第45話 続々々白薔薇の国
日が沈み女性が外に出る行為には、意味があった。
山奥にある村は日が沈めば危険な動物が歩き回り、妖精たちに惑わされ、外部からの往来が多い村で人さらいの不安もある。
そんな危険な中、若い娘が抜け出すということは、若い男と落ち合うという意味がある。
セェラは夜に訪ねていらっしゃったツカサに少し動揺した。
夫婦でいらっしゃったので少し安堵し部屋に招き入れたのだが、突然ツカサ様は腰に手を回して抱き寄せていた。
「は、はわわ!」
ツカサ様はユリナ様も抱き寄せた。
そして、バルコニーから空を飛んで眼下の町へと向かった。
用意していたフードを着て、近くにある森へと足を踏み入れた。
祭りの後、そこかしこから若い男女の声が聞こえてくる。
セェラは顔を赤くしながら錯乱する。
「はわわわ、どういう状況なの!? ツカサ様とユリナ様のお二方が理想的な夫婦だということは誰でも知っていること! へ、へんなことは起きないと思うんだけど、も、もしかして3人で!? 3人でというお誘いなのかしら!?」
不安になりユリナ様の腕に触れると、彼女は心配ないというように微笑みを浮かべてくれた。
だが、その笑みがセェラを更に不安にさせるのだった。
森の奥、闇は深まっていく。
セェラは違う意味で恐怖を感じ始めていた。
闇の中に、ほんのりと明かりが見えた。
そこには20人ほどん村人が集まっており、その中央に痩せた男が熱弁を振るっていた。
「救いの手が降臨なされたのだ! 神が、この地に、救い手を遣わせたのだ!」
貧相な男だ。
痩せ細り、白い肌をしており、惨めなほどボロボロの衣類をまとっていた。かがり火で映し出されたその姿は、まるで動く死人のようだ。
20人近くの村人が集まっている。
祭りの後だというのに、彼らは素面で静かに聞き入っているようだ。
「私は見た! 私は触れた! そして私をこの地へと遣わせたのだ! 私もお前たちと同じだ! 疑い! 耳を貸さず! せせら笑っていた! だがその御心に触れ、誤りであったことを知った! 導き手はおっさられた!」
男は、その導き手と呼んでいる者の逸話を話し始めた。
セェラはすぐにそれが、“聖なる導き手”教の教えであることに気が付いた。
彼女たちを導いたツカサは、近づきそっと囁いた。
「宗教に詳しい僕の友人はこう言っていたよ。突飛な教えは人々の心には響かない。むしろ、よく知っている教えである方がいい」
「ツカサ様。・・・つまり」
ビカ国に広まっているという、怪しい宗教があった。
まだ大きな事件は起きてない。せいぜい家畜が盗まれた、小火が頻繁に起きている、商人とも思えないガラの悪い人物が町をよく徘徊している、その程度の話だった。
だが、セェラは嫌な感じがした。
すごく、嫌な感じがした。
「“真なる導き手”教。去った導き手が再び地上に現れ、人々を再び導いてくれるそうだよ」
セェラは男の話を聞きながら、だんだん腹が立ってきた。
この国にはあまり“聖なる導き手”教は広まっていない。だが、その教えの尊さは理解している。
心から愛していた人を裏切ってしまった。
もう二度と裏切らないように、愛してくれたことは間違いじゃなかったということを示すために、深く自分を律する教えだ。
それを、この男は・・・
「導き手は神により選ばれた! 取り戻さねばならぬ! 自由を! 権利を! 富を! 戦うのだ! この手に正義を、希望を得るのだ! 導き手のお言葉を信じるのだ! 成すべきことをするのだ!」
ユリナは小さく頷いた。
「破壊活動への誘導ね。シンプル、だからいい。一生懸命、馬鹿っぽ行動が一番、民衆に届きやすいわ」
ツカサは微笑む。
「馬鹿っぽいんじゃない。彼は正真正銘、馬鹿なんだ。彼は本気なんだ。自分は正義のミカタで、悪の僕たちに対して何をしても許されると本気で思ってるんだ」
「寒気がするほどの邪悪ね」
英雄ツカサは、この邪悪を調べにビカ国にやってきたのだとセェラは気が付いた。
思えば社交界で色々と聞いてきたのは、きっとこの“真なる導き手”教と戦うために違いない。
許せない。
無垢な民を、こんな詐欺師にかどわかされるのを黙って見ていられない!
