼女は傷一つついていなかった。


 ジョルジュの姿は確認できるが、どうやらフィーアを見ることはできなかったようなのだ。


 彼女は人間ではない。


 だったらなんなのか、どうして自分の前に現れたのか、何故か黒衣の男が浮かび、更なる苛立ちが浮かんでくる。


 城の中は暗く、広く、静かだった。

 フィーアは「王は玉座にいるもの」と言うので、二人は奥、そして高い場所を目指した。


 昔は立派な扉があったのであろう場所は、今は何もない穴となっていた。

 その奥、玉座に白骨が座っていた。


「・・・これが、バルナンド」


 白骨となったそれは、埃をかぶった鉄塊を抱きしめていた。


 ジョルジュは近づき手を伸ばす。


(なにものだ)


カっとその頭蓋骨は頭を上げた。


(我が宝を盗むつもりか!)


 ジョルジュは飛び下がり、剣を抜く。


 白骨死体は、霞の肉体を得て剣を振るい、埃を払う。


 その刀身は、青く光るクリスタルでできていた。


(おお、我が剣よ。力を、永遠の命を与えてくれ!)


 王を中心に風が吹きあがり、そこには明確な肉体を得た人間が立っていた。


「これぞ我が剣! 我が宝よ! 愚かなドワーフめが、これほどの秘術を隠すとは愚か者よ」


 バルナンドはジョルジュに駆け寄り剣を振り下ろした。

 ジョルジュは剣で受ける。


「な、なんだ!」


 白い靄がジョルジュの体から出てくると、その剣に吸い込まれていく。

 慌ててバルナンドから離れた。


「恐れるな少年! 君は若く、美しいな! その生命力、この剣が飲み込んでやろう!」


 剣は青く光り始めると、周囲から白い靄が剣に吸い込まれていく。


 すると、バルナンドは若返り美しい容姿へと変わっていく。


「お前っ、その剣は!」

「そうだ、少年! 命を吸うのさ!」


 久々の会話を楽しむように、裸の男は軽い口調で話し始める。


「精霊より最強の肉体を得たが、不老ではなかった。不死を求め戦いを繰り返し、遂にはドワーフが作り出した宝、この不死となる剣を手に入れたのだ。どうだ、いいだろ?」


 うっとりしながら手に持つ剣を見つめた。


「だが、クソったれ共が、この洞穴に我を封じおった! この剣は命を吸い、我がものとする。つまり命がなくては不死ではいられないのだ」


 男は魅力的な笑みを浮かべ、ジョルジュに向けた。


「精霊の力を使い、残された者たちの命をここに止め、少しずつ少しずつ使いながら生きながらえていたが、それもおしまいのようだな!」


 そう言いながら、ジョルジュに襲い掛かった。


「どこからここへ来た! 出られるのだろう! ここから! 支配してやるぞ!」


 ジョルジュは剣を恐れかわすが、巧みな動きで迫るバルナンドの剣をたまらず受け止める。

 そのたびに、白い靄がバルナンドに吸い込まれ力が抜けていく。


「どうやら我と同じ、いや我以上の力があるようだな!」

「クソ!」


 ジョルジュは剣を振るうが、バルナンドは笑いながらそれらをすべて避ける。

 力の差は歴然、この肉体になり始めて、死が頭をよぎる。


「させない!」


 フィーアがナイフを抜き、バルナンドに切りかかった。

 そのナイフを受け止めるも彼女からは靄が出ることはなく、バルナンドは目をむく。


「なんだその娘は。魂がないのか?」


 ナイフを構えながら、フィーアはバルナンドを睨みつける。


「私はフィーア。お父さんからもらった魂がある! ジョルジュを傷つけさせない。死なせたりしない!」


 ナイフを振り回すも、バルナンドは笑う。


「威勢のいい女だ! いい尻もしている! いいだろう、魂のない女」


 腕を殴りつけナイフを落とさせると、フィーアを抱き寄せる。


「永劫の時を可愛がってやろう。光栄に思うがいい」


 ジョルジュの中で何かが弾けた。


「フィーアから離れろ!」


 叫びながらバルナンドに切りつける。

 バルナンドはフィーアを押し飛ばしながら、悠々と斬撃を避けた。


「誰にも剣を教わらなかったのだな! 力で振るうだけではなぁ!」


 足を引っかけられ転びそうになるジョルジョの背を、切りつける。


「生き延びたければ王たる我に膝をつけ! 王たる我に忠誠を誓うことだ!」


 転がりながら剣から逃れようとするも、バルナンドはジョルジュを逃そうとはしない。


―― 人の弱点は、人であることだ ――


 ジョルジュは剣を避けながら、どうにか身を起こす。


―― 人の強みは、人であることだ ――


 ジョルジュは、バルナンドの剣の軌道を見た。


 一瞬だった。


 バルナンドは剣を持つ腕を切り捨てられ、剣を拾おうとするため体を捻るが、片足を切り捨てられ地面に転がる。


 ジョルジュは、骨に戻った手首から青いクリスタルの剣を拾い上げる。


「ば、バカ、急に、なぜっだ!」


 ジョルジュは渋い表情を浮かべる。


「・・・剣を、教わったからだ」


 バルナンドは体を引きずりながら後ろに下がる。


「ま、まて! お前が王であることは認めよう! お前に仕えようではないか!」


「あいつも、お前のように命乞いをするのかな」


 ジョルジュは迷わずクリスタルの剣をバルナンドの胸に突き刺した。

 バルナンドは悲鳴を上げることもなく、干からび、骨に変わると、砂のように消えて行った。


 周囲から白い靄が次々と上がっていく。


「ジョルジュ!」


 駆け寄るルフィーアを、ジョルジュは力強く抱きしめた。


「精霊はなぜ俺をここに導いた? この剣を得させるために? それともこの地に封印された魂を救うために? それとも、このバルナンドに・・・」


 ジョルジュはフィーアの唇を荒々しく奪った。




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