第48話 秘密結社
それはまだ、魔法学園の開校の日付が決まったばかりぐらいの頃。
ホットシータウンの商人ギルドの長となったログエルは、モリオウ伯爵の城に集められた面々を前に、誰にでも横柄な態度を取る悪癖も鳴りを潜めた。
ユリウス公爵。
このマリグ帝国の第一皇子で、皇帝となられるはずだった人物だ。
激動の時代、自分は平時の王であると弟のユリオスに王位を譲り、帝国の繁栄のために尽力している。
見るからに厳格な男で、物静かで鋭い目つきで座る姿は今なお皇帝としての威厳を失ってはいない。
アリア公爵。
このマリグ帝国の第二皇子で、ユリウスと皇帝の座を巡り争っていた人物だ。
幼い頃から身分を利用され続け、政治嫌いになってしまったという噂だ。
ユリオスを王としようとした時、身内を裏切りユリオス派に鞍替えして手を叩いて笑ったという話は有名だ。
細身で整った洒落たヒゲが印象的な優男といった姿だ。
聖女クリスティーナ。
マリグ帝国で最も信仰されている“聖なる導き手”教の中で、若くして特別な力に目覚め“聖なる導き手”の代弁者として聖人、聖女という特別な地位にある人物。その権力は最も高い地位“語りべ”と双肩する。
背の低いが、そのピンと伸びた背に心の底まで見通す眼光はユリウス公爵に負けぬほどの威厳を示していた。
精霊騎士団、団長ジョブ・ロイズ。
このモリオウ領に駐屯している騎士団の団長。さすがにこの面々を前にしては一歩引くが、貴族が集まるペガサス騎士団、前線で戦うドラゴン騎士団どちらにも所属せず、自由に行動する騎士団。
だらしなく太った体に、酒を飲み酔っぱらっているが、どこか隙がない。山賊の長というような、恐ろしさがあった。
グィン・ナラール伯爵。
隣のナラール領の領主だが、今は息子に権限を譲り今は行方が不明だったはず。かつては総騎士団長の地位まで上り詰めた人格者で、未だに騎士たちは誰を目標にしているのかと聞かれれば、グィン・ナラールと答えるほどの人格者。
老いてなおがっちりとした肉体に、品の良さがある。今までどうしていたのか、今は日に焼け、穏やかな笑みは日々たのしんでいることが見て取れた。
そして、ユリナ・モリオウ。
この場には相応しくないはずの女、だが最もふさわしい人物。つい最近二十歳になったばかりの小娘は、このモリオウ領の支配者だ。英雄ツカサは、彼女の前では飼いならされた猫と同じ。
決して目を見張るほど美しいというわけではないが、その知性的なたたずまいは、綺麗なだけの猿とは違う。人間の女であるという美しさが備わっていた。
そろうはずのない6人が、長テーブルを囲って談笑していた。
ログエルは、正直呼吸をするのでさえ苦しい気分だった。
遅れてこの城の主、ツカサが入ってきた時は安堵した気分になった。
「人類は、滅亡する!」
入って来て早々の宣言に、集まった者たちはきょとんとした。
その様子を見て、ツカサは少し不満そうだった。
彼は持ってきた資料を各々に渡す。
三角に、目が書かれた表紙を開くと、魔法学園で研究されている魔法について書かれていた。
ログエルは金になるかもしれない、そう思い目を通していくが・・・
「なんだこりゃ、本気で言ってるのか?」
思わず声に出てしまう。
不老不死の研究。巨大ゴーレムの研究。空を飛ぶ絨毯の研究。相手を瞬時に殺す研究などなど、どれもこれも子供の落書きのようなことが書かれていた。
「確か、お前は水が欲しいから魔法の研究をしていると言ったが、世界でも滅ぼしたいのか?」
「誤解です」
ユリウスの追及に、聞きなれたセリフが出てきて危うく吹きそうになるログエル。
「今でも水を得る研究はしてもらっています。農業や、数学、建築、歴史に語学、今は手当たり次第に支援している状況で、それらの話が出てきたんです」
「で? これらは実現できそうなのかい?」
クリスティーナの質問に、ツカサは頷いた。
「思った通りの形になるかはわかりませんが、ある程度はできるんじゃないですかね」
「なんだい、男らしくない言い方だね! はっきり言いな!」
クリスティーナに怒鳴られ、ツカサは素直に応じる。
「体は不老不死でも、知性を失ってしまえば意味がないと思いませんか? もしそれを大量に生産すれば、無敵の軍隊ができます」
「素晴らしいではないか」
「それが制御できたなら。例えば、アリア様。あなたのご友人が、この不老不死になってしまわれたどう思います?」
アリアは顔をしかめる。
「例えばこのゴーレム、何千体と用意すれば恐ろしい兵器になる。我々が扱うならばいいが、もし敵が使ってきたらどうでしょう?」
