第57話 やってることは変わらない
司は豪雨の中、UFOが埋まっていた巨大な穴を見下ろしていた。
「ここは、池になるかな?」
「なんねぇよ」
商人ギルドの長ログエルは馬鹿にしたように言った。
「穴を掘って水を入れて見ろ、すぐに地面にしみこんで地面に消える。そんなことも知らないのか?」
「それは知ってますけど・・・」
「この地は何百年も雨が降らなかった土地だ、地面はカラカラに乾いている。ここは崩れて、沼になるのが関の山だ」
ログエルは四角い顔を撫でながら、穴を睨みつける。
「池にできなくもない」
「え?」
「立派な穴だ。手を加えれば、ちゃんとした池にすることはできる。そこそこの費用と時間がかかるがな」
司は頭を抱える。
正直、カツカツなのだ。
もともとない金を、アイデアと工夫で乗り越えてきたところがある。
それなのに最近は気候が変わってしまい、想定外の出費が一気に出ている。
「この地は、何かしらが精霊を乱して雨を止めていた。お前さんの言っているUFOってのが精霊を乱していたんだろうよ。それが取り除かれたんだ、これが元来の気候なんだ」
そう精霊騎士団の団長ジョブ・ロイズは言っていた。
ジョブが精霊に訪ねたところ、どうやら冬になると雪が降るほどに冷え込むらしい。
今までは冬でも気温はさほど下がらず、ウリュサにホットシータウンは何の準備もしていない。
命のかかわることだ、冬の準備にケチるわけにも行かず・・・
ログエルは押し黙る司を見て、唸る。
「・・・池はどうせ必要になる。せっかく開いている穴だ、利用した方がいい」
「わかってるよ。だけど、先立つものがなくてね」
「ああ。どうにか工面する」
司は驚き、ログエルに向き合い「どうしたんだ?」というように手を広げる。
「早く水回りをなんとかしねぇと、ウリュサは水びたしだ。ホットシータウンもそうだろう。グレンタは今まで通り下水管づくりに全力を尽くさせろ。少し魔族をこっちに回せば、できるだけ安価で、素早くいい池をこさえて見せる」
ログエルはそう言いながら、雨で濡れ冷たくなった手を擦り合わせる。
「わかってる。柄じゃねぇことはな。だが、そっちの方が金になる。だろ?」
「それは、そうですね」
「薪の準備はあるのか? 魔法でどうにかなるってなら、それがいいが。そうじゃなないなら大量に必要だろう。冬の衣類はどうだ? 問題は食いもんだ。冬の保存食での料理バトルをやっていたが、単価が高すぎる。無理して5日に一度食えるかどうかだ」
「周辺諸国からお金を借りるツテはあるよ。ただ、だいぶ信頼は失うだろうけどね」
「信頼は失うのは簡単だが、取り戻すには時間がかかる」
「それだけ、損をする」
ログエルは雨に負けないほどの声で笑った。
「ここは儲け話が沢山ある! 金儲けが得意な連中がこの地に集まって、自由に商売をしている! 商売人として、この地にケチが付くのが許せん」
そう言いながら、司の背を思いっきり叩いた。
「任せろ、何とか工面する。この池は多少金をもらうが、冬超しはこっちで用意する。その代わり税金を上げるのはナシだ」
「その話を信じて、街の人間が半分凍死しましたでは困るんだけど?」
「俺を信じろ。浮浪者だろうと死人は出さん。失った信頼をここで取り戻させてもらうぜ」
ログエルは子供のような笑みを向けてきた。
「子供ができたんだろ?」
「ええ」
笑いながら何度も背を叩く。
司も自然と笑みが浮かんでしまう。
「知ってるぞ、名医をあっちこっちから集めてるんだろ? とんだ馬鹿野郎だ!」
「はは、ユリナにも怒られました。医者は一人にしろと」
冷たい雨を浴びながらも、心は温かく弾んでしまう。
ログエルは声を上げて笑った。
「それがお前のスマイルは初めて見たよ!」
「あれ? そうですか?」
「いつも薄気味悪い笑いをしやがって!」
「英雄スマイルです、薄気味悪とは心外だな」
雨の真っただ中、二人はダラダラと時間を忘れ語り続けるのであった。
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堀を掘るべき周囲には花園が作られ、光る魔法の石が飾られ、夜でも明かりに包まれていた。
城の小さな扉を開くと、暖かな風が司を出迎えた。
「お帰りなさいませ旦那様」
赤毛の使用人がすぐにやってきて、雨で濡れたローブを受け取った。
彼女はユリナの実家からやってきたスーパーメイドのアルノ。
名家の出でありながら、馬鹿じゃないし礼儀正しいく、若くて美人という漫画にでも出てきそうなメイドさんだ。
確か27歳という、この世界ではすでに行き遅れの年齢なのだが、なぜ結婚相手がいないのか不思議なぐらいだ。
「ユリナは?」
「そうです、ユリナ様に仰ってください。とにかくじっとしないのです」
アルノはこの城に招かれた5人の医者たちと医療について毎日語り合っているらしい。
仕事はアルノ達が代わりをしているのに、これではまったく意味がないと。
「僕にユリナが止められるとでも?」
「旦那様が落ち着いてお城にいらっしゃれば問題は解決するのです」
「天変地異で街が大変なんだ、許してよ」
アルノに責められていると、奥から別のメイドがやってきた。
「ツカサ様お帰りなさいませ! お食事はどういたしますか?」
「いただこうかな、実は今日は何も食べてないんだ」
「まぁ! それでしたら張り切って準備させてもらいます!」
彼女はアルノと共にやってきたスーパーメイドの一人、サフィア。
彼女もまた名門貴族の子でありながら、性格がよく、信じられないことに料理が上手なのだ。
彼女の家庭的な料理はいつも心を和ませてくれる。
綺麗で優しく、穏やかな女性だ。彼女もやはり独身、もったいない話だ。
「旦那様、お帰りなさいませ」
そしてもう一人、ステラーナ。
彼女は家事全般を一人で行う、優秀なメイドさんだ。
彼女の仕事はもう一つ、戦闘訓練を受けているので護衛でもあるのだ。
「ステラーナさん、変わりはありませんか?」
「はい。腕が鈍ってしまいそうなぐらいです」
「それは何より」
アルノ、サフィア、ステラーナ。この三人がやってきてからというもの、このストレスしかなかった城が一気に広くなったような気がする。
医療の先生たちと熱弁を続けながらユリナが部屋から出てきた。
「あら、ツカサ。お帰りなさい」
「もっと熱烈な歓迎をしてくれてもいいだよ?」
彼女は微笑み、司を抱きしめると荒々しいキスをしてきた。
「これでどう?」
「最高」
今日も司の家は平和そのものだった。




