第65話 聖女候補生
レイモンドを連れ、ゼイダ城から見下ろせる街へと向かった。
質素ながら文化の高さに気が付いたようだ。
そこに気が付くとは決してあの、人を堕落させる大聖堂で執務ばかりしていたわけではないようだ。
彼女たちは街から少し離れた、崖に近い場所に大きな館を作って暮らしてもらっている。
この町は商人がよく行き来するので、部外者の目から遠ざけたかったのだ。
わざわざ山を登ってきてまで儲けようとする商人に対し、どこまで隠せているかまでは分からないが。
レイモンドは、町の話を興味津々と聞いてくるので差しさわりのない程度に話しながら館へと向かった。
さすがにエルフたちが集まる場所など調べればわかる話ならともかく、リングたちの隠れ里が近くにあるなどという話はできない。
どこからか明るい曲が聞こえてきた。
女の子が集まって音楽会でも行っているのだろうか?
「君と!」
「君と!」
「君となら!」
「歩んでいきたい! この素晴らしい世界で!」
派手な格好の女性が手を叩く。
「はいはい! 上手に歌おうとしない! もっと声を張って! 元気よく! 明るく! 笑顔で!」
「孤独だった日々もあったけど」
「物足りないと感じた日々もあったけど」
「あなたがわたしにくれた美しい日々か変えてくれた!」
「はい! アピールポイント!」
台の上で踊っていた女の子たちがポーズを決めていく。
すると、彼女たちがキラキラと輝き始めた!
そう、浄化の奇跡だ。
レイモンドは信じられないものを見るかのように司を睨みつける。
司は、心の底から誤解です! 誤解です! 誤解です! と叫びながら首を振った。
「パッケ! なんで君がここにいるんだ!」
「どうだい! 君の世界の音楽業界の話を聞いてね、アイドルというものを再現したかったのだが、まさに彼女たちに相応しいと思わないかね!」
ただでさえ派手な恰好をしているのに、この町の派手な服装に相性が良かったらしく、更に派手で、もはやどうしたんだと聞きたいぐらいの恰好になっている。
彼女の名前はパッケ。
ウリュサの町からスカウトしてきた姉妹の一人だ。
当時、闘技場で血生臭い殺し合いをさせるよりはショー化させて万人受けを狙うことにした。そこで彼女たち姉妹に協力を求めた。
姉のパッケは音楽を、妹のポーはストーリーを担当して大きく盛り上げている。
現在シーズン3、真の王者を決めるためにベビーフェイスとヒール入り交じりバトルロイヤルが開催されているはずだ。
「なんで、パッケが、ここにいるんだ?」
「ユリナちゃんと喋っていたらアイドルの話になってね、だったらアイドルに相応しい人材がいるって言われてね! 単身ここまでやって来たってわけさ!」
ああ、妻よ・・・
「いいかね、彼女たちは傷が治せるだけの人物じゃない」
バンバンと自分の胸を叩いた。
「心を救う! それこそが彼女たちの本当の力なのではないのかね!」
「知らんがな」
舞台の上で歌はよく通っており、踊りにはキレがある。
かなり本気で取り組んでいるがわかる。
これでは、止めにくい。
「聖女候補生を見世物小屋で見世物にするつもりか?」
「ど、どうでしょうか、ね?」
世の中変なことばかり起きる。
こればかりは司だってどうしようもないのだ。
「パッケ! 他の子たちは部屋にいるのかな!」
「ええ、何を怒ってるのかは知らんけど、彼女たちの笑顔のためにやっとりますよ」
わかっているよというように彼女に頷き、レイモンドを館に案内した。
さすがにエキセントリックな出来事はそれだけで、館で暮らしていた聖女たちやその家族たちの挨拶をして近況を聞く程度のお喋りで終わった。
レイモンドは熱心に質問をしていたが、彼らはこんなに良くしてもらって申し訳ないと返すぐらいだった。
そして、聖女としての教育を受けたいという二人の候補生と長く話をしていた。