「旅をしてわかったが、魔法を禁じているのは帝国ぐらいなものだ。他の国は平然と魔法を使っている」
グィン・ナラールは忠告する。
「それ飛ぶ絨毯があれば物資運びが楽になります」
「それだけじゃねぇな、城壁が無意味になるだろうよ。岩を落として城ごとぺしゃんこ、ってのもいいな」
ジョブ・ロイズは面白そうに言って来た。
「問題なのは、ほんの数か月でこの研究が上がってきたことです」
魔法学園の理事長のユリナが言って来た。
「専門機関が何年、何十年、何百年かけてたどり着いた知識ではないのです。学問に力を入れた途端、これほどのものができたのです」
ログエルに、冷たいものが走った。
書類には、考え方次第で大儲けできる知識が詰まっていたが、それは同時に世界が吹っ飛びかねない知識ばかりだ。
「国が、帝国が吹っ飛ぶぐらいなら笑い話で済みます」
ツカサは、この恐ろし気なことを平然と口にした。
「しかし残念ながら、この力を悪用すれば、下手をすれば人類が滅亡しかねないのです」
ログエルは、馬鹿な人間をたくさん見てきた。
いや、人間は例外なく馬鹿なのだ。
その馬鹿な連中にこんな知識を与えでもしたら・・・本当に人類は滅ぶ。
「魔法学園なんてものを作るべきじゃなかったんだ」
ログエルは無意識のうちに声に出していた。
それを反対したのは、ユリウスであった。
「いや、知れたからこそ対処ができる。これは我々帝国だけの問題ではない。人類の問題だ。この世界は、容易く我々を殺そうとしている」
ログエルは口を閉ざす。
あまりにも壮大な話すぎて、とてもついて行けない。
なぜ自分がこんな場所にいるのか、今まで軽視していたことに対しての仕返しなのか?
「ユリウス、対処なんてできるのか?」
ユリウスは目を丸くして、話しかけてきたアリアに向き直った。
「我々はどこまで行っても足の引っ張り合いだ。協力なんて無駄、みんな死んで滅ぶとしても協力なんてあり得ない」
「ああ、そうだな、ああ」
ユリウスは本当に驚いたように言葉を返す。
「まさかお前から、そんな話を聞けるとは思ってもみなかったよ、アリア」
アリアは上品に笑う。
「自分でもそう思うよ、兄さん。だが・・・私が心から憎む連中に対して復讐するには、これが一番いいことをツカサが教えてくれてね」
ユリウスは少し怒ったような表情をツカサに向けた。
「心清い弟を悪の道へと引きずり込まないで貰いたいな」
「綺麗なものは汚したくなるものでしょ?」
ログエルは震える。
皇帝になるかもしれなかった二人に対して、まるで対等のような話しぶり。
彼を嘲笑い、胸ぐらを掴んで怒鳴りつけたりしていたのだ。
「男同士で乳繰り合うのもいいけどね、こっちも時間がないんだよ。対処法について話してもらわないと困るね」
聖女らしからぬ口の悪さで話を戻させた。
それもまた、ログエルを驚かせ、震わせた。
「ジョブ、君はだんまりを突き通すつもりかい?」
「はっ、俺が何ができる? え? ご命令に従いますぜ」
この酔っ払いに心から同意する。
「意地悪な言い方だね。だけど、実際にその通りだ。ジョブがどれだけ危険を知らせたところで、ユリウス様やアリア様の耳には届かない」
当然だ。
地位が上がれば上がるほどにしがらみがあり、そのしがらみ故に動けない・・・
「ああ、だからか」
「そういうこと、ログエルさん」
何でもない呟きに、ツカサは聞き逃さなかった。
「間に人が入らず、忠告ができる」
「相談事もできます」
ツカサは書類の一番上に書かれたイラストを見せた。
「秘密結社フリーメイソン」
何故か得意げにツカサはそういった。
「人類滅亡をいかにして回避するか、危機が迫っているか、その意見交換をしたいと思ってます。いざことが起きた時、自分は何ができるか、なにができないか、なにをして欲しいか、なにをして欲しくないか。協力し合いたい」
どうかな?
呆れるほど馬鹿げた集まりだ。
だが、このメンツなら話が変わってくる。
「誰かが考えなきゃいかん。それが、俺たちだってのか?」
ログエルは絞り出すように言った。
馬鹿馬鹿しい。
こんなことは偉い連中が考えればいいのであって、自分のような木っ端商人が考えるようなことじゃない。
そう思っていた。
「そんな小難しい話じゃないですよ。相談したいことがあったら、このフリーメイソンのマークの元で協力し合いましょうってこと」
「なんなんだいこの変なマークは」
「秘密結社と言えばこのマーク、フリーメイソンなんですよ!」
その誰かに選ばれたのだ。
ログエルは、案外と悪い気がしなかった。




