第56話 シーズン2
子供たちはりんごを手に取ると、走り出した。
「待ちやがれクソガキが!」
店主は怒鳴り、追いかける。
子供たちは素早かったが、まだ3、4歳の子供もいたためすぐに追いつかれる。
店主の手にしていた木の棒で頭を殴りつけた。
「ジャック!」
リーダーだろう十四、五の少年が振り返る。
その瞬間、道を歩いていた住人に捕まってしまう。
ジャックと呼ばれた少年は、地面に倒れ動かない。
「くそ! 離せ! 離せよ!」
頭から血を流し痙攣する仲間を見て、逃げていた幼い男の子や女の子も立ち止まり大人たちに捕まっていく。
ジャックは店主に繰り返し殴られ続ける。
「やめろ! 殺す気か! お前たちに人の血は流れていないのか!」
「人のものを盗んでおきながら偉そうなこと!」
店主は動かなくなったジャックを蹴飛ばし、リーダーだろう少年に、血の付いた木の棒を振り下ろす。
「くそっ、オレ達だって好き好んで盗みなんてしてるわけじゃない! 生きていくには仕方がないって、なんでわからないんだ!」
「黙れ!」
血を流しながらも睨みつける少年に、店主は更に殴りつける。
子供たちは声を上げて泣き始めた。
「餓鬼が! こっちだって慈善事業やってるほど余裕はねぇんだよ!」
「どんなにつらくても子供を守るのが大人じゃないのかよ!」
三度目に殴りつけられ、頭蓋が砕け地面に倒れ込んだ。
「餓鬼が偉そうに、人の道を語ってんじゃねぇ」
意識が朦朧とする中、一緒に逃げていた仲間たちが殴りつけられるのを感じながら、大人たちの怒りと憎悪に震えた。
目を覚ますと、殴り倒された道に倒れていることに気が付いた。
激しく殴りつけられたはずなのに、痛みはなかった。
町は静まり返っていた。
自分と同じように大人たちがバタバタと倒れている。
「アカ、ペータ・・・フィグ、アッシア!」
殴りつけられていた仲間たちの名を呼ぶ。
ぺちゃ、ぺちゃ、ぺちゃ
何か水の音が聞こえた。
近くに、あの店主が倒れていた。
そこに子供たちが群がっている。
「アカ、ペータ!」
立ち上がり近寄ろうとし、足を止めた。
店主はすでにこと切れており、血の海の中にいた。
子供たちはその上で、何かをしていた。
「うっ」
吐きそうになる口を押える。
食べていたのだ。
その脂肪の塊のような男を、アカは血を吸い、ペータは肉にかぶりついていた。
フィグは指で搔き毟り、アッシアは殴られ変形した頭で噛みつこうと繰り返していた。
「い、いったい、なんなんだ」
恐怖で後ろに下がると、倒れていた人々が次々と立ち上がっていく。
肌は白く、目は尋常じゃないほど赤い。
全身からどす黒い血を流すその姿は、もはや命が尽きていることを示していた。
それなのに、彼らは立ち上がり、こちらに向かっていた。
近くの若い娘の生きる屍が襲い掛かってきた。
思わず悲鳴を上げ、体当たりをして難を逃れようとする。
その死骸は、宙を舞った。
手足はもげ、体も粉々になり、地面に落ちるときは血の雨となっていた。
「なんだこれは・・・力が、力が湧いてくる」
そう、死骸が脆かったわけではない。
少年の体には今まで感じたことのない、炎のような力が湧き上がっていたのだ。
「これなら・・・」
彼は店主が持っていた棒を拾い上げ、迫ってくる死骸に叩きつけた。
死骸の体は上下真っ二つに裂かれ、血が吹きあがる。
しかし上下に分かれた死骸は、今なお動きを止めない。
甲高い声が上がる。
躯となった店主を食べていたアカたちが飛びかかってきたのだ。
殴りつけることを躊躇い、思わず掴んでしまう。
しかし可哀そうに、子供たちはまるで狂った獣のように口を赤黒くしながら噛みつこうと繰り返す。
恐怖のあまり投げ捨ててしまうが、今の彼の力は子供たちをぺしゃんこにし、壁に穴を空けるほどに強まっていた。
「あ、あああ・・・」
家族を、仲間を殺してしまった・・・
すでに死んでいたとしても、あまりに残酷な行動を取ってしまった。
彼は、逃げる様に駆け出していた。
小さな町だが、どこへ行っても死体ばかりが歩き回っていた。
「誰か、誰か生き残りはいないのか!」
声を上げるが返事は帰ってこない。
襲い掛かる死骸と死骸の隙間に、背の高い女性の姿を見た。
「君! 待ってくれ!」
その背の高い娘は微笑むと、彼から離れていく。
「どけ! どけってんだよ!」
捕まえようとする死骸たちの手を逃れ、その女性の背を追いかける。
尋常じゃない脚力を得ていたはずなのに彼女に追いつけず、日がゆっくりと沈んでいく。
暗闇に包まれそうになり、諦め立ち止まる。
「あなたは、選ばれたのよ」
裏路地に置かれたベンチに、彼女は座っていた。
儚げで、線の細い、男のように髪の短い女性だ。
男のようにズボンを履いているが、ぴっちりとしたズボンで、魅惑的な足を美しく見せている。
「名前は?」
「・・・え?」
「名前」
どこか、周りの歩き回る死骸と同じように、現実味のない雰囲気に気を引き締める。
「ジョルジュ・ファン」
「ジョルジュ」
彼女は立ち上がると、その白く美しい指でジョルジュの頬を撫でた。
「フィーア、私の名前」
「フィーア・・・」
「そう、もっと私の名前を呼んで」
彼女は微笑むと、唇を合わせた。




