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第59話 行き当たりばったり


 6人の男たちが雨の中を走っていた。

 彼らは夜の闇に身を隠し、豪華な馬車に乗るとホットシータウンから去って行った。


「あぁ~あ、行っちゃいましたよ、お父さん。いいですか?」

「さぁ、どうなのかな」


 その様子を、二人の人物が見下ろしていた。

 一人は司、ローブを着て雨を防ぐ。

 もう一人は、白いマントを身に着けた、まだ10歳ほどの男の子だ。


「どう思う、アインス。クラート・ドドをここで殺しておくべきだったかな?」

 少年は雨に打たれながらも微笑みを絶やさず答える。

「僕はお父さんの選択を支持します」

 司はため息をついて、ローブを脱ぎ少年の濡れた髪から水を払って着せる。


「そういうのはいい。アインス、素直な感想を聞かせて欲しい」

 少年は目を丸くしながら司を見上げると、温もりの残ったローブを抱き寄せる。

「クラート・トドは、もう一つの町をゾンビウィルスで滅ぼしてるよ。だから、あの人をここで逃したら、沢山の人が死ぬと思う」

 司は、上等なスーツなのに、メイドのステラーナに怒られるなぁと思いながら小さく頷いた。

「それに対して、どう思う?」

「え?」


 少年はものすごく困ったように俯いた。

「・・・なんとも思わない」

「どうして?」

「関係ないから」


 これも素直な感想なのだろう。

「だけど、彼により殺される人の中に、君にとってとても大切な友人になってくれる人がいるかもしれないんだよ?」

「だって・・・」

 不満そうな顔を向けてきた。


「考えなしの行動したらダメだ。自分で考えて、自分はどうしたいか行動するようにしよう。それで衝突しあうなら、僕は怒らない」

「僕はお父さんの命令に従う」

 不満そうにそう言い返してきた。


「お父さんはいつも正しい。僕はお父さんに従う」

 司は困ったように首を振る。

「そうでもないよ。正しい事なんて、わからないんだ」


 それは親子の語らいにしては少しめんどくさい会話。

「僕が勝手に言ってるゾンビウィルスって言う魔法は、簡単に再現ができて蔓延も容易、兵器として使えば簡単に世界を滅ぼす可能性があるものらしい」

 魔法学園の研究者たちの意見だ。

 本来は不老不死の魔法のはずなのだが、そこに関しては理論破綻しているそうだ。


「僕が恐れているのは、アンチゾンビウィルスが作られない事なんだ」

 離れていく馬車を眺めながら、迷いのある口調で呟いた。

「彼を殺してゾンビウィルスの研究が進まなくなり、突然全く関係のない場所からゾンビウィルスが蔓延した時に・・・その時、僕が引退していたなら、僕がもう死んでいた時だったなら、そうなった時対応できないかもしれない」

 そうなった時、本当に世界が滅びる可能性がある。

 滅びないまでも、信じられないほどの死者が出るだろう。

「残酷だけど、多くのゾンビとなった人間の研究が必要だそうだ。それに、クラートは確かに天才なんだそうだ。良くも悪くも、彼の研究が進むことこそが問題解決の力になるそうだ。だから彼の逃亡を見逃した」


 その結果、多くの人間が死ぬことになろうとも・・・


「お父さんは正しい。お父さんの力がなければ、いずれもっと多くの人が死ぬことになる」

「どうしてそう言える?」

「え?」


 司は首を振る。

「彼を殺せば、案外とゾンビウィルスは人類に誕生しないかもしれない。もしかすると明日にでもアンチウィルスが作られるかもしれない。天才の彼が完璧な不老不死を生み出してしまうかもしれない。わからない、わからないんだ」

 そんなことばかりだ。

 指導者が占いや宗教にハマる理由がよくわかる。

 この立場になってみると、なにが成功して、失敗するか、本当に分からない。


「僕は多くの命を犠牲にして、何も得られないかもしれない。ゾンビに対して僕は何も打つ手がなく、人類は未曽有の危機に陥るかもしれない。ゾンビとは全く関係のないことが起きるかもしれない。明日何が起きるか、わからない」

 アインスの頭を、フードの上から撫でた。

「いろいろ考えて、自分の中で最もベターだと思う行動を取った」

 膝をついて彼の目を見た。

「でも僕は、困ったことに他者と比べてズレているらしい。だからこそ、僕はただのイエスマンはいらないんだ。アインス、君には自分で考えて、行動してほしい」


 彼は頷いた。

「さ、帰ろう。体がだいぶ冷えたし、大浴場でお風呂入ってから帰ろう」

 司は彼を持ち上げようと膝をつくが、アインスは身を引いた。


「僕がクラートを監視する」

「え?」

「あいつを追いかけて、お父さんが後悔したりしないように、僕は考えて行動する」

「もう監視はつけてる、知ってるだろ?」

 彼は微笑みながら首を振る。


「それは命令されたからだ。僕は違う。僕はお父さんのために行動がしたいんだ」

「・・・それが、君が考えて出した答えなのかい?」

 正直言って、だいぶ困る。

 アインスはこの町の監視役なのだから。


「これは僕のため、助けてくれた僕たちのためなんだ」

「・・・風邪ひかないように。無理しないように。何かあったすぐに言うんだよ、すぐに助けに行くからね」

「うん!」

 司はアインスを力強く抱きしめた。


「きっと大丈夫! これは僕にしかできない事だから!」

 そう言って足元が見えないほどの深い崖を飛び降りた。

 司はアインスが消えた闇をぼんやりと眺めながら、本当に思った通りにならないものだなぁと考えこんだ。


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