「騙されたら駄目!」
セェラは、気が付くと声を上げていた。
「この男が言っていることは“聖なる導き手”教の教えを真似ているだけ! あなたたちを犯罪者に仕立てようとした言葉でしかありません!」
集まっていた人たちはざわめく。
だが、ゾンビのような男は火に照らされながら余裕の笑みを浮かべる。
「真似ではない。愚かな娘よ。真似ているのは“聖なる導き手”教の方だ。導き手の言葉を、さも自分の言葉のように口にし、人心を惑わし、略奪し、居座っているのだ。そのこともわからず・・・」
男は周囲の言葉の中に、姫様だ、セェラちゃんがどうしてこんなところに、そのような言葉が聞こえ、声を上げた女に目を向ける。
怪しいローブ姿、音もであろう後ろに仕えている二人は頭を抱えている。
「我が信徒たちよ! そのものを捕らえろ!」
男は指さし叫んだ。
周囲は戸惑いながら、セェラの周囲を取り囲む。セェラは必ず声は届くと信じ、彼らを説得しようと声を上げるが、輪がゆっくりと狭まっていく。
正義を信じていた声が、少しずつ、少しずつ、悲痛なものに変わっていく中で、男は舌なめずりする。
王には一人娘しかいない。その娘を惨たらしく殺し晒せば国は混乱する。その前に、泣き叫ぶ姫を凌辱するのもいいだろう。
「そこまでだ!」
一人の少年が輪の中から出てきた。
まだ若い、少年から青年へと変わろうとする年。手には護身用にしては小さなナイフが握られていた。
「お逃げください!」
男は笑った。
正義感を見せ犠牲になろうとする者が、とても嫌いだったからだ。この者を殺し、その死体の前で姫を犯してやろう。
それは最高に・・・
「これはダメだべ」
一人が声を上げた。
「だなぁ、うちらのおひぃさんに手ぇ出そうってんだったら、ダメだべなぁ」
「んだ。話ぃもなげぇくせに“聖なる導き手”教と同じってぇのもなぁ。新鮮味ぃがなってぇか、もうひと捻り欲しいところだでぇ」
「んだんだ。ああ、坊主、大丈夫だ。この国は物だけじゃねぇ、思想や文化もよく行き来すっかんなぁ、おれらは見張っとっただけだかんよぉ。こういうのは慣れとるでなぁ」
男の頭はすぐに切り替わった。
この場からすぐに逃げなければならない。つい今まで湧き上がっていた欲望は消え去り、逃げ出すために振り返る。
そこに、フードの男が立っていた。
「なんなんだ、この民度の高さは。感心を通り越して恐怖だわ・・・」
奥の手は一つや二つじゃない。
魔族が扱う邪悪なる力、魔法。だが導き手は正しきことを行えとお許しになられ、聖なる力、聖力と名付けた。
「死ね」
炎の手でフードの男の首を掴んだ。
喉が焼け、首がボロリと落ちるはずだった。
「え? 魔法使うの? それ、困る」
焼けないどころか、そのフードの男は平然と話しかけてきた。
腕を掴まれ、その握力の強さに
「ただでさえ白い目で見られてるのに、カルト教団が使ってるなんて広まったら好感度が下がっちゃうだろ」
不意に全身が針を刺されたかのような痛みが走り出した。
「あっ、がっ、ぎぃぃぃい!?」
「ん? ああ、呪いだね。口封じって奴だ」
あまりの痛みに、激しくのたうち回る。
「このタイプは一度死ぬのが一番手っ取り早いんだ。大丈夫、死んでもすぐに蘇生してあげるよ。痛いだけ損だね」
体を弓のように反らせながら、血の泡を吹き意識が途絶えた。
※※※
司は意識を失いながらも未だ命が尽きない哀れな男を見下ろしながら、改めて混乱している状況を整理した。
・カルト教団“真の導き手”教の調査をしなければいけない。
・白薔薇セェラに集まる貴族から情報を聞き出そうと思っていたら、セェラが“真の導き手”教団に狙われていたことが分かった。
・調査ついでに奥さんを連れ出し、社会勉強ってことでセェラも連れ出してみた。
・わっ! 急にセェラが声を上げたよ!
・アルバート!? 御者のアルバートがなんでここに!?
・え!? セェラ、アルバートに見せたことのない、メスの表情を浮かべてるぞ!? え、無理無理、いくら何でもお姫様と御者じゃ、僕でも応援しきれないよ!?
・え、なにこの高い民度。・・・ちょっと引く。
・あ、怪しい男が逃げ出そうとしている。逃がすわけないだろ?
New! あの教団、魔法を平然と使っている。魔法学校を開校した身としては、魔法のイメージダウンは避けたいんだよなぁ。 (←いまここ)
さてどうしてくれようかと考えていると、妻がこちらにやってきた。
どうしたのだろうと顔を向けると、草むらの中を何かが走っていた。
その姿を見て、司は一瞬呆然とする。
「あなた」
「・・・なんで彼女がこんなところにいるんだ?」
「知ってるの?」
「まぁ、知人ではあるね」
一瞬こちらに振り返り、再び草むらの中に消えて行く。
追ってこい、そう言っているようだ。
司は妻の手を握り、その背を追った。




