第4話 黒騎士ゴイル
連れ帰った魔族の子供を見て、ユリナは侮蔑の視線を隠そうとしなかった。
この世界、というかこの国の人間は魔族に対し畜生以下の生き物だとしか思っていない。現代日本で生まれた司からすると、妻がそのような視線を送るのは心苦しい。
「それをどうするつもりなのかしら? ペットとして飼うのも反対ですわよ」
司は挑むようにユリナに目を向ける。
「この娘を見て、僕は魔王を思い出した」
「魔王?」
黒い肌、癖のある髪、幼いが立派なとぐろを巻いた角。4、5歳ぐらいの子供に見えるが、その肉体は魔族らしくしっかりとした肉付き。人間と違い男も女も同じように筋肉が発達するので、男か女か見分けがつきにくいことが難点だ。
「まさか、魔王の子、なのですか?」
「どうかな? はっきり聞いたわけじゃないが、僕は確信している」
当然だが、今まで何度も魔族と殺し合った。魔族に対し、差別とは違った憎しみを彼らには抱いている。何の罪もない人々を無残に殺し、親友を殺した。怒りに任せ魔族の女子供も容赦なく殺したこともある。
もう現代に戻れない。心はすでに壊れてしまっている。あまりにも魔族という、人を殺しすぎた。間違いなくサイコパスでありシリアルキラーなのだ。
変貌してしまった魂に深く刻まれた心の傷がある。
それが魔王グランドールとの闘いだ。
恐ろしかった。
殺されるのが恐ろしかったわけじゃない。手足がもがれ拷問を受けるかもしれないことが恐ろしかったわけじゃない。
ただ、魔王グランドールに対し剣を向けることが恐ろしかった。
「あなた?」
声を掛けられ、司は思いっきり息を吐く。
全身の汗をぬぐい、思わず傍らに置いていた剣の握りを触った。
ユリナは何かを感じたのだろう、すぐにこちらに近づいてきて頭を抱き優しく撫でた。
「それほどの魔族だったのですね」
「僕は魔王グランドールを侮辱する者は殺す。ユリオスであろうと、必ず殺す。それほど偉大な男だったんだ」
魔王の名にふさわしいクズだ。残忍で邪悪、何の理想も希望も持ち合わせておらず、人類も魔族も未来はなかっただろう。
まさに悪魔、暴君でありながら、偉大なる王であった。
「あなたが、こんなことになる何かを、この魔族はもっているの?」
「どうな、かな。とにかくこの娘を起こして話を聞けば・・・」
不意に寝室が赤く染まった。
大きな城だが利用している部屋が一室だけというのはこういう時に楽でいい。司は立ち直り、壁に吊るされていたラッパ状の筒を手に取った。
「侵入者だ。使用人は自室に戻りいいというまで出てくるな。この場合死んでも知らんぞ。それから侵入者に告ぐ、お前たちはすでに石化の魔法がかかっている。一日かけてゆっくり全身が石になる呪いだ。血流が止まり、臓器が変化していく。地獄の苦しみの後、石化が完了するまでに死ぬ。助かりたいなら、もしくは要件があるのなら城の門の前に集まれ。死ぬ前に臨みを叶えてやらんこともないぞ」
剣を差し、未だに意識のない魔族の娘を持ち上げる。
そしてユリナに手を差し伸べた。
「僕の近くが一番安全だから、ついてきてくれる?」
「ええ、もちろんよ」
二人は手を取り合い、外へと向かった。
外に出ると、痛みに震える魔族の一団が並んでいた。
その中心に立ち、呪いも払ったのだろう屈強な男が槍を持ち立っていた。その姿に見覚えがある。
「黒騎士ゴイル、なのか?」
「久しいな、ツカサ」
魔王直属の戦士集団をまとめていた、最強は魔王グランドールとして、魔王軍第二位の実力者だ。
当時は黒いフル甲冑を着ていたはずだが、今は一般的な魔族らしいボロ布だけを身にまとっている。
「いよいよ、こちらのお嬢さんがグランドールの娘である可能性が出てきたな」
抱えていた魔族の少女ゴイルの前に投げ捨てた。その乱雑な行動に、ゴイルは言葉通り怒りで血管が切れ血を噴き出し始めた。
「で? 魔族のお前らがなんでここにいる?」
「ここは魔族の地だ」
「だから?」
「・・・」
ゴイルと司は同時に武器を構えた。
