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第58話 平常運転


 立派な重厚感のある扉を開き、中に入る。

 部屋もまた素晴らしい。

 足元には絨毯が敷かれ、周囲はまだ流通していない本が並んでいる。

 また、たいそう立派な木製の大きな机が置かれている。


 だが、ここの主はあまりこの部屋を活用していない。

 いつも立ちっぱなしで書類を見ており、すぐに部屋を出て行ってしまうのだ。

 この大きく太った男は落ち着きがなく、貴族に融資するときにしか使われない。最近はそこそこ利用されているようだが、まだ綺麗なものだ。


 ペッカー・ブランド

 銀行の頭取で、司がスカウトしてきた人物だ。

 ホットシータウンには立派な銀行を作ったのだが、別に司が銀行というものを発明したわけじゃない。


 帝国内ですら通貨は一定ではなく、両替所というものは必要な職業だ。

 ペッカーは小さな山村の金貸しだった。

 彼はそこで、まるで王様のように暮らしていた。

 貴族や市民、そして山賊相手にと手広くお金を貸しており、彼に誰も逆らうことはできなかったのだ。


 商人ギルドのログエルを秘密結社へ導いたが、最初はペッカーを仲間に取り入れようと思っていた。

 だが、彼には少々性格に問題のある人物だった。


「何の用ですかな、伯爵様」

「久しぶりに話がしたくてね。忙しいようだ」

「そう、忙しいのです」


 体こそだらしないが、その睨みは殺人鬼のそれだ。

 実際彼は多くの人間を破綻させ、正規の手順で財産を没収し、何人も自殺に追い込んでいる。

 彼の仕事は繊細で、細々としている。

 人に任せておけばいいような仕事さえも目を通さずにはいられないのだろう。

 ユリナと同じ病気だ。


 司は彼から書類を素早く奪い、机に置いた。

「安心してください、もうそのお仕事はしなくていいです」

 座られることのない椅子をすすめる。

「お座りになって話を聞いてくださいませんか?」


 彼は言われた通りに着席すると、司が取り上げた書類に改め目を通し始めた。

 毎日金の流れを細かく見ているのだろう。

 彼の美徳でもある。

「特例を出す。今、借金のある者たちは借りた以上の金を返さなくてもよいとね」

 ペッカーはため息をついて、書類を机に置いた。

「何の権限で? できるとでも?」

 司はやれやれと首を振る。

「長々と話す必要もないだろう?」

「もう一度言う。何の権限で、そんなことができると、思っているんだ」

 多くの貴族や王族に多額の融資をしている。

 すでに彼は帝国内でも手が出せないほどの地位を得ており、彼に手を出せば大きな内戦となる。もはや司であろうとも軽々しく彼を切ることはできない。


 そう、自分が画策したと本当に思っているようだ。


「ロッキー、使用人のロッキーですよ。知っていますね? 彼は残念だが優秀とは言えない男です。だからと言って、あまり暴力を振るうのはよろしくない」

 思いもよらない箇所からの内容に、少し面食らったようだ。

「彼はここで働く前は、どこで働いていたと思う?」

「与太話に付き合うつもりはない」

「スノー家だ。おバカなペッカー、君は何とかスノー家とつながりを持とうとしていたようだけど、彼に敬意をもって接していれば、一発だったのにね」

「・・・・・・」

 鋭い視線を向けたまま、彼は口を閉ざした。


「メイドのファレード、あなたは随分御熱心ですね」

 司は「わかるわかる」と何度も頷く。

「彼女は若くて、色っぽくて、貴族の娘だ。あなたの好みにぴったり。だけどねぇ、少し調べれば、彼女がただの娼婦の娘であることぐらいすぐに分かっただろうに」

 自分の年齢の二倍はあるであろう男に対し、まるで子供をあやす様に頬を叩く。

「ピュアですねぇ、ペッカーさん」

「それが何だというのだ?」


 彼の表情は変わらない。

 だが、だからこそペッカーが怒り心頭であることを読み取れる。

 悪党は分かりやすいから大好きだ。


「あなたの右腕、ビンク。彼に対してたっぷりのお金と女、そして地位を与えているね。身内には甘い。いい手法だ、僕もよく使う手だ」

 で?

 司は尋ねる。

「ビンクが仕事帰りに寄る酒場の名前は? お気に入りの娼婦の名は? 彼はお風呂に入る時は右足から? 左足から? 彼が結婚を申し込もうとしているのが人妻だというのは知ってる?」

「・・・奴はクビだ」

 イライラがとうとう表に出始めた。

 彼は机を、その大きな手で何度もたたき始めた。


「おバカなペッカー、まだ話を続けようか? 例えば銀行で人事権を握っている人物の名前は? 例えばあなたがクビにした敵は今どこで何をしていると思う? 最近、妙に貴族がお金を借りに来たと思わないかい? 誰が手配したんだろうね?」

 司は笑いかける。

「内戦になるかもしれないね。どんな風に別れるだろう?」

 ペッカーさんに逆らえない金持ち 対 歯牙にもかけなかった貧乏貴族?

 それとも、僕にとって邪魔な貴族 対 僕にとって好都合な貴族?

