第55話 一幕 ④
銀の円盤が大地から浮かび上がった。
不思議な光に満たされると、まるでこの世界に存在していないかのように真っ直ぐ移動していく。
ホットシータウンを横切り、学園の前で停止した。
人々は暴風雨だけで大慌てだというのに、空に巨大な大陸のような輝く円盤が現れさらにパニックに陥った。
ユリナも学園で円盤を見上げながら、目まぐるしく変わる状況に少し焦りを感じていた。
中庭に黒い渦のようなものが現れたかと思うと、陰で別れを告げた紙村豊子が中に入っていく。それに続き、彼女を追ってアランたちも中に入っていった。
ニホンという国へ帰った豊子を追い、その世界へと向かったのだ。
すぐに待機していたツカサの友人たちも、その渦の中に入っていった。
慌てて飛び込むミドリカワと違い、サカモトだけは最後までツカサを待つと言ったが、ナカタに抱えられて渦の中へと入っていった。
そしてすぐ後、円盤が現れた。
まるで空に浮かぶ島、その巨大さ、神秘的な光に包まれたその姿に目を奪われていると、ぐりんと細くなり凄まじい勢いで渦へと入っていった。
そのあとすぐに、リングたちが何十人も落ちてきた。
「おれたちは家族が・・・むぐぅっ!」
「この世界にはまだ冒険するところが沢山あるから! あっちの世界はみんなに任せることにしたんだよ!」
詳しく話を聞こうとするが、リングたちは素早く散ってしまい捕まえることができなかった。
そしてすぐ、学園に精霊騎士団がやってきた。
ジョブ・ロイズは円盤を見て、慌てて動かせる軍と共にやってきたのだ。
ユリナは呆然としながらも今起きたことを伝えながら、頭を整理させた。
「厄介なことになっちまったな、え?」
ジョブにそう言われ、全くその通りだと今更ながら気が付いた。
この地から去って行った人々は、いなくなられては困る人物ばかりだ。
3人の英雄たちはもちろん、
名門スノー家のアラン。
農地改革に協力を求めているナイスマン一家の長男であるナノ。
反乱を画策していたユリナの一族が目を付けていた、ジーク。
女傑の最後の希望ロッソを失ったと知れば、彼女がどのような行動を取るかわからない。
黒騎士ゴイルは魔族の島で軍の指揮をとっており、何よりロラの守護者でもあった。まさかロラを置いて行ってしまうとは思いもしなかった。
ユリナは不安になり、ロラの手を握った。
「大丈夫? うちに来る?」
魔族の少女は不思議そうに見上げた。
「どうして?」
「ゴイルは行ってしまったわ。寂しくない?」
「なんで??」
彼女は本当に不思議そうに尋ねてきた。
「ゴイルは死んでいない。死んだら寂しい。だけどゴイルは生きている」
屈託のない笑みを浮かべた。
「ゴイルは新たな戦場に行った。戦士として羨ましい」
そう言って拳を握る。
「ゴイルの代わりは私がする。私が戦わないとみんな死ぬ。誰も死なせない!」
「いやぁ、そりゃ心配だわ、お嬢ちゃん」
ジョブは角の生えた頭を優しく撫でる。
「引退した爺さんを相談役に付ける。いいかい、嬢ちゃん」
「ん」
彼女は素直に頷いた。
功名心やプライドに曇っていない。
ただ本当に友人を救いたい、その一心なのがわかる。
羽や尻尾が生えただけじゃない、ロラは少し離れていた間に本当に大人になってしまった。
少し、いやだいぶ寂しいユリナだった。
「で? あのクソったれはどこだ? え? 今後の話をしとかんとな、一波乱どころか、大波乱になるぞ」
「ええ、まだ仕事から帰って・・・」
ユリナに、寒気が走った。
いつも、はかったように・・・いや、いつもはかっているのでそうなのだろうが、友人との別れに遅れるような人じゃない。
重要な時は、いつも憎たらしいほど顔を出す彼が、このタイミングで現れないだろうか?
もしかして、行ってしまったのかもしれない。
「ユリナ?」
ロラを抱きしめ、嫌な考えを振り払う。
そんなわけない。自分を残して、別れも告げず行ってしまうわけがない。
しかし別れを惜しむが故に別れを告げず・・・
いつも最悪の事態から考える癖のあるユリナは、無意識の箇所でどんどん積みあがって・・・
「どうなった!?」
慌てた声が中庭に響いた。
彼はずぶぬれになったローブを脱ぎ捨て、小雨となった中庭を見渡す。
「ちゃんと帰った? うまく行った? 大成功? 中成功ぐらい??」
「なにしてたんだ、クソったれ。全部終わったようだぜ」
「大変だったんだよ!」
円盤の中にいたのだが、気づけば外にいた。
どうやら円盤が埋まっていた穴の中にいたらしいが、そのことに気が付かなった。空を飛んで周囲を見渡そうとするも、豪雨で右も左もわからなくなり、やっと小雨になって方向が分かり、飛んできた。
珍しくまとまりのない口調。
ユリナは、彼の手を握り、崩れ落ちた。
自分でも、驚くほど涙が出ていた。
「ああ、ユリナ。大丈夫、大丈夫」
「え、ええ。知っているわ。あなたがわたくしを置いてどこかに行くなど、あり得ませんもの」
それなのに、自分でも驚くほどに泣いていた。
彼は、そんなわたくしを優しく抱きしめてくれた。
「そう、君の知っている通りさ」




