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第63話 枢機卿


 司は聖ロマンティアの大聖堂が大好きだ


 石造りで、天井は高く、幅も広い。

 さすがはドワーフ製、彼らは誰よりも、欲望に対して忠実に作品を作り上げる。

 この大聖堂はまさに、まさにまさに欲望の城だ。


 “聖なる導き手”教のトップは、“聖なる語りべ”と呼ばれる存在で、教祖は導き手の友人だった人物だった。

 姿を消した王を、人々は苦しんでいた。

 教祖は、導き手はどのような人物で、どのように苦しみ、何故去って行ったのかを語った人物だ。

 それが宗教として広まるまでに時間はかからなかった。

 彼は十数年後、多くの人々を導く存在となっていたが、彼は頑なに権力を断った。

 導き手を苦しめ、去った理由こそ権力にあったからだ。彼はひどく後悔しており、怒っており、絶望していた。

権力や金は彼にとって、侮辱でしかなかったのだ。

 彼はあくまでも語りべである。

 導き手は良き友人であった。

 人々よ、後悔しろ、怒れ、そして絶望しろ。

 悔い、改めるのだ。


 初めの“聖なる語りべ”は、小さな国の小さな家から始まった。

 小さな国は侵略を繰り返し帝国となり、小さな家は巨大な教会が作られた。


 とはいえ、巨大な国となったその地には立派な教会がある、その程度のことだ。

すでに“聖なる導き手”教は巨大な組織となっており、多くの信徒を学ばせるにはあまりに狭かった。

 故に、小さな村を作りそこで若き信徒たちは多くを学んだ。

 しかし国が国を滅ぼすたびに、この村は大きくなっていく。

 そして今では、巨大な国家とも呼べるほどになっていた。


 聖ロマンティア。

 ここはユリオス皇帝ですら自由にできない場所。

 周囲は質素な町が広がっており、中央にはジョークのような美しく立派な城が作られていた。

 ここには“聖なる語りべ”の仕事を補佐する3人の枢機卿がこの地、聖ロマンティアの公務を行っている。


 ちなみに、現在の“聖なる語りべ”は王都の大聖堂で暮らしている。

 手には弦楽器を持ち、質素な服装で子供たちに聖なる導き手がどんな人物かを歌っておどけている。

 案外と面白い宗教なのだ。


 だが、ここは違う。

 天井は高く幅も広い。

 枢機卿の胸像が並び、奥に行けば歴代“聖なる語りべ”の像が並んでいる。

 まさにここは欲望の園。


「ああ、いやだいやだ。あたしはウリュサの教会ぐらいが丁度いいんだよ」

 聖女クリスティーナは、幼い頃から暮らしている聖ロマンティアが嫌いで嫌いでしょうがないみたいだった。

「知ってるかい、あそこの城からは街が見下ろせるのさ。人々の暮らしを見下ろしながら、上等な服を着た信徒がツンと上を向いて歩くのさ」

 そうしてこう言うのだ。

「アンナをみてみな、そこそこの馬鹿に育っただろ? あの子は真っ直ぐないい子だったのにねぇ、すっかり変な宗教にハマっちまったもんだよ」

 それが彼女の鉄板ギャグだった。


 司は3人の娘を連れ、最上階にある枢機卿の部屋へと案内された。

 緊張する3人の女性に、司は振り返る。

「君たちは僕が守る。英雄様の言葉を信じなさい」

 彼女たちは素朴で、綺麗な笑みを浮かべて頷いた。


 でっかい木の扉を開け中に入ると、そこもまた随分広い部屋だ。

 質素だが品のある調度品に囲まれている。

「お忙しい中、時間を作って頂き本当にありがとうございます」

「うむ」

 レイモンド・ブラード。

 ギラギラした目を持つ、背が高くガタイのいい聖職者とは思えない男だ。

 黒髪で、40代という異例の若さで枢機卿となった新進気鋭の政治家でもある。


「レイモンドさま、お活躍とお聞きしております」

 丁寧な礼をする司に、レイモンドは睨みつける。

「すべてお前の言うとおりになりそうだな。戦争屋」

「僕は戦争反対ですよ。あちらが、勝手に噛みついてくるだけです」

「2人の枢機卿を犬扱いか。フン、確かに犬と変わらんか」

 二人の男は気持ち悪く笑う。


 何度も何度も面会し、最近はやっと軽口を叩ける仲にはなったが、まだ気の置けないとまではいかなかった。


 司は面倒だなと思う。

 彼らは損得では動かない。

 あえて言うなら、駄々っ子のようだ。

 なんか気に入らなかったら「お前、異端」って言ってくるタイプの奴だ。


 残り二人の枢機卿も「お前、偉そうだから異端」という理由で会ってくれないのだ。

 それが彼らを異端にしてしまうというミラクルが起きているのだが・・・


「さて、そちらの女性は?」

 レイモンドは少し失望と、怒りの視線を送ってきた。

