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第70話 目をつぶりし者 前編


 司は、その男を見て落胆した。


 痩せた、頭の禿げあがった男だ。

 眠っているのだろうかと思うほどにまぶたは閉じられ、地面につくほどの長いヒゲが特徴的だ。

 ぱっと見ため、指導者というより浮浪者のようだ。


 この男こそ“真の導き手”教祖、ブランニーその人だ。

 司は心のどこかで、もしかすると本当に伝説の“導き手”なのかもしれない、何しろファンタジーな世界なのだから転生とか普通に起きるのかもしれないと思ったのだ。


 そう思い、戦争をするにあたって、司はぴゅーんと空を飛び、敵の本拠地に足を踏み入れたのだが・・・


「誰だお前は! 誰の許しを得てこの部屋に入ってきた!」


 司に話しかけたのはブランニーではない。

 部屋の中で警備をしていた、上半身裸の男だ。

 そう、この部屋には20人近い人間がいる。


 ここは、寝室のはずなのに。


 麻薬の香が充満する部屋。

 左右に五人ずつ信者が念仏のようなものを唱えていて、部屋の端には屈強な男たちが立っている。

 そして、ブランニーの横に何かしら世話をするための若い娘が控えている。


 こんな状況じゃ、どんな豪胆な王様でも寝られやしないだろう。


「貴様、侵入者、だ、な・・・」


 部屋の者たちが次々と眠っていく。

 司は睡眠の魔法を使ったのだ。

 死んだ仲間が不思議がっていたざっくり系の魔法の一つ。

 戦場で兵士たちは眠れぬ場合が多く、この魔法は本当に役立つ。


 唯一眠らせなかったブランニーの前に立った。

 さすがというべきか、この状況でも動揺することなく鎮座しているように見える。


「質問があります」


 答えによっては、彼を殺さねばならない。

 司は、まさしくそのためにここに来たのだ。


「人は何故争うのでしょうか?」


 つぶられた目を、ゆっくりと開いた。

 たっぷり時間をかけて、ゆっくりと語り始めた。


「アングルたる地は過ちの者たちへの試練足りうる。彼の試練への門を開くべきであるか、成すべきではないか、真なる宝剣にかかるものなり」

「なるほど、ふむ」


 独特な、しゃがれた、重い声だ。

 自分で教壇に立ち演説するタイプではなく、裏でぼそぼそと口にするタイプのようだ。


「何故、人は分かり合えないんでしょうか」

「与えらえし魂は聖典に隠されし真なる書であるモリルリアが書き記しもの『神への問いかけ』の一説にある一文に記されているが、つまりそういう事である。そう、神が宿る身であると。輝く平地を彩るは我らが御身によるものであると」

「ねるほどね」


 司は納得したように頷いた。


「では、僕の歩む先には何があるのでしょうか」

「サルサニの花なき地へと沈みゆくなり。長き眠りしパンのごとき精神は滅びることはない。神の御心に逆らうことなどできはしない」


 司は微笑みながら頷いた。


「ブランニー、僕は色々と考える性質なんだ。わからない事に対してあれやこれや考えるし、あなたのおっしゃられている地を再現してやろうという気概もある。あなたに嫌われたのは実に残念ですけどね」


 彼は少し目を開いた。

 驚いているようだ。


 司には、まったくもってどうでもいい才能があった。

 こういう、わけのわからん話を理解できてしまうこと。


 言葉の内容じゃない、口調やニュアンスでいい。


「人は何故争う?」

(知らんよ)

「何故分かり合えない?」

(分かり合える!)

「僕の進み先には?」

(地獄に決まってんだろ、バーカ!)


 という訳だ。

 生真面目に単語の一つ一つを詳しく読み解いていくと、まさしく本質を見失う。

 調べ、考え、やっと意味にたどり着けた時、「ああ! 何と素晴らしいお言葉なんだ!」と勝手に感動する。


 質問の内容がズレていることにも気づかずに。


「僕はあなたを殺しに来ました。しかし確信いたしました、あなたを殺してはいけないと」


 心のどこかで思っていた、彼は本当に“導き手”なのかもしれないと。

 だが、それは大きな間違いだ。


 けむに巻く口調。

それにより質問をそらしていることに気が付かせない。

 典型的な詐欺のカルト宗教の手口と言っていいだろう。


 もし聖女クリスティーナならどう答えただろう?


「人は何故争うのでしょうか?」

「道なき道を進んでんだ、そりゃ方向が違っちまうのはしょうがないだろ」


「何故人は分かり合えないのでしょうか?」

「千差万別だから面白いんだろ。人の性癖に口出しするほど野暮じゃないね」


「僕の歩む先に・・・」

「そりゃ自分が決めるもんだろ。人に聞くもんじゃないね」


 本物の宗教家というものは、けむに巻くようなことはしない。

 質問には、はっきりと答えるのだ。


 気に入る、気に入らないは別にしてだ。


「世は常に動乱にあります。一定数、ただただ非難したいというだけの人がいますからね。しかし、そういう人物もまた必要なのです」


 世が平穏ならば、迷惑なだけな人。

 しかし世が過ちの王を頂き置いてしまった場合、そういう人は英雄と呼ばれる。


 今は善政を心掛けているが、未来は悪政に苦しめられるかもしれない。

 その時、本物の救世主が現れる様に、英雄王が生まれる様に。


 司は一礼し、寝室らしく沢山眠っている部屋を出た。


 バカでかい屋敷の廊下を歩きながら、なんとも言えない脱力感に襲われていた。

 ここはバカの城だ。

 彼らも心の底では間違っていると知りながら、偽の救世主を頂きに置いている。

 彼らにとってのハッピーエンドは、徹底的に叩き潰してあげる事だろう。


「歯を食いしばれ!」


 今まさに出て行こうとした時だった、いきなり襲われた。

 司は拳を手で受け流そうとした。

「おりょ?」

 その力は、想像を上回るものだった。


 その拳は司の頬を思いっきり殴り切った。


「世を乱す奸雄が! お前のような奴がいるから争うはなくならないんだ!」


 絶世の美少年だ。

 女性でも彼ほど整った顔つき、透き通るような白い肌の人物はいないだろう。


 司は立ち上がり、剣を抜く。

 なるほど、話に聞いていた通りだ。




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