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第62話 もや


 孤児のジョルジュ・ファンが最も縁遠い、貴族の館へと招かれていた。

 壺や絵画がなど置かれている窓のない部屋、高価なロウソクの火が灯されている。

 路地裏で肩を寄せ合い生きてきたジョルジュは圧倒されながらも、怒りが湧き上がってくるのが抑えられなかった。


「何か用ですか、貴族さま」

 言葉の棘に気が付いたのだろう、立派な服を着た貴族が睨みつける。

「口を慎め浮浪者が!」

「やめないか、クリメント」

 部屋の中には貴族なのだろう3人がいて、ジョルジュは小さな椅子に座らされ彼らから見下ろされるような状況になった。

 中央に座っている男が特に偉いのだろう、がっちりとした体躯に整った髪が印象的な男だ。


 ジョルジュは不意に眩暈を覚え、目元を押さえる。


「大丈夫かい、君」

「ええ、少し眩暈が・・・」

 ジョルジュは絶句する。


 彼ら3人の周りに、なにか輝くもやのようなものが見えたからだ。

「どうかしたのかい?」

「い、いえ」

 これは自分にだけ見える能力なのだと分かった。


 そのもやは、正面の男が美しいブルー。

 クリメントと呼ばれた男は濃いグリーン。

 もう一人が薄いレッドに見えた。


「君が無事でよかった。あの村で何が起きたのか、話してもらいたくてね」

 美しいブルーの男は優しく語りかけてきた。

「私はステロ。この国の伯爵をしている」

「伯爵、さま」


 流通拠点の町ジンカ。

 ここはかつて豊かな国だったが侵略され、マリグ国の一部となった場所。かつての名残で周辺には多くの町があり、かつては王都であったこの場所は富みが集まる場所となっている。


「その伯爵さまが俺に何の用ですか」

「口を慎めと言っているだろう!」

「黙れと言っているんだ、クリメント」

 ステロはせつせつと状況を話し始めた。


 歩く死体、ゾンビと呼ばれる奇病が次々と起き、村が滅びている。

 ゾンビ化してしまった中で唯一、君が生き残った。

 村の様子、君のように生き残った者はいないのか聞いてきた。


「生き残った人間には、特別な力が得られているはずなんだ」

「特別な力」

「秘めた力を感じないかね」

 ジョルジュは、頷く。


「人間とは思えない力が湧き上がってきます」

「おおっ!」

 赤いオーラの男が喜びの声を上げる。

「やはりあの男の言うことは正しかったのだ!」

「口を閉ざせ、コーマン」

 ステロは怒気をはらんだ口調で制した。

「どういうことです?」

 ジョルジュが睨みつけながら訪ねると、ステロはじっと目を見つめてきた。

 そして、小さく頷く。


「このゾンビ化の原因は分かっているのだ」


 どういうことなのかと聞くと、ステロは説明し始めた。

「ツカサ・モリオウのことは知っているか?」

「ええ。帝国を救った英雄だ」

「英雄であるものか!」

 クリメントが吐き捨てるように言った。


「そう、クリメントの言う通りなのだ。ツカサ伯爵は、この帝国を支配しようとしている」


 ジョルジュは顔をしかめた。

 ツカサの英雄譚は路地裏に生きる子供たちにとって、心を慰めるヒーローのような存在なのだ。

「だが真実なのだ。自分の傀儡でるユリオスを皇帝にし、私利私欲を貪っている。今この国がかつてないほどの不景気に陥っているのは、ツカサが裏で支配を進めているからだ」

「俺に政治の話をしたってわかりませんよ」

 ステロ領が壊滅的になっているのは間違いない。

 税が上がり、多くの人間が失業した。

村を一歩出れば死体が積み重なり、あらゆる場所には盗賊が縄張り争いをしている。

 教会に助けを求めれば金を要求され、騎士団に駆け込めば切り殺される。

もはや秩序などどこにもないのだ。


「我々はツカサから国を守るために戦っている。だが、決して状況はよくないのだ」

「そうだ! すべて、すべてあの男がやったことだ! 国が乱れるのも! 病気が広まったのもすべてあの男のせいだ!」

「確かに、あの男がすべて悪いのだ」

 クリメントの言葉に、コーマンも頷いた。


 あなた方はいつもそうだ!

 すべて他人のせいにして自分は何もせず、このように立派な部屋の中で暮らしていて何がわかる!

 あんたたちのせいでどれだけの人間が死んだのかわかっているのか!

