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第68回 ペインス


 ペインスは襲われた村へと足を運んだが、思ったより被害が少なく驚いていた。

 せいぜい全焼した家が2軒程度、外で泣いている女子供も数えられる程度だ。

 よほど慌てていたのだろう。


 ペインスは笑わずにはいられなかった。


 ペガサス騎士団はあれ以降、解体された。

 騎士団長たちは7人捕まり、1人は逃げ出した。

 そして、あの場にいた2人はそのまま逃げだした。

 彼らは家族を見殺しにし、自らの騎士団へ直行し、共に逃げてくれるわずかな人数を連れステロ伯爵の領地へと向かっている。


 ペインスの騎士団は、逃げ回る彼らを追っている。

 “ペガサスの羽”騎士団は身分の低い、食っていけない貴族ばかりの集まりだったために見下されていた。


 それが、名だたる戦士たちの集まりと自慢していた“ペガサスの白毛”騎士団が、今では100人程度の人数で、自分たちを恐れて逃げ回り、襲った村はわずかに二軒全焼、殺した人間もわずかで物資だけを奪って逃げだしている。


 これを笑わずにいられるだろうか!


 最後まで残っていた“ペガサスの蹄鉄”騎士団長に“舞うペガサス”騎士団長は、敵の情報を持って帰ろうと残っていたのだろう。

 だが、あまりに事態が悪化していることを知り、慌てて逃げ出した、ということなのだろう。


「馬鹿な連中だ。なぜ陣営を変えるという、発想ができないのか」


 ユリナとツカサの言葉を思い出す。

 そう、バカなのだ。

 この期に及んで裏切る、ということができない。

 命令されたことだけをする。

 身の破滅が待っていようと、どれだけ金を積まれようと、生き方が変えられない。


「感動的だねぇ。騎士の鑑だ! 命令されれば主をも殺す! 見習いたいねぇ」


 自慢の口ヒゲの先をくるくると巻いて、ピンと上に立たせる。

 まったく、ユリナ様のお言葉通り、理解できないバカさ加減だ。


「いやはや、さすがというか、お人よしというか」


 そう思いながら、彼らが駐屯している小さな家に入った。


「失礼いたします、ツカサ卿。元“ペガサスの羽”騎士団、団長のペインスです」


 仰々しく手を上げ、頭を下げる。

 彼らは少人数で襲われた村を回り、物資や支援などを行っている。

 どうせ逃がしてしまった騎士団長が行った悪事に対し、胸を痛めての行動だろう・・・


「ここらの村はステロ領の息がかかっているから、彼らの仲間に襲われるという状況が必要なんだ」

「つまりわざと襲わせている、と?」

「クーデターを起こそうとした悪党であろうと、襲われでもしなければ裏切る踏ん切りがつかないものなんだよ」

「そんなに殊勝な考えをもってるものかしらぁん」

「善意じゃないよ、裏切れば何をされるかわからないって恐怖だね。そこに正義のミカタである僕たちが救援に回る。そうすれば、復讐に来られても助けてもらえると思うだろ? 裏切りやすい環境を作るのさ」

