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第52話 一幕 ①


 暗雲が空を覆った。


 魔法学園にやってきた3人を、ユリナは迎えた。


「ああっ! 今まさに使いを送る予定だったのです!」


 エルフの女性を抱きしめた。


「ツカっちゃんはっ!?」

 坂本はあいさつ程度にユリナに抱き返し、姿の見えない友人の居場所を尋ねた。

 心は触手系凌辱を愛する男子高生、体は乙女のエルフである彼はいつもの余裕がなくなっている。

「わかりません。彼は予定通りに行動しませんから」

「予定だとどこにいるの?」

「ウリュサで貴族の相手をしているはずです。ただ、曇り空を見ればすぐにこっちに来るとは思うんですが」


 リザードマン、姉属性が極端に苦手の中田は、ユリナの隣に立っている少女に顔を向けた。

「どうだ?」

「できるだけのことはやったと思う」

 異世界学園にやってきた紙村豊子は力強く頷いた。


 日本で司たちは病に侵され全員命を落とした。

 そして異世界転生し、この世界にやってきた。

 チート能力を得て魔王を倒し、平和になったこの世界で暮らしていた。


 そこに新たに紙村豊子がやってきて、この世界は乙女ゲーと同じだと言ってきた。

 そして、現世に戻るルートがあることを伝えたのだ。


「かえ、れる、の?」

 美しき女性、緑川はガタガタと震えていた。

 異世界転生を、初めは誰よりも喜んでいたはずの少女。多くの友人を失い、多くの命を殺め、精神が病んでしまい魔王退治に参加できなかった女性だ。


「できることはやったと思う。後は、本当にゲーム通りになるかは、知らないよ」

 ユリナは豊子の頬に触れた。


 豊子は心臓がドクンと跳ね上がる。


「よくやってくれました。あなたが悩み、苦しんでいたことは夫から聞いています。それなのに最後まで、本当に、よくやってくれました」


 悪役令嬢、ユリナ。

 国を憎み、人を憎み、世界を憎み、ゲームでは投獄され、処刑され、狂気の笑みを浮かべていた悪役令嬢。

 いま浮かべる微笑みは、ゲームでは見せることのなかった本当に優しい表情だ。


 その微笑みが、豊子の涙腺を緩ませる。


「ツカっちゃんは、元の世界に帰すからね」

 坂本はユリナに対し、冷たく言い放った。

 ユリナも悪役令嬢らしく、冷たい笑みで返す。

「選ぶのは夫です」


 睨み返すエルフの少女を、小さな半透明なフェアリーが耳の先を引っ張る。

 坂本の周りに妖精が無数に現れ、何かに慌てて右往左往している。


「坂本、どうしたんだ?」

「わからん。全然わからん」

 坂本は妖精を持ち上げるが、何も伝わってこない。

「妖精たちもなにがなんだかわかってないみたい」

 そして地面に手を当て、地の声を聴く。

「この地は、何者かに操作されている。雨が降らなかったのも、地が死んだのも、すべてその何者かの手によってなのは間違いない」

「もしかして坂本、この時のため、だったりするのか?」


 中田の質問に、予測が混じるために、小さく頷く。

 雨の降らない国、そこに雲がかかった時、異変が起きる。


「今まで曇り空すらせなかった何者が、今は曇らせてる。俺がわかるのは、それだけだ」

 坂本は空を見上げ、焦りを押し殺しながら呟く。

「急げ、ツカっちゃん」


 ~~~


 司はこの数日、闇の中にいた。

「ふぅ、さすがに気が滅入るな」

「そうなんだよねぇ」


 トトトポヤは、司の愚痴に対し明るく返した。

 前を歩くのはヒッピーのような派手な服を着た女の子、リングという種族だ。彼女はリングの中でも高い地位みたいだかよくわからない。


 ここは司の領地の地下に隠されていた、鉄のような物質でできた謎の遺跡だ。

 数日前、ウリュサに集まってきた貴族崩れの集まりに参加し、なんの実りのない会話を楽しんでいた時のことだ、トトトポヤが現れたのだ。

「遺跡が、なんか光った。何かあるかもしれないから、顔見せとく?」

 という誘いに乗ったのだ。


 遺跡の中は相変わらず暗く、だだっ広く、ぐにゃぐにゃした壁、急に伸びている円柱など、不思議な構造をしていた。

「遺跡の調査が遅々と進まない理由、その1!」

 トトトポヤが大きな明るい声を上げた。

「ここの壁ってさ、光を吸ちゃうみたいなんだよね。だから松明とか持ってても明るくならないから、よく見落としがあるんだよ」