「世界中に聖女候補生はいます。しかし僕は彼女たちの生活の援助はしますが、特に生活に介入しようと思っていません。ここに集めた人たちはいろいろ面倒ごとに巻き込まれて逃げてきた人たちばかりです。だからこそ、慎ましやかな生活でも文句はないですよ」
「そうか」
レイモンドはどうも居心地が悪そうだ。
司たちは館を後にし、街の酒場で食事を取ることにした。
町の視察はしているようだが、さすがにこのような場所での食事は初めてのようだ。
「気がすみましたか?」
司は肉をモリモリ食べながら訪ねた。
彼は決して上品ではない食事と、水で薄めた酒を飲みながら渋い顔をしている。
これでも世界的に見れば上等なほうなのは知らないようだ。
「聞きたい、聖ロマンティアとここ、何が違うというのだ?」
ああ、そういう事か。
司はやっとレイモンドの真意に気づくことができた。
最近、自分はとても賢いのではないかと思っていたが、こんな単純なことにも気づけないなんて。
「パッケの登場はさすがの僕も驚きましたけど、彼女の言葉が答えです」
司はパッケがしたように胸を叩いた。
「心ですよ」
レイモンドは理解できないとういうように首を振る。
「彼女たちの特殊能力なんでしょうかね、関わった人物たちはとても幸せそうなんです」
百以上の聖女としての力を持っている女性を見て回ったが、例外なく周囲によい影響を与えていた。
なし崩しに村長をやっている子や、遺跡を調査する女冒険者もいる。女の社会進出を訴えるジャンヌダルクが居れば、ただの主婦もいた。
総じて言えるのは、誰もが彼女たちを愛しており、聖女の才能があるからと彼らから奪っていい存在じゃない。
「あなたはレデアから彼氏を奪うのですか? 酒場からアンを奪うと? ベルラナの夢を諦めさせるのですか?」
「必要とあらば」
「必要ですか?」
司はフォークとナイフを下す。
「あなたにとって、必要とは何ですか? まるで彼女たちを道具のように利用しようとしているようにしか見えません。彼女たちから自由を奪い、笑顔を奪うようならならば」
司は微笑む。
「殺します」
枢機卿には自由を奪い、笑顔を奪う権力がある。
実際に、若きクリスティーナは奪われた。
その怒り、苦しみ、悲しみがあったからこそ、あの人を堕落させる城、聖ロマンティアの大聖堂でもしゃんと背筋を伸ばしていられたのだ。
「聖ロマンティアには彼女たちが必要なのだ」
レイモンドも譲らなかった。
「大きくなりすぎたのだ」
彼は目をつぶり、覚悟を決めて告白した。
「私に奇跡を起こす力はない」
さすがに司も驚いた。
「無垢なる信徒を罠にかけ、引きずりおろし・・・殺しもした」
懺悔をするように司に訴えた。
「それほどまでに腐っている。徳の高さで言えば・・・この酒場に集まっている人々の方がよっぽど高いだろう」
だからこそ・・・
周囲を幸せにする聖女の力が必要なのだと。
「聖女クリスティーナが“聖なる語りべ”を聖ロマンティアから離し、王都へ移した。おかげで品格を保てている。聖女のいない聖ロマンティアは、取り返しがつかぬほどに乱れてしまった」
「気に入りませんね、やっぱり道具として使おうとしている」
「それはお互い様だ」
それはそうだ。
「申し訳ありませんが、環境が整っているとはとても思えません」
「昨日の今日だぞ、整っているわけがないだろ」
そりゃそうだ。
「これは、チャンスなのだ」
彼は真摯に答えてくれた。
その言葉を信じていいのか悪いのか、とても判断つけかねる。
「・・・もうすぐ、ちょっとした騒動が起きます」
「なに?」
「その時の、レイモンドさまの行動で判断させてもらいます」
彼も馬鹿じゃないらしく、何かを察した。
そして、上等じゃねぇかというような表情で薄めた酒を飲んだ。




