第71話 目をつぶりし者 後編
ジョルジュ・ファンの拳は容易く人の頭を弾け砕けるはずが、その男は目を丸くするだけで普通に立ち上がった。
こいつだ、こいつがあの男だ!
ジョルジュ・ファンは一目見た瞬間に、ステロ伯爵が言っていた争いの意思を産む男であると確信した。
ある日からジョルジュは、人間を上回る力を得た。
そして、性質をもやとして見ることができるようになっていた。
そう、普通の人間ならもやにしか見えない。
だが、この男はまるで黒いオーバーコートをまとっているかのように見えるのだ。
「お前だ! いつもいつも脇から見ているだけで人を弄んで!」
「えっと、ここは前線じゃないと?」
ジョルジュは腰の剣を引き抜き切りかかるが、その男は軽々と受け流した。
普通なら、剣ごと真っ二つにしているはずだ。
「本当の過ちは戦争を起こしたステロ伯爵だろう! けど、そのために大勢の人間が死ぬなんて間違っている!」
「そうだね、何も言い返せないよ」
慣れない剣を握り締め、剣を振り回す。
この男は人々を自分の都合で皆殺しにした人殺しだ。
鍔迫り合いをしながら、顔を近づける。
オーバーコートは、よく見ると無数の色が重なり合い、暗く見えていることがわかる。
無数の色の繊維が、血管のように脈打っている。
「貴様のような奴はクズだ! 生きてちゃいけない奴なんだ!」
ジョルジュの剣は、空を切り、足がもつれ何度も倒れそうになる。
「人間の弱点は何だと思う?」
足払いをされ、勢いよく地面に倒れる。
「人間であることだよ。手があり、足があり、弱点である頭がぼこっと出ている。だから次に動く予想が容易だ。普通なら絶え間ない訓練が必要だけど、僕たちには必要がないはずだ」
歯を食いしばりながら剣を振るうが、奇襲などお見通しというように受けられる。
「だったら、人間の強みは何だと思う?」
腹を蹴飛ばされ、咳き込む。
この新たな体に生まれ変わってから初めての痛みだ。
「人間であることだよ。手があれば武器も持てるし、足があるから走れる。守らなきゃいけない弱点だって、ここまで明確だと守りやすいだろ?」
剣を杖代わりにしながらなんとか立ち上がる。
だが、そこにその男に剣を突きつけられる。
「要は考え方次第ってことだね。君はそのことに関して、詳しく知らなければならない」
「自分の悪事をなかったことにできると思っているのか」
彼は剣を収め、嘆息する。
「僕は君が嫌いだ」
何故か体が硬直し、襲い掛かれなかった。
「すぐキレて、短絡的で、聞く耳を持たない。若者の特権だと言えばその通りだけど、君はそのような甘えは許されない」
思い切って剣を振るうが、やはり身をかわされる。
「君は、何が欲しい? お金に、女に、美味しいもの? 全部、君は持ち合わせている。得られる物すべてを手にすることができる」
「好きでこんな力を得たわけじゃない!」
「お貴族様も、君と同じことを言う」
剣を避けられ、そして、拳を叩きつけられた。
「好き好んで貴族に生まれたわけじゃないってね」
「俺が、貴族だって・・・」
口をぬぐい、剣を捨て殴りかかる。
しかし、ケンカでさえも黒いコートの男には勝てない。
何度も何度も殴りつけられる。
「どうしてこんな場所にいる? あのおもろいおじいちゃんの警護かい? 不思議なことをするね、警護されるべきは君の方だ。だって君の方が偉いんだからね」
勝てない!
地面に転がりながら、怒りで何度も地面を殴りつける。
「言い訳はなしだ。僕たちは、人のみを超えた存在だ。人の世に生きるつもりなら、どうやったって責務を背負う。それが嫌なら、人のいない山奥で生きていくしかない」
「こんな体にしたのはお前だろ!」
「確かに僕が・・・いや」
彼は首を振った。
「僕がやったんじゃない」
「なんだと!」
激しい怒りがわきあがる。
こんな大人っ・・・!
拳を固めるが、彼は背を向けて屋敷のドアを開く。
思い出したかのように振り返る。
「君の名前は?」
「なに?」
「名前だよ、おっと、まずは僕からだ。モリオウ・ツカサだ。君は?」
「ジョルジュ・ファン」
彼は頷いた。
「ジョルジュ、また会おう」
そう言って出て行った。
ジョルジュは止めることもできず、ただ嘔吐しそうなほどの悔しさで支配された。




