第5話 謁見の間と皇帝
ビロードの絨毯に膝をつき、首を下げた。
クリスタルの王座に座る男は額に手を当て、慎重に言葉を選んだ。
「つまり、お前は成り行きで魔族を保護したのであって、魔族と結託し国を滅ぼそうとしているわけじゃないということだな」
「あり得ない!」
謁見の間には国王ユリオスだけではなく、爵位を冠する貴族たちが周囲を取り囲んでいる。声を上げたのはクリメント子爵の声だろうと見当をつける。
彼が司に暗殺者を差し向けた黒幕であり、魔族によって殺されたという筋書きにしようと魔王の子と知らず誘拐した犯人でもある。
「なぜ聞き入れてくれないのです国王! このような者に侯爵を与えたことが間違いだったのです! ユリオス王の恩情を仇で返したのです! この男は魔族を率いて反旗を翻そうとしているのです! ああ、国王! 信じてください!」
クリメントの理論は無茶苦茶だ。
謁見の間で釈明の機会が与えられている時点で、もはや問題はないと証明されているようなものだ。少しでも知性がある人間ならすでに手回しが済んでおり、王がお咎めなしと宣言する場だ。
この場で判定をひっくり返したいなら、それなりの証拠を叩きつけなければいけない。それなのに、ただの感情をわめくだけで見苦しいとしか思えない。だがどうだ・・・?
「魔族を! 傘下に! 入れたのです! この者は悪だ! 何が正しくて何が間違っているか、皆様にはわかるはずだ!」
取り囲む有力な権力を持つ貴族たちは迷い始める。「あの人なんだか一生懸命だから正しいんだ」「そうか、間違っているのはあっちか」と。案外人間はそういうものだ。
しっかりとした情報を持っていなければ、人の扇動など容易いのだ。
「爵位を取り上げ、一刻も早くこの者を牢に入れるべきだ!」
そうだ! 魔族なんかを味方に入れるなど敵以外にありえない! そうだそうだ! という声が広がっていく。
しっかりしろ! やるぞ! やるぞ!
「お待ちください国王様!」
司は恥ずかしい気持ちを抑え込み、大きな声を張り上げた。
「僕は国王の剣! 異世界よりこの世界を救うために訪れた正義の刃! 苦しい戦いの末魔王グランドールを打ち破りし勇者! 誰よりも魔族を殺し者! 僕は恥じ入ることがないためにこの地に訪れたのです!」
周囲は静まり返る。
低レベルな抗議ならば、低レベルな釈明をする。
バカみたいだと侮ってはいけない、黙っていても「わかってもらえる」「間違ったことはしていない」「理解してもらえる」なんて甘い考えは捨てなければいけない。
これは戦いなのだ。
恥をかなぐり捨て抵抗しなければ、大切な人たちを失うことになるのだから!
「ユリオス王よ! 僕はクリメント子爵の言う反逆者なのでしょうか! 我が領地は魔族の本拠基地であるアンドリア大陸に面する沿岸部! そして数年前までは魔族の領地! 今は急ぎ魔族に備える時ではありませんか!」
クリスタルの王座に座る男はピシッと背筋を伸ばし、体を震わせていた。笑いを堪えているのが見て取れ、危うくこちらも笑ってしまいそうになる。
「戦いに勝った場合、略奪は許されているはず! ここに集まる紳士淑女の方々には奴隷はいないと? 農奴は存在しないと!? 僕は魔族を倒し、魔族得る! これは正当な戦利品ではありませんか!? なにが間違っていましょうか!」
ユリオスはとうとう顔を隠し、苦悩している風に見せ肩を揺らし始めた。
「そ、それが間違っている! 魔族と戦った戦士の方々はわかるはず! あの浮浪者とも思える姿! あの知性のない野蛮人どもが無能な魔族どもが言葉を理解し、労働力になるとは思えない!」
クリメントの言葉に、司は笑いながら頷いた。
「ええ、まさしくその通り。それが悩みなのです」
貴族たちに笑いが上がった。
「全く頭の痛い話です。魔族の野蛮人っぷりには手を焼いているのです。僕はアンドリア大陸に渡り魔族を存分に殺してまいりました。どれこれも町と呼べるものはなく、どれもこれも集落、山賊の隠れ家の方がよほど裕福な暮らしをしている」
司のすらすらとした口調に彼らは再び笑いがあった。
「我が領土は未開の地。できる事なら野蛮人どもを殺して回りたいところですが、先ほど言った通り魔族が再び我が領土に攻め込んでくるとも限りません。急ぎ防衛線を構築しなければいけない。奴らを奴隷にして急ぎ事に当てているのですが、いやはや、魔族の無能っぷりは頭痛のタネです」
魔族蔑視はお前だけの必殺技じゃないんだぞと、司はクリメントに笑いかける。まさか世界を救った英雄が、さも当然のように魔族差別をしてくるとは思ってもみなかったらしく、顔を青くし始めた。
「だったら! もし役に立たないようならどうするおつもりか!」
「それならばしょうがない、処分します」
謁見の間が静まり返る。
「しょ、処分、どういうことだ!?」
やれやれと司は首を振った。
「殺すのですよ。なまじ力だけはありますからね、軍隊になる前に殺すしかないでしょう」
言葉通りクリメントは地団太を踏んだ。
「できるのですかな! 話によるとツカサ卿は魔族を優遇されているそうではないか!」
「そうなのですか? いや、驚いた。そのような全くのデタラメ、誰から聞いたのですか?」
クリメントはうっと口を閉ざす。
司は心の中で苦笑してしまう。出所はわかっている。城の使用人たちで間違いないだろう。「あの男は我々よりも魔族を優遇している!」「魔族と通じているに違いない!」「いや通じている!」「私は魔族と密談をしているのを見たのです!」と嘘が大きくなっていき、その話を真に受けたに違いない。だからこそユリナと大慌てで手を打ったのだ。
「ここにいる紳士の方々。あなた方は自分の手で何人魔族を殺しましたか?」
司の言葉に誰も何も言えない。当たり前だ、魔族一人相手に5人の兵士が必要だというのに、多少腕に覚えがある程度では魔族を殺せるはずがない。
「恥ずかしながら、僕は誰よりも魔族を殺しました。そして、かの恐るべき魔王グランドールを打ち破った! その僕が、魔族を優遇し? 魔族を殺すことを躊躇う? もう一度お尋ねしますが、誰から聞いた話なのでしょうか? 確か魔族を率いて国家転覆を図っていると? 荒唐無稽と言いましょうか、噂話をあまり真に受けないほうがよろしいと」
貴族たちから和やかな笑いが上がった。「確かにその通りだ」「よりにもよって勇者ツカサに使われる魔族も可哀そうだ」と口々に出始めた。クリメントは小さく「わからないではないですか」と呟き、この場は司が勝利したと誰もが認識した。
ユリオス王は王座から立ち上がり高らかに宣言した。
「嫌疑は晴れた! 我らが勇者ツカサは我が剣であり、マリグ帝国の偉大なる守護者である! この場にそれ疑う者はあるか!」
王の宣言に、手を上げることはできない。
むろんクリメントは不満だろうが、この雰囲気で手を上げる勇気はないだろう。
「宴の用意をしろ! 我らが勇者を称えようではないか!」
司は改め膝をつき頭を下げた。