 ツカサは困ったようにため息をつく。

「想定外なのは、あまり被害が出てない事だね。それでも、冬が近い現状で食料を大量に奪われたのは困るだろうから、何とかギリギリセーフかな」


 土間にテーブルを囲み、3人の人物が話していた。


 一人はツカサ卿。

「ああ、ペインス。ずいぶん早いね。もう騎士団はこっちに来ているの?」

「い、いえ、わたくしめは、まずは挨拶をしようと思いまして」

「そっか、ちょうどよかった。ペインス、君の意見も聞きたいんだ。僕は人殺しのプロだけど、戦争は素人だからね」


 ペコペコと頭を下げながら、彼らに近づく。

 そして、テーブルに広げられた地図を見て驚いた。

 あまりに精密な地図だったからだ。


「レッドウッド、このエルフに戦争を教えているんだ」

 一人は眉の細いエルフであった。

「ステロが決起したところで、8対2の戦力。帝国に敵意を持っている国からの援軍が着たところで4対6ほどに留まると思う。どうかな?」

「ははっ! 素晴らしき慧眼でございます!」

「そういうのいいから」

 ペインスは笑いながら、大きく頷く。

「最悪、4対6。普通に考えれば、援軍が来たところで8対2というところでしょうな」


 ドラゴン騎士団にも裏切りがいると考えても、半数以上が残るだろう。

 ペガサス騎士団が丸まる残っている状況を考えれば、帝国側は全軍存分に戦える。

 それに比べ、相手は伯爵の私兵の集まり。

 負ける戦など金を積まれようとゴメン被る。どれだけかき集めようと、それほど人が集まるとは考えられない。


「何かしら策をこうじて、4対6になるか、ならないか、ではありませんか?」

「そのぐらいはしてくるさ」


 ペインスは微笑む。

 彼は馬鹿でも楽観主義者でもない。

 つくづくこちら側について正解だったと思わずにはいられない。


「ふぅん、そこでゾンビってわけねぇ」

 そして一人は、肌の出たとんがり帽子をかぶった女。

 美しく胸に、尻も欲情的に出ているのだが、まるで裂けているかのように笑う大きな口が台無しにしている。


「彼女は魔法学園の教師兼研究者のメイクン。間違いなく学園一の頭脳を持っている」

「あらぁ、メイクンはぁ、世界一だと思ってるのよぉ」


 まさしく魔女。

 ペインスは笑顔を崩さなかった自分を褒めてやりたかった。


「ステロの領地は平地が多い。単純な数の多さがものをいう。と、思うのだがペインス、どう思う?」

「そ、そうですねぇ」


 地図をじっくりと眺めながら、笑みを浮かべる。


「平地は多いが森と川が多い。いっそ町を戦場にするのも悪くない。やり方次第でしょうな」


 森で待ち構える。火を放つ。森の闇に隠れ軍を動かすなどやり方はある。

 川に毒を流す。関止め水を枯らす。それを一気に流し水没させる。

 平地での戦いでは無駄に被害が出る可能性があるが、ならば町の家屋を障害物として利用するという方法もある。


 だが、どれもそこで暮らす住民からすると甚大な被害が出ることになる。

それに目をつぶれば戦い方はいくらでもある。


「ああ、なるほど。どうせ住民はゾンビに変えられるんだ、さすがはペインス。頼もしいな」


 ある程度否定的な意見が返ってくると思ったが、あっけらかんと肯定的に返ってきてしまった。


「あ、ああ、いや、その、はは、そういう戦い方もある、というだけの話でして」


 あまり住民を殺したくはない。

 何しろ実際に戦う兵士の大半は騎士団員ではなく、普通の村人だったりするからだ。

 あまり残酷な方法を取れば騎士団の士気が下がってしまう。


「大丈夫、相手はゾンビだ。僕たちは適役にならないよ」

「そ、そのですな、ゾンビというものは一体・・・」

「失礼、それよりも質問があるのだが」


 レッドウッドが片眉を上げながら尋ねる。


「なぜ戦うのだ?」


 ツカサはまたこれだと表情を曇らせる。


「彼らは賢い。だからこそ争う意味が理解できないんだ。ペインス、僕の代わりに答えてくれないかな」


 濃いメンツだ。

 多すぎる騎士団の中で埋もれてしまわないように変な恰好を続けていたプライドが、彼を奮い立たせる。


「それはもちろん、奪うためですよ」


 戦争など、結局それ以外にない。


「奪ってどうするのだ?」


「うまいものを食べ、女を抱く。快楽のために人は戦うのです」


 理解できないとう様に、レッドウッドは首を振る。


「うまいものを食べたいのならば、戦争をするべきではない。女を抱きたいのなら、戦争をするべきではない」

「と、言いますと?」


「戦争で生き残るのは、戦争が上手な人間だけだ」


 エルフはさも当然と言うように言った。


「料理ができるが戦争に出れば、死ぬ。道具を作る者も、田を耕す者も、歌う者も踊る者も戦争で死ぬ。生き残るのは戦争が上手な人間だけだ。それでは結果的に富を失うこととなるではないか」


「・・・・・・」


 ペインスはツカサに顔を向けると、彼は困ったように頷く。


「エルフは賢いから戦争をしない。戦争をしないから武器や戦術が発達しない。だから、野蛮人である我々人間が彼らを容易く滅ぼしてしまう可能性がある」

 彼らが持つ武器は、狩猟用の弓と、肉の解体用のナイフだけだと言った。


「エルフは人間にとってとても有用な存在だ。滅びてもらっては困る。だからこそ、戦い方を学んでもらいたいと招いたのが、レッドウッドなんだ」


 レッドウッドは言葉を続ける。


「人間は獣と同じ。飢えると分かっていながら目の前の肉を食い、そして冬に餓死をする生き物。我らというエサを前に食らわぬという選択肢はない。そうツカサ卿は仰るが、獣は冬に備えるもの。獣以下であるということになるのだが」


 ペインスは笑い、頭を抱える。

「その考えで正しいかと」


 他にどう答えろと?

 ペインスは心底、情けない気持ちになった。


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