 うら若き14、5の美しい娘だ。

 身なりも貴族ではないので、贈り物だと勘違いでもしているのだろう。

「彼女たちは僕にとって、とっておきの秘密なのです。このことは他言無用に願います」

 言ってしまえば最後通牒だ。

 もう、あれやこれやしっちゃったので、枢機卿に頼らなくてもよくなってしまったのだ。

 聖ロマンティアの派閥があちらに流れたからと言って、新進気鋭の枢機卿さまとは思えない判断の遅さだ。


 司は振り返り頷くと、彼女たちは頷きながら手のひらを開いた。


 日の光が入るように工夫はされているが、所詮はたかが知れている。

 薄暗い部屋の中が、柔らかな光に包まれ始めた。


 神の奇跡、かなり初級の奇跡だ。

 その場にある穢れを浄化、もしくは怪我をした時の穢れの浄化をする。要するに消毒のようなものだ。

 別に彼女たちは信徒という訳でもないのでこの程度の奇跡しか使えないのだ。


 レイモンドは青ざめながら立ち上がった。

 光が、増していく。

 もはや目を開いていられないほどの光。

「ば、馬鹿な!? これほどの光をっ!? これではまるで・・・」

 我を失い彼女たちに近づこうとするレイモンド。

 彼女たちは恐ろしくなったのだろう悲鳴を上げて力を止める。


司はレイモンドの前に立ちはだかる。

「彼女たちを怯えさせないでください」

 レイモンドは娘たち、そして司を交互に見て、呆然と頭を抱える。


「聖女としての資格がある。すぐにでもこの聖ロマンティアに呼び寄せる」

 彼女たちは不安に思ったのだろう、司の後ろに隠れる。

「困りますよ、レデアにはお付き合いしている彼氏がいますし、アンは酒場を継ぐそうです。ベルラナはホットシータウンで女優になりたいが、両親に反対されてるそうですね」

「ふざけているのか!」


 胸ぐらを掴むレイモンドに、司は微笑みかける。

「誤解です」

 なんか久しぶりに言えて少し嬉しい。

 睨みつけてくるレイモンドに、司は更に顔を近づける。

「これが世界です。僕は聖女と呼ばれるだけの力を持つ女性たちを、最低でも20人以上は保護しています」

 司には世界中の情報が集まってくる。

 自分自身の頑張りもあるが、やはりリングと友好関係になったのが原因だろう。そりゃもう、保護を断った聖女候補生になれば100人以上いる。


「聖女に選ばれるためにどれだけのハードルがあるんですか? 奇跡の力が強く、貴族で、若くて、処女で、ん? そりゃ普通に聖女候補生なんて見つかりませんよ」

「聖女は国の宝だ」

 司は額をこすりつける。

「政治の道具でしょ? それができないなら夜のお供ですか? え?」

 レイモンドは怒りに震える。

 だが、何も言い返せようもないはずだ。

 実際に政治利用しようと帝国じゅう探させており、見つかれば強制的に取り上げられる。

 そして貴族の養子として迎えられる。

 だが聖女としての力が足りなかった場合、もしくは用地先の貴族が窮地に立たされた時、奴隷として献上される場合がある。

困ったことに、よくあるのだ。


「彼女たちは、まさに国の宝なのです。医療が発達していないこの世界で、彼女たちの力は多くの命を救う」

 わかりますか? え?

 このような穢れた地に、彼女たちを差し出すわけがないだろ? あ?


 レイモンドは司から離れ、背を向ける。

「それが、お前の本音か」

 そう口にして、何かを考え始める。


「ま、のんびり考えてください。異端者になるか、ならないかはあなたの自由です」


 そう、司の敵に回るということは、“真なる導き手”教の手先になる、ということになる。

 何しろ戦争を起こそうとしているのが“真なる導き手”教なのだから、司の対局となる陣営になると、そうなっちゃうのだ。


 ああ、うん、よかったよ。がんばった、いい仕事した、帰りになんか食べて帰ろう。ここって節約料理とか言ってっけっど高級料理がいっぱいあるんだ。

 連れてきた子と世間話を楽しんでいると、やっとレイモンドが振り返った。


「わかった、協力しよう。聖騎士団の多くもお前たちの力となるだろう」

「大丈夫です。もう聖騎士団は押さえてますんで、何もしなくていいですよ」

 レイモンドは少し困った表情で戸惑う。

 申し訳ないが、戦争後の後処理で活躍してほしいぐらいの期待しかしていない。

 要するに、戦争に勝てば彼は絶大なる権力を得ることになるだろう。


「あ、そうだ、一つだけ・・・」

 司は英雄スマイルとは違う笑み浮かべた。

「美味しい料理店紹介してくれませんか?」



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