第54話 一幕 ③
宇宙人グレイは司の手を引っ張り、光の先へと進もうとする。
司は数歩進み、歩を止める。
無表情のグレイたちは司を見上げながら、何度も引っ張る。
司は首を振った。
困ったことに彼らは人間の感情をうまく理解できていないらしく、帰らないという意思表示を理解してくれない。
どうしようかと思っていると、光の先から人影がやってきた。
エルフの少女、坂本は司に近づくと肩を掴んだ。
「帰るんだ、ツカっちゃん」
いつもの調子のいいふざけた表情ではなく、真剣に訴えてきた。
「帰るんだ」
彼女の顔が、焦りに歪む。
この不思議空間では、心の声がダイレクトに聞こえてくる。
「この物語は、お前が主人公だ」
そんなことを思っていたのかと驚く。
司は、自分が脇役だと思っていた。
下手すると敵役側だろう。
笑い、奪い、殺し、貶め、支配し、そのくせ悪びれることもない。
「お前がこの世界にいる以上、物語は続く。俺たちができるはもう全部やったんだ、この物語を終えるべきだ」
夢は覚める。
始まれば、終わりがある。
永遠に続く物語なんて存在しない。
だから帰るんだ、帰って、自分の人生の続きをするんだ。
「いいから帰れ、坂本」
坂本に、うまく言葉に伝えられなかった気持ちを、今なら伝えられる気がした。
「最初は義務だった。死んだ仲間たちが生きていたなら、この残酷な世界はきっと、もっとたくさんの人たちが救われていた」
だから、生き残った者たちは、その平和な世界を再現しなければいけない。
そんな風に思っていた。
「だけどもう義務じゃない。普通に楽しいんだ」
あのペッカーと話を付けないといけないし、
クラートを止めないとホットシータウンがゾンビパラダイスになってしまう。
ユリナはセェラとアルバートをくっつけようとゼイダに第二夫人を探しているし、
孤児の悪ガキどもはやっと勉強の重要性を理解し始めている。
“真なる導き手”教とケリをつけないといけないし、
数学者と名乗るあの老人の話は興味深い。巨大図書館を作る予定になっているが、災害が起きると吹聴している予見者に会ってみたい。人体をバラバラにする山賊というものがいるらしく、解剖学の始祖としてスカウトしたい。エルフとの邂逅も急がなければ、知性は高いが、高いが故に戦争をしないのでほっとけば人類に滅ぼされてしまう。
あれもある、これもある・・・
「楽しんだ」
偽りない、心からの気持ちを伝えた。
「・・・そうだな、初めからそうだった」
彼の気持ちもまた伝わってくる。
笑いながら人を殺す男。
初め仲間たちですら不気味狩り、嫌っていた。
だがアニメや漫画のように、現実の世界は簡単な世界じゃなかった。
愛をうたったところで、愛に目覚めず、そもそも愛とは何かを突き返される始末。
その問題の難しさを、誰よりも真摯に受け止め、向かい合っていたのは司だった。
気づけば皆、君に感謝していた。
あの緑川さんでさえだ。
彼女は狂ったんじゃない、狂わなかったんだ。
だから最後まで君を嫌っていた。
「彼女は、お前が守ったんだツカっちゃん」
そうなんだ・・・
司は心が少し軽くなったことに驚いた。
彼女に対して、引け目に感じていたことに。
「忘れんな、俺たちは、どんなに離れていても親友だ」
「わかってる。人殺し仲間だ」
「クソったれ仲間だ」
性格も違う。
生き方も考え方も全然違う。
それでも、一緒に血を流した仲間だ。
坂本は背を向け、光の中に消えていた。
グレイは別れを惜しむように司に触れてきた。
すると、触れた個所から光が放たれ始めた。
すぐに司の体は全身が輝き始める。
彼らはしきりに感謝していた。
そして、彼らにできることをすべて司に施し、坂本の後を追っていった。




