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第78話 準備運動


 国家反逆罪を匿っているステロ伯爵に対し引き渡すように勧告する。

 しかしステロ伯爵は弁明の使者すら送ることをしない。

 もはや反逆罪として軍が向けられることとなる。


 そこをついて、マリグ帝国に対し敵対的な意思を持っていた周辺国家が同時に攻め込んでくる。


 ドラゴン騎士団の半数はステロ伯爵領へと向かい、ペガサス騎士団は解体中。

 これはマリグ帝国、最大の危機となる。


「と、いう筋書きなのですか」


 レッドウッドは片眉を上げながら尋ねてきた。


 司の城に集められたのは、ツカサ軍として行動してもらう予定の面々だ。

 警察長官ムッラ。

 エルフのレッドウッド。

魔法学園で最も頭の回るメイクン。

司領地に暮らす魔族たちの長、フレーラ。

 獣人たちの援軍ブラッドハウンド。

 ハーピィの長、メリィ。

 黒いローブをまとい、黒いベールで顔を隠し、黒い手袋をはめた男女も区別できない人物。司が頼りにしている軍師。

 そして、このゆかいな仲間たちをまとめてもらう予定のツヴァイだ。


 現状は、 まだ帝国はステロ伯爵に使者を送っているだけだ。

たぶんステロたちはどうするか話し合っている途中のはずだ。


 ゴリラのような体躯を持った大男ムッラは、体格と違い穏やかな表情を曇らせた。

「それまでに、農地主たちの反乱を収めなければならないということですか」

「早急に事を済ませれば、苛立って農地に火をつけるかもしれない。正直なところ彼らはどうでもいいが、作物に被害が出るのが困る。戦争の準備はしておかないと」

「慎重かつ迅速に、ですな」

 ムッラは生真面目に頷いた。


 彼は元グィン・ナラール伯爵の元将軍で、人望も厚くその戦いぶりは鬼のようだと恐れられていた人物だ。

 共に死線を超えてきた仲間たちを見捨てることができず盗賊の頭になりかけていたところを司がスカウトした人物だ。


「よくわからないのだが、まるで預言者だ。なぜステロ伯爵が反抗するのがわかるのだ? そして、なぜ周辺国が攻め込むことまでわかる?」

 レッドウッドは尋ねてくる。

 司は広げた地図の上に木の人形を置いていく。

「ステロ伯爵には数多くの選択肢を選んでもらった。共存するか、もしくは敵対するか。彼はことごとく敵対する選択を選んだ」


 司は苦笑する。


「ここにきて心を入れ替えて協力的になる、と考える方がどうかしてる」


 レッドウッドはなるほどと頷いた。


「敵対的な周辺国の進軍も、今を逃せばいつ攻めるんだと言う話になります」


 ムッラが司の代わりに説明し始めた。


「マリグ帝国は巨大な国家となりました。戦わなければ、いずれは戦わずして飲み込まれることを知っている。つまり、今立たねば帝国に屈するも同じなのです」

「ふぅーん、つまり、せっつかれたってことね」


 メイクンが興味なさそうにそう言うと、ムッラは生真面目に頷く。


「その通りです。彼らもバカでないのなら、同時に攻めてくるだろうと言う話ではないのでしょうか?」


「お上品な国家ほど拡大路線は取らず、されど他者の成功は許せない。ってところねぇ」

 メイクンは面白そうに言って来た。

 興味なさそうにしておきながら、時々的を射た発言をするのでゾッとしてしまう。


「ええっと、まぁ、予測とはいえ攻め込まれた時のために、もう罠を仕掛けている」

 木の人形を取り出し、帝国領に入ってくるように動かす。


「不意を突かれて後退する、そう見せかけて誘い込む。そして国家の危機として皇帝自ら軍を率いて出陣。待ち伏せポイントで敵を撃退ってわけ」

 侵入してきた木の人形をひっくり返す。


「皇帝が参戦してくださったおかげで敵を撃退できた! わーい! そんな筋書きだね」

「そううまくいきますかね」

「いかないさ」


 バラバラになってる軍をちゃんと再構成できるのか、罠と気づかれずに誘い込むことができるのか、罠と知られ逆に罠にかけられやしないか。


 その場、その時になってみないと何が起きるかなんて誰もわからない。


「ま、そこら辺は僕たちには関係ない。頑張ってね、って応援するだけだ。僕たちは僕たちの役割がある。それこそが重要なんだ」


剣を持った自分の人形を前へと進める。


「侵略は待ち伏せ、罠にかけるので勝算は高い。逆に、僕たちはステロ伯爵領へと侵略しなければいけない。僕たちが罠にかけられ、待ち伏せにあうことになるんだ」


 黒く塗った人形を押し出し、自分の人形を倒す。


「この戦争のかなめは、実は僕たちだ」


 周りの国から小さな人形を集め、ステロ領に入れる。


「敵対している周辺国も対ステロ伯爵戦で勝敗が決まるってことがわかっている。だからかなりの数の援軍を送ってくる」


 黒い人形を王都に進ませる。


「僕たちが負ければ、敵は王都に進ませる。そうなれば皇帝は王都に下がらないといけない」


 王冠の人形を王都に戻す。

 そして、周辺国の人形を王都に進ませる。


「こうなってしまうとチェックメイト。僕たちの負けだ。皇帝側が負けたとしても、僕たちの陣営に逃げ込めば押し返せる」


 レッドウッドは首を傾げる。


「それほど強いのか、我々は」

「相手が人間なら、僕たちは絶対に負けない」


 魔族にしては小柄な老婆に顔を向ける。


「あたしらに戦わせてちょうだい」

 優しそうな老婆は、笑顔でそう伝えた。


「ここに残ってた子たちはね、あんたたちゴブリンの知恵を得るために残った子だからね。得た力を振るいたいと思ってる子ばかりだよ」


 魔族は基本的に裸で、武器と言えば棍棒ばかりであることが多い。

 そんな彼らが鎧を着て、鉄の棍棒を振るい、戦略的に戦う。

 その数はわずかに百人ではあるが、二本足の戦車なのだ。


「メリィ、君たちは空が飛べるよね」

 こちらは品のない老婆で、歯の抜けた笑みを浮かべる。

「そうだヨ。あたしラ、ソラとぶヨ」


「メイクン、壊すことに関しては天才的だよね、君たち」

「壊すは失敗。メイクンはねぇ、失敗の天才なのよぉ」


「ブラッドハウンド、魔族相手では無力な君たちも、人間相手ならどうだい?」

「余裕がない中で兵を集めた。ここで結果を残さなければ意味がない」


 レッドウッドに顔を向ける。


「僕は人間だけの軍隊で、勝つ方法が見いだせない」

「なるほど」


 レッドウッドは生真面目な顔で小さく頷く。


「つまり、我々が立ち向かわねばならぬ相手は、人間の軍隊よりも厄介な相手である、という訳だな」


 司は困ったように微笑み、深く頷いた。





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