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第69話 ブラッドハウンド


 第一報を聞いたのは、魔族たちの大陸に渡って獣人たちの町にいる時だった。


「さすがはスノー家、やってくれるな」


 獣人たちの町は、思ったよりも発展していた。

 簡素だが土の家が立ち並び、獣人たちと魔族が暮らしている。

 割合で言うとほとんどが魔族だったりするのだが。


「何かあったのか?」


 ロラはパタパタと飛びながらやってきた。

 もうむやみに剣を振るったりはしない。

 彼女は獣人たちの町、フロンティアでの戦いで変わったのだ。


「仲間だと思っていた人に裏切られた。しかも、やられては困ることをやられた」


 ステロ卿へ寝返る可能性は考えていた。

 彼らにとって大事な子を奪ってしまったのだ、そのぐらいの警戒はしていた。

 だが・・・


 まさか農地の主をそそのかし、ツカサの領内で反乱を起こすとは思いもしなかった。


 ツカサの領内では奴隷制度を禁止、まではしていなかったが、それとなく禁止へと導いていた。

 働く人は雇った方が楽でいいよ?

 奴隷は働かないし、食べさせないといけない。暴力を振るえば周囲から冷たい目を向けられるし、反乱が起きるかもしれない。

 そこへ行くと雇用なら奴隷の家を作る必要もないし、働かないならクビにすればいい。


 司はそう言いながらちょっとずつ彼らを誘惑していたのだが・・・

 財産を奪われる。

 その事実の前にあっけなく篭絡してしまったようだ。


「ヤバい。反乱を収めている間に、戦争が終わるかもしれん」


 戦争をするには食糧が必要だ。

 だから、どうしてもこの反乱だけは収めなければいけない。

 しかし畑に火を放たれたら元も子もない。当然、畑で働く農家も殺すわけにはいかない。

 急ぎつつ、更に被害が出ないように丁寧に戦う。


 申し訳ないが、チート能力を使ってささっと終わらせなければいけないかもしれない。


「手伝ってやろうか」

 ロラは笑いながら言ってきた。

 司は彼女の頭を撫でる。


「フロンティアにはお前が必要だろ?」


 彼女は少し困ったような表情になる。

 ロラは、保護者であるゴイルと別れてからというもの、鬼神のごとき戦いぶりを見せている。

 まだ子供だというのに、すでに大人の魔族ですら手が付けられない。


 その姿に、未来の魔王であると確信した魔族たちが次々とこのフロンティアに寝返っているのだ。


 一時は魔族の襲撃に耐えられないかもしれない状況だったのだが、戦力がどんどん増しており、今ではすっかり強国へと変貌しつつあった。


 しつつある止まりなのは、ロラがまだ幼いことと・・・


「ダークアイと少し話があるから」

「ん」


 ロラはぴゅーんと新たな戦場へと向かっていった。

司はフロンティアの村長に会いに行く。


 建築の知識というものがまだ獣人たちにはなく、更に材料となるのが石と土しかないので結果的に土壁の小さな家になってしまう。

 ドアをノックするが、返事がないので納屋のような家に入った。



 虎の、筋骨隆々の獣人は胡坐をかき、本を読んでいた。


「つ、ツカサか。来ていたのか」

 彼は慌てて本を隠し、立ち上がった。


 ぎこちない笑みを浮かべながら握手をして、司もその場に座った。

 ダークアイは誇張することなく、このフロンティアの状況を説明する。なにに問題があり、何に取り組んでいるのか。司が前に来た時に気になった事に対してどのように調査し、どのように改善するか、とても真摯に取り組んでいるのが分かった。


 彼はよくやっている。

 この大陸には食糧が乏しい。

 魔族が農業などするわけもないから大陸の食料という食料を取りつくしており、そんな中で食料をあれやこれやしつつもかき集めている。

 戦いばかりで怪我や病気が絶えない状況で安らげるように、納屋のような、犬小屋のようなものだが家を作り雨風を防ぎ、どうにか医者を育成しつつ、本当に獣にならないように教育も行っている。