 そう口に出しかけたが、そうは言えなかった。


 彼らが纏うもやが、あまりに美しかったからだ。


「それで俺にどうしろってんですか」

 ステロは頷いた。

「我々は、残念だがツカサには絶対に勝てない。人間ではない力を得ている彼と戦う事すらできないのだ。だが、君は彼と戦える力があるのではないか?」

 ジョルジュは小さく頷いた。

 襲い掛かるゾンビを倒し、盗賊に襲われたがそれを返り討ちにして確信した。ジョルジュは人ならざる力を得たのだと。


 そして、今もまたもやを見る力に目覚めている。


「どうして俺が、戦争はあなたがたの仕事でしょ」

「あの町をゾンビだらけにしたのツカサだとしても?」

 ジョルジュはステロを睨みつける。

 しかしそのブルーのもやは美しさを増していく。


「権力を得た次に欲するのは永遠の命だ。学園を開き、学問を広めようなどとのたまっているが、それは悪辣な研究をするためのカモフラージュにしか過ぎない」

「そう! 我々はあまりに非道な行動を取るツカサに見切りをつけた魔法使いを保護したのだ! 奴らの行おうとしている邪悪なる目論見はすでに暴かれているのだ!」

 クリメントは笑みを浮かべながら、よく回る舌で叫んでくる。


「だったらそれを皇帝陛下にお伝えすればいいだけの話だ」

「皇帝陛下はツカサの傀儡であることは説明したはずだ」

 コーマンは頭の回らない餓鬼だと吐き捨てる。

 怒りが湧き上がってくるが、そのもやの美しさは真実だ。


「我々も正義の名のもとにツカサと戦おうと同志を増やそうとしている。しかし、残念だが目先の利益しか考えぬ者たちばかりなのだ」

 ステロ伯爵は悲し気に首を振る。

「このままだと、この世界は滅びる」


 ジョルジュはゾンビだらけとなった町が思い出された。

 あまりに地獄、残極な世界だ。

「お前は、ツカサが求める不老不死の力を得た。その不死の力を得るために、あの街は滅ぼされたのだ」

 あなたは選ばれたの。

 ジョルジュの同行人の言葉が思い出される。

「人の体を限りなく精霊に近づける行為。人としての体は一度、滅し、組み替える必要があった。精霊となったお前は人間の目には見えなかったものが見え、聞こえなかったものがきこえるようになったはずだ」

 コーマンは嫌味な口調で言ってくる。


「ジョルジュよ、お前はこの世界から選ばれし存在なのだ」

 ステロは優しくジョルジュに言ってきた。

「ツカサはお前に接触してくるだろう。甘い言葉で惑わせ、利用しようとしてくるはずだ。だが気を付けろ、奴はお前のその不老不死の力が目当てなのだ」

「・・・ええ」

「貴様っ、伯爵さまに対し何とっ失礼なっ!」

「黙れクリメント!」


 ステロは一喝し、ジョルジュに近づくと握手をして扉へと導いた。

「もちろん、君の意思を尊重しよう。だが忘れない事だ、ツカサは力を得るために実験を繰り返し、君の町のような悲劇が再び起きる事だろう」

「それは脅しですか」

「真実だよ」

 ジョルジュはステロの手を払い、屋敷を出て行った。


 ジンカの町は人に溢れていたが、その表情は暗く怒りが見えた。

 彼らのもやは美しくあったが、ステロたちに比べて濁っている。


 こんな中でも子供たちは駆けまわり遊んでいた。

 ジョルジュは、そのもやの美しさに目を奪われた。

 そのもやはキラキラと輝き、大きく、心を奪われるようなものだった。


 ジャック、アカ、ペータ、フィグ、アッシア、死んでしまった友人たちもまたこのように立派なもやがあったのかもしれないと思うと、怒りと無念で震えてしまう。


 盗賊から奪った金を使い宿屋に泊まっていた。

 広くはないが個室、質素なベッドが一つあるだけの部屋だが呆れるほどの金を取られた。

 どうせ金が無くなればまた盗賊を殺しに行けばいいので別に苛立つことはなかった。


 彼女はベッドに腰掛け、小さく歌を歌っていた。

 ジョルジュが部屋に入ると嬉しそうに近づき、甘いキスで出迎えた。


 二人はじっと見つめ合い、長い時間が過ぎていく。

 ジョルジュは目をつぶり顔を背ける。

「戦争をすると思う」

 フィーアは悲しげな顔をして、ジョルジュの頬を撫でた。

「するべきじゃないわ。あなたは、そんなことのために力を得たわけじゃない」

「だったら何のために!」

 彼女を押し離し、ジョルジュは背を向ける。

「なんで、もやがないんだ」

 ジョルジュは頭を掻きむしり、部屋を出て行った。



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