 見落としとか、これは調査できるような環境じゃない。

 押しつぶされそうな闇の中、スマホも腕時計もない状況で、たぶん数日過ぎ、精神が病む。


「その2!」

 元気づける様に彼女は続けた。

「アホみたいに広いし、変な構造!」

「まぁ、確かにね」

「今踏んでるこの地面の下に、たぶん部屋が沢山あるんだと思う」

 司は真っ黒の地面を見た。

「そ! 下に沢山の部屋がある。ほんで、上に沢山の部屋がある。上下で同じような構成になってるんだと思う。だから動線が掴み切れずに迷っちゃうんだよね」

 司は上を見るが、ただ暗いだけだ。

 彼女たちはどうやって上を調べたんだ?


 まるで地獄の底をさ迷っているかのように突き進み続け、急に何もない広間に出た。

「ここは遺跡の中心部。端から端を調べて、その真ん中」


 トトトポヤは真ん中に行くと、這いつくばり地面に目を凝らし始めた。


「ここに、扉がある」

「え?」

 どう見ても、ただの黒い地面だ。


「たぶんリングじゃなきゃ見逃しちゃう。さっきも沢山の扉を踏んでやってきたんだよ。その扉はさ、みんなおんなじ大きさなんだ。だけどさ、ここだけ、すっごく大きいの」


「何か起きるなら、ここってわけだ」

「さすが伯爵さま、よくわかってらっしゃる」


 予測だが、地面がスライドして開く扉だってことで脇に逸れてしばらく野営の準備を始める。

「ほんと、君には驚くよ。神出鬼没ってのは君のためにある言葉だ」

「こっちはちゃんと走ってます。伯爵さまみたいにぴゅーんと飛んだりできないから大変なんですよ」

 そう言いながら小さなリュートを取り出して、調子っぱずれな明るい曲を歌い始めた。


 そんな風にのんびりと時間を過ごしていると、急に周囲に光の線が走った。

「伯爵さま」

「うん」

 立ち上がり、周囲を見渡す。

 壁の中を走る光の線は、まるで鼓動し始めたかのように点滅している。

「伯爵さま! こんなに光ってんの初めて!」


 周囲が、ゆっくりと明るくなっていく。

 空から何かが落ち、もしくは浮かび上がった。

 それは円盤。

その円盤は、動く歩道のように動き始めた。


「そうか、この遺跡の人は、あの円盤に乗って自由に行き来してるんだ」

 トトトポヤの目が輝き始める。

 その横に、まん丸の鉄の玉が浮かんできた。

「っと!」

 彼女を持ち上げ、身をかわす。


 鉄のまん丸は、弾丸のようにトトトポヤの横を通り過ぎた。


 周囲に同じような鉄の玉が浮かび上がってくる。

 数十、

 数百はある。

 その数百の玉は、有無を言わさず襲い掛かってきた。

「伯爵さま! おろして! 大丈夫だから!」

「いや、これはダメだ!」

 司でさえ線にしか見えないほどのスピード。

 リングの身体能力だろうと、これは見極めることができないはずだ。


「っらっ!」

 鉄の玉を切ってやろうと剣を振るう。


 ギィィィィィィン


 思いもよらない衝撃が手に伝わってきた。

 魔王でさえ切り刻んだ司の剣が、跳ね返されたのだ。


「いいから! 降ろして! 大丈夫! 大丈夫だから!」

「冗談じゃない!」


 全力モードになり、トトトポヤが鉄の玉に反応できないことが明確になった。

 瞬き、筋肉の動き、反応は司から見ればコマ送りにしか見えない。

 それに比べ周囲の鉄の玉は、光の線なのだ。


「クソったれ!」

 片手で振るわれる剣では、その反動で自分の体を動かし避けることしかできない。


 心の中でロラに感謝した。

 学園でのロラの一撃は、普段持ち歩いている普通の剣を歪ませてしまった。

新しい剣を用意するのも面倒だったので、ドワーフ製の最強の剣を持ち歩いていたのだ。

 その剣じゃなければ、とっくに剣はへし折れていただろう。


「ダメ! いいから! 私を置いて逃げなさい!」

「それができれば英雄なんてやってないんだよ!」


 何とか逃走経路はないか、考えながら飛び交う鉄の玉を受け止め続ける。


 そんなことを長く続けていると、急に鉄の玉は動きを止めた。


「えっと、何かしたんですか伯爵さま?」

「いや、ただ、動きが止まっただけだ」

「伯爵さま! あれ! あれ見て!」


 目の前の大きな扉がスライドしながら開き始めたのだ。


「は、ははっはは、冗談だろ」


 司は思わず笑ってしまった。






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