「大陸から追い出されたか?」
「隠すこともない。その通りだ。姫を匿いこの地へ来たが、誘拐された」
「おいおい」
同時にぶつかり合うとともに、大気が震えた。魔族の肉体は人間では決して到達できない力と再生能力、そして魔力の強さにある。闘争本能も尋常じゃないほどで、常に同族で殺しあっている。その中でもゴイルは間違いなく最強の戦士だ。
「返す言葉もない! 誘拐など、我らにはない文化だ! 貴様らゴブリンらしい卑怯な手段だ!」
「返す言葉もないよ!」
魔族は自分たちのことを人間、そして人間のことをゴブリンと言っている。現代に生きていた頃を思い出すと、確かに人間もゴブリンも似たようなものだ。
「魔王の娘を連れてどうするつもりだ!? 再び魔王を世に放つつもりか!」
「下らん!」
魔族の基本戦闘スタイルはただ殴りつけるだけ。だが、ゴイルは人間の技を使う。人間の武器を使い、人間の鎧を着る。彼の手により、二人の異世界転生人が殺された。
司は異世界転生チート能力を使いすべて受け流し、蹴飛ばしゴイルは地面を転がった。
「はぁ! はぁ! 相変わらず、なんという強さだ!」
ゴイルがまるで子供のようにあしらわれていることに、石化中の魔族たちは驚き動揺が隠せないようだ。
司はこれ以上戦っても意味がないと、剣で地面に転がっている娘の喉に剣を突きつけた。
「貴様!」
「お前に恨みはない。お前に殺された島津さんもアッくんも、遅かれ早かれ死んでいた。優しすぎたんだ」
2人は魔族も殺さず、気絶や行動不能にとどめておくように戦っていた。魔族の再生能力の前に、彼らは追い詰められ衰弱したところゴイルによって仕留められた。
「どう思う? 島津さんやアッくんのように、僕もこの子を殺さないと思う?」
ゴイルは牙を噛みしめすぎ歯茎から血が噴き出ている。
「しかし、場合によってはあなた方の味方になれるかもしれませんわ」
先ほどまで後ろで見ていたユリナが前へと出てきて、司の剣を持つ手に手を合わせた。
「この地は確かにあなた方のものだった。魔族の集落があちらこちらで見つかっているわ。普通なら皆殺しにするところだけど、わたくしたちも余裕はないのよ」
凛とした妻の姿に、司は感動で打ち震えた。
できる事なら今ここで荒々しいキスをして抱きかかえベッドに向かいたいぐらいだ。彼女は差別心よりも実利を取ったのだ!
「旦那様・・・ツカサ!」
「あ、ああ。うん。そうだな」
剣を収め、意識のない娘を持ち上げる。
「魔族であることを止め、僕に従うのならば許そう。魔王グランドールのように忠誠を誓え」
「きっきさっ!」
あまりに怒り過ぎてもう頭から出た血で全身血まみれだ。
だが、それが一番重要なことだ。
「知っているだろ、魔族はこの国では全力で差別されている。そのうえ貴様らに侵略されかけていたんだ。そんなお前らを擁護する危険性が分かっているのか? 最低限、これだけは飲んでもう。ゴイル、今ここで僕を魔王グランドールのように忠誠を誓うか、もしくはこの娘もろとも皆殺しか。選べ」
怒りに震えるゴイル。
その横を通り、跪き忠誠を誓ったのは石化中の魔族たちだった。
「魔王グランドールを倒し勇者ツカサ。我々は強きものに仕える」
「もとより魔族のプライドなど持ち合わせてはいない。だが、そちらにおられる女王は今ここで首を落とされる運命にあらず」
「だ、そうだぞ黒騎士」
未だに血まみれのゴイルは、前に出るど荒々しく膝をついた。
「我が命など惜しくもない。魔王グランドールの忠誠も全うしたと思っている。だが、やはりお前には忠誠は誓えない」
「この娘か?」
「そうだ」
司もわかる気がした。
始めた見た瞬間、あのグランドールを思わせる恐怖がこの娘からも感じたのだから。
「ならばこの娘のために、僕に従ってもらう。それでいいね」
「それでよろしければ」
頭を地面に擦り付けんばかりに深々と頭を下げた。
「このゴイル! 勇者ツカサに命を捧ぐ!」
深く頷き、ユリナに目を向ける。
彼女は神妙な面持ちで小さく頷いた。
土日は休みます。