「わかった、もういい!!」

 彼は吐き捨てた。

 すべて司の手のひらで踊らされていただけだと気づいたようだ。


「怒らないで、ペッカーさん。僕はあなたを高く評価している。感謝の気持ちを込め、新しい職場を斡旋しに来たんだ」


 やっとこさ、本題に入れる。

 ここからがまた長いのに、困ったもんだ。


「3つ用意した」


 ペッカーの苛立つ拳は止まり、一瞬で商売人の顔になった。


「1つは、僕の誘いを最後まで無視した場合だ。あなたは銀行に多大なる損害を与え、頭取ではなくなり追い出される。あなたを恨む人は多いからね、そこそこの割合で殺される」

 司は悲しそうに首を振る。

 それは仕方がない、救おうとした手を払えば、落ちる。

 自明の理だ。

「次だ」

 論外だと言うように吐き捨てた。


「二つ目、これが僕のおすすめです」

 茶化すのは止め、真面目に話始める。

「傭兵やならず者を集めて警察を作りました。荒事は彼らの得意分野だけど、学がなくてね。金融関係に詳しい人材が極端に少ない。金銭的なトラブルを解決できないんです。早急に新しい部署を立ち上げなければいけない。そこで、相談役として活躍してもらいたい」

「論外だ。次」

 これもまたバッサリと切り捨てられる。

 それでも司は未練がましく食い下がる。

「もう随分アクドイことをしてきたのですから、世のため人のため、この町の発展のために尽力を尽くしてくらえませんか?」

「次だ」

 司はがっくりと肩を落とした。


「三つ目、スカウトされる」

 彼は大きな腹の上に手を組み、耳を傾ける。


「ホットシータウンはペッカー・ブランドが栄えさせた。にもかかわらず愚かにも司伯爵は恐ろしくなり傑物を放出させた。なら是非、我々の陣営でその手腕を生かしてみませんか? そう語りかけてくる人物がいるはずです。彼らはきっと、ペッカーさんが望むものをすべて、そうすべて与えてくれると思いますよ」


 やっと納得できる話だったのだろう、彼は大きく頷いた。


「きっと彼らは、今より上等な屋敷を与え、使用人はすべて若い娘だ。部下はすべてイエスマンで、逆らうものを思わず手にかけてしまったところで何も問題は起きない」

 そこで存分に辣腕を振るってください。

「そこに僕はいません。この町と違い民意は低く、簡単にお金を借りてくれるに違いない。

貴族の女が好きなのでしょう? これからは毎日、借金のカタで売られてきた貴族の女を抱くことができますよ」

 集めた金で貴族の地位を得てはどうです? いや、金で国を買ってしまえばいい。

そうすればあなたは国王だ。


 ペッカーは愚かではない。

 儲け話の時こそ、彼は静かで、頭が回る。

 あらゆる賢人よりも、だ。


「お前に何の得がある?」

 口にはしないが、彼はそう訊ねてきている。


 司の行動は、敵に貢いでいるような行動だ。

 それは不可解だろう。


「僕の国の言葉でね、痛くなければ覚えませぬってあるんだ」


 さすがのペッカーも意味が分からないのだろう、方眉が持ち上がる。


「わかっているでしょう? あなたの仕事は、国の、人のためにならないということを」


 彼は高利貸し屋だ。

 トイチの人だ。

 無理やり金を借りさせ、返せなくさせてから財産を根こそぎ奪う。

 困ったことに、それがまかり通る世界なのだ。


「僕は危険性を理解している。ペッカーさん、あなたも理解している。だが他の人は? 貴族は? 市民たちは? 僕が危険だと叫んだところで聞いてくれますかね?」


 国が乱れ、財産を奪われ、愛娘がデブな男に凌辱され、首に縄かけて椅子から飛び降りる瞬間に「そう言えば危険だと言っていたなぁ」と気づくほどに、人間というものは馬鹿なのだ。


「人は痛みを伴わなければ、覚えないんです」


 わかるでしょ?

 ペッカーは初めて、その様子に始めて恐怖を覚えたようだ。


「人間の歴史に痛みを、大きな苦痛を与えるのです。欲望に忠実なペッカー、遠慮することはありません! 存分に欲望を開放してください! それが人類のためになる。あんな惨劇を繰り返してはならない、そう思われなければ意味がない!」


 とはいえ、さすがに自分の領地で痛みを伴うような行為をされて迷惑千万。

 願わくば、何故か妙に突っかかってきては、月一のペースで暗殺者を送ってくるカルト教団の本拠地でそのようなことが起きたなら、それはとても面白おかしく見ていられるだろう。


「歴史書を開けば、最も邪悪な人物ペッカー・ブランドと記されて下さい。慣用句に、ペッカーのような人間だと言葉ができる様に、演劇では必ず悪として記されるように。悪の華は醜く、誰からも嫌われ、誰からも愛されなければいけない。そうでしょ?」

「・・・お前は狂っている」


 司は彼に近づくと手を差し出した。

 ペッカーは手を差し出さなかったが、強引に手を取り力強く握手する。

「ペッカー、あなたの活躍を期待しています。困ったことがあったら言ってください。なんだって協力しますよ」


 そして耳元で囁く。


「僕の友達が、いつもそばにいますから、ね」


 司は笑いかけ、部屋を出て行った。


 取り残されたペッカーは、机に置いていた書類に手を伸ばしかけ、改めて腹の上で手を組み、長い時間その場で時間を費やした。




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