第46話 続々々々白薔薇の国
暗闇の森の中、小さな背中を追いかけた。
ユリナの息が上がり始めた頃、木々の隙間から明かりが見えた。
光に誘われそちらに向かう。
そこには、森の中にあるとは思えない大きな町があった。
「なっ、こ、これはこれは、その、お二方、このような場所に・・・」
町の入り口に、ビカ国の王であるゼイダが立っていた。
彼は驚きのあまり呆然としており、そして気が付いたように剣を引き抜いた。
司はユリナの前に立つ。
「ツカサ殿、あなたには、その、友情の念を持ち合わせていますが、この町のことを知られるのは、困るのです」
司は、理解するように頷いた。
この町は、とんでもない秘密の町であることに気が付いたからだ。
周囲の木々から、そして町から次々と住民があられ取り囲む。
取り囲むは、ヒッピーのような派手な服を着た子供のような姿をした種族。
リングと呼ばれる、謎の種族だ。
町から町へと旅をする、手先が器用で足の速い種族。
子供のような見た目だが、年齢は不明。老人のような見た目をしたリングは存在しない。
あらゆる場所にいて、二週間から三週間ほどで旅に出る。
彼らはどのように増えるのか、人間と同じように男女つがいになり子供を産むのか、花や木々の妖精のように植物に依存しているのか、謎の種族だ。
だが、取り囲むリングの中には、赤ん坊を抱いている家族だろう男女の姿がった。
そうこの町は、リングの町で間違いない。
リングの秘密の町なのだ。
「王様、王様。二人を誘ったのはさ、あたし」
リングの中から、見知ったリングが出てきた。
「やぁ、トトトポヤ」
「あなた、知っているの?」
「うん。ほら、僕の領地に謎の地下遺跡があるだろ? 鉄のような何かでできた遺跡。そこの案内人が彼女なんだ」
「やぁ、伯爵さま。それに初めまして、伯爵夫人さま」
トトトポヤは小さな体で、大きく礼をした。
ゼイダは安堵したように剣を収める。
そしてトトトポヤは司の前に行くと、彼らの種族の由来となっている指輪のような輪っかのネックレスを取ると、それを司に差し出した。
その輪っかに見覚えがあった。
祭りの時に、気が付かないうちに懐に入っていたリングによく似ている。
「あら、わたくしの懐に沢山あったリングですわね」
「ああ、ユリナも?」
「これはあなたが好きですってしるし。受け取って」
ユリナが譲り、司がそのリングを受け取った。
すると周囲から拍手が上がった。ゼイダも微笑みながら拍手をしている。
「来て、あたしたちの神様を紹介するよ」
彼女に連れられ街の中に入る。
司とユリナの周りには、リングたちが本当に子供のように集まってきた。
ゼイダも申し訳なさそうに隣に並んだ。
「剣を抜いてしまい、本当にすまない」
司は問題ないというように握手をする。
「この状況、正直失神しそうですよ。こんな秘密を守らなければいけない立場なら、剣も抜きますよ」
「理解してもらい感謝する」
町というのは、それ単体では運営できない。
ビカ国は密かにこの、リングの町を支援しているに違いない。
この化け物じみた文化力は妖精たちが集まる場所だからではなく、きっとこのリングの町に秘密が・・・
「おおぅ」
「はぁ・・・」
司とユリナは、ビカ国に来てから何度目かの驚きに呻いた。
美しい街だ。
嫌味なほど街灯が並んでいる。電機はない、油も安価では入手できない現状でこれほど明るい街は、始めて見た。ただでさえ明るいのに、光るベルを持ったフェアリーが「お仕事です!」というように飛んでいるので、夜の闇は空に追いやられている。
黄色いレンガの道は、複雑な文様になっている。これが魔法の護符と同じ力を示していることに気が付いた。予測だが何の力もないが、魔力が備わっているおかげでレンガの劣化を抑えているのだろう。
面白いのが建物だ。とにかく変な家が多い。大きなタルを二つ合わせたような家や、円柱形の柱のような家、丸やら三角やら四角がくっついたような家など、一つとして同じ家はなかった。
「家に布が掛けられていますわね。まるで祭りがあったあの町のようだわ」
「国民にも秘密にしているのですがね、情報がどこからか漏れるようでしてな。祭りになると自然と布を飾る習慣がありましてね」
ユリナのつぶやきに、ゼイダが答える。
すると周りのリングたちは子供が自慢するようにどんどん話しかけてきた。
「人払いの魔法がかかってるはずなんだけどさ、子供が時々迷い込んだりするんだよ!」
「ぶら下げてる布はさ、風よけや雨よけ、虫よけや日差し避けの魔法がかかってるんだよ!」
「見て見て! あの家ボクが作った家なんだ!」
不思議な感覚だ。
リングは自分のことに関しては決して口にしない。それなのに、今は聞いてもいないことをどんどん話してくる。
「ついたよ、これが、輪の神様」
町の中心部、まん丸の巨石が沢山置いてあった。
「神様だけど神様じゃないだよ」
「説明してもわかってもらえないから、とりあえず神様って言ってるんだ」
トトトポヤは司の手を握ると、石へと導いた。
「まん丸。右から見ても左から見てもまん丸。上から見ても下から見ても、不意に見てもじっと見ててもまん丸。それがまん丸の神様」
「うん」
宗教にも色々ある。
神様を祭るもの。
まん丸の神様のように理念や思想を宗教と呼ぶこともある。
「あたしたちや人間、エルフやドワーフ、魔族や獣人。この世界には沢山の人がいる。まん丸にはならない。だから、まん丸になるになるにはどうすればいいか、あたしたちは考えてるの」
どうすればいい?
トトトポヤが見上げてきた。
「まん丸だよ。僕も探している。君たちが旅をするように、僕もいろんなことに手を出してる。失敗することもあるし、成功することもある。答えなんてない。だからと言って答えを探さないなんて選択肢はない」
「うん、まん丸」
彼女は司の手を握って嬉しそうに左右に振った。
「あたしたちは世界中を旅してる。世界中の情勢を知ってる。世界中の文化を知ってる。世界中の技術を知ってる。エルフの森も、ドワーフの洞窟も、魔族の島も、あなたの秘密も知ってる」
トトトポヤは指を三角にした。
そして、目に当てた。
司は動揺して顔を引きつらせる。
「リングの町にはあらゆる種族の秘密が沢山ある。だからあたしたちは隠してる。その秘密の一つになって?」
さすがにすぐに返答ができなかった。
冗談抜きで、ヤバい秘密だった。
「君は、その、あの、どうして、いや、どうするか、えっと、その・・・」
「まん丸」
「・・・」
頭を押さえて唸る。
選択肢はない。
信頼の証にトップシークレットを教えてくれた。
これでノーと断れば、秘密に比例した報復が待っている。
「気に入らないな」
「そう?」
「みんなが僕を嫌う理由が、今はじめてわかったよ。自分で選択肢を選べないってのは、本当に不愉快だ」
トトトポヤの愛らしい笑みに、降伏を示すほかになかった。