 どれもこれも司やユリナのアドバイスによるものである。

 素直にアドバイスを受ける才能を持ち合わせているが・・・


「採点は?」


 彼は悔し気に俯く。

「ゼロだ」


 司も頷く。


 彼には別の名前があった。

 だが、彼は命を落としたダークアイの名を受け継ぎ、代わりをすると豪語した。

 その約束はまだゼロ点だということだ。


 彼は村長としては優れているが、国王にはなれない。

 死んだダークアイなら、立派なフロンティアの王になれただろう。


 彼がもう少し頼りになるのなら、魔族を借りて戦争に参加してもらいたかったが・・・とても難しそうだ。


「僕の国でも戦争になりそうなんだ。悪いけど、しばらく君一人でやって行ってもらわなければいけない。いいかな?」

「も、もちろんだ! この国は俺のものだ! 任せろ!」


 司は勇気づける様に彼の肩を叩き、ロラを持ち出して笑い話をして、笑顔を取り戻してから家を出た。


 家を出ると、1人の男が待ち構えていた。

 同じ虎の獣人だ。

 彼はダークアイの幼馴染で、親友のブラッドハウンドだ。


「話がある」

「なんですか?」


 ここではと、彼は平地にテーブルを並べただけの青空酒場へ導いてくれた。

 青空酒場ではあるが、獣人たちが酒や食事を楽しんでいる。

魔族は酒を飲んでも酔うことができず、食事に至っては味覚がほぼないらしく調理の必要がないので、ここにはいないようだ。

 彼は酒と、食事を注文して、重たく口を開いた。


「あいつを、解放してくれないか」


 果実酒だ。

 この島で取れる数少ない食べ物を加工して作られている。

 水源が限られているので水の代わりにこの果実酒が飲まれている。


「ダークアイとあいつは、恋仲だった。本当に苦しんでるのはあいつなんだ」


 食料はトカゲ、そして魚などの肉をぶつ切りにして炒めただけのもの。

 まだ農業は無理だが、育てるのが簡単な生き物と釣りで取れたものが主な食料。

 もう少しテリトリーが広がれば、農業もできるようになるだろう。


「これ以上あいつの苦しむ姿は見ていられない。もともと・・・」


 司は、ブラッドハウンドの首を掴んだ。

 テーブルを倒し、そのまま持ち上げる。


「がっはっ!?」


 周囲の獣人たちは驚きながらも、止めには入らない。

 ちゃんと酒場らしいルールはわきまえているようだ。


「状況わかってるのかい?」


 爪を出し腕をひっかくが、傷一つつかない。


「このままではダークアイの死は無駄になる」


 ブラッドハウンドは震えながら、腕がゆっくりと沈んでいく。


「あの時、あの場所で死んでよかった。死んだからこそ、今のダークアイが生まれ、功績を残せた。そういう結末にしなければいけない」


 司は彼を地面に投げ捨てる。

 彼は何度も息を吸い込み、咳き込む。


「彼はそのことを知っている。だからこそ、全身全霊で取り組んでいる。だからこそ僕は彼を心から応援している。そして・・・」


 それは僕や、そして君も同じはずだ。

あの場で、彼女の死を悼んだ人物は全員そういう結末にしなければいけないはずだ。


 それなのになんだって?

 可哀そうだから許してやれ?


「君は何をやった? 彼に彼女の死は無駄であったと、言うのか? それとも友達の惨めな姿が見ていられないから、彼女の死を無駄にしようって僕に言うことが君の仕事なのか? え?」


 ブラッドハウンドは司を殴りつけた。


「き、貴様に、何がわかる!」

「わからないし、興味もない。君の仕事は何だ? 君の友人は確かに才能がない。才能がないが、一歩ずつ歩んでいる」

 彼のような人間が、とんでもない功績を残すのだという期待をしている。


「で? 君は何をしてきた? 本当に彼を遠くから見ていただけなんて言わないだろうね?」

 再び喉を掴む。

「それなら、君にとってダークアイは無駄死にだったという結末になるね」


 力なく、何度も司の腹を殴り続ける。


「僕は、このフロンティアを獣人たちの理想郷にする。今は魔族が多めだが、いずれはロラが引きつれ、魔王城でデーンと玉座に座ることになるだろう。それまでに、獣人たちの文化、文明を残す。僕たちが寿命で死んだとしても、ダークアイの名は未来永劫、語られる。一人の女性の死を無駄にしないために、一人の男が魔族と戦い、そして名を残す物語を作り上げる」


 お前は何をするんだ?


 ブラッドハウンドは、力を入れていないはずなのに腕がブランと下がった。




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