第39話 紙村豊子
紙村豊子の目は泳いでいた。
「え、えぇっと・・・そのぉ・・・あははは、はぁ」
その彼女に、世界を救った英雄たちが顔を近づける。
彼女は縮こまってしまう。
「うっそ、東京の人ぉ? すっごーい! わたしぃ、青森なんだよねぇ。やっぱ都会の人ってぇ、それだけで輝いて見えるっていうか~」
「その口調やめろ、坂本。気持ちの悪い」
「・・・そ、その、リュミ、以外にも、ゲーム、やったことある?」
そりゃそうだろうと、司は苦笑する。
坂本。体はエルフ乙女、心は触手系凌辱を至高と思う男子高生。
中田。体はリザードマン、心は姉二人に弄ばれ年上が苦手になった男子高生。
緑川。オタクで異世界転生を最も喜んでいたはずなのに、残酷な日々に心を病み、もう何年も引き籠りになってしまった元女子高生。
そしてオッサン。
そんな連中に学園の端にある小屋に押し込まれて質問攻め、普通の女子高生はこんなものだろう。
「えっと、ごめんね紙村豊子さん。とても大切なことなんだ。その、やっぱり、ゲームの世界とは違うって感じですか?」
司は一生懸命英雄スマイルを続けて訊ねた。
彼女は壊れたおもちゃのように頷いた。
「え、エルフとか、トカゲさんとか、いるような世界観じゃなかった、かな?」
「でも魔法の世界なんだよね?」
「そ、そうだけど・・・2もやったけど、出てこなかったし・・・」
「2やったんだ。3は? 確か3も出るんだよね? いや、出たのかな。僕たちが死ぬ時には3が発表されていたとか?」
何故かやたらと悪意を向けてくる緑川に顔を向ける。
彼女は一瞬殺意を向けてきたが、小さく頷く。
「え? あたしが病気で倒れた時だから、まだ出てないですよ」
きょとんとする彼女に、あれっと首を傾げる司。
坂本エルフはフーンと声を上げる。
「2020年、4月7日。午前中」
「えええっ!? それ、あたしが死んだ日だ! 大好きななろう系のアニメが始まって、一話が良かったから全部見るまで絶対に死ねないって毎日日付見てたからすっごく覚えてる!」
英雄たちは自然と顔を見合わせる。
「よぉよぉ、お嬢さん。そんなにビクビクしなさんなって、だってオレら、同級生だろ?」
「は?」
坂本は突然砕けた口調で紙村に言い寄った。
「丁度病気が蔓延してたよなぁ。だけどオレらってその病気とは何の関係もない病気で、入院して、この状況でベッド使ってんじゃねぇよ的な視線が痛かったもん!」
「そうだな。俺も親戚一同なんとも微妙な顔をされていたのを覚えている」
「・・・もしかして、その、そのアニメって、破滅フラグしかない・・・」
「あれぇ!?」
紙村は驚いたように目を丸くしたい。
司はため息をつきつつ、「さて、どういう事かな」と呟いた。
坂本は肩をすくめながら答える。
「さて、これってどういうことよ?」
「紙村さんはここに来たばかり見たいだが・・・転生する時間がなんでこんなにズレてんだ?」
「え?」
「ポンコツ代表のオレが知るかよ。彼女のように未来、もしかすると過去に転生した奴もいるのかもな」
「え? え?」
「こんな・・・地獄のような世界で・・・一人だなんて・・・」
「え? え? えええええええええ???」
司は弱った表情で、彼女を心配させないようにとほほ笑む。
「僕たちは、同じ日、同じ病気で死んだみたいだよ」
「え、ええええ!? それって、何かの陰謀!?」
「そこらへんはもう、間違いないじゃね? この学校だって、そこのオッサンが誰に命令されたわけじゃなく、この世界に学校を広めようと作った学校で、ミュミュとかいうゲーム知らずに作ったんだぜ?」
わたわたとする紙村。
英雄たちの心の中でもお手上げ状態。賢い友人は、魔王との戦いで死んでしまい、ここにいるのはポンコツ揃いなのだ。
「悪いんだけどさ、そのミュミュってゲームの内容、覚えてる限り教えてくんない? もしかすると日本に帰れるヒントがあるかもしれないしさ」
「え? 日本に帰りたいの? せっかくの異世界なのに?」
中田は一人外の地面に胡坐で座りながら、トカゲ特有のシュルルっという音を出して笑う。
「そりゃ、帰りたいだろ?」
彼女は申し訳なさそうに頷いた。
もしかすると日本に帰ったところで、とっくに火葬されて元の体に帰れないかもしれない。それでも、彼らは故郷に帰りたいのだ。
「だったら、リュミクリアしたら帰れるかも」
平然と紙村は答えた。
ゆっくりと、囲む面々が彼女に顔を向ける。
「これって無印のストーリーだよね。だったら、帰還エンドがあったと思う」
「その話詳しく!」
全員に怒鳴られ、紙村は言葉通り飛び上がった。
それでも逃さないというように、集まった英雄たちは彼女を捕まえる。
「で、でも、説明が難しいというか・・・」
「帰れるか帰れないかの瀬戸際なんだぞ!」
「でも、あまり話したくないって言うかぁ・・・」
「帰れる・・・ママ・・・ママ・・・」
「え、ええ・・・」
「はいはい、みんな落ち着いて」
司は慌てて仲間たちを紙村から引き剥がした。
彼らから彼女を守りながら、英雄スマイルを向ける。
「えっと、説明が難しい、あまり話したくないの?」
「う、うん」
司は大きく頷いた。
「だったら、話さなくてもいいよ」
「おいおいツカっちゃん!」
「彼女には彼女のやるべきことがあるんじゃないかな」
迫る坂本と中田を押しやる。
「僕たちは世界を救うためにこの世界へと呼び出された。そして、彼女はきっとこのゲームを楽しむために呼び出されたんだ。そうは思わないかい?」
そう言いつつ、司は二人を抱き寄せ、耳元で囁く。
「セーブ&ロードはないんだ。失敗はできない」
「あ、ああ」
「緑川さんが魔王との戦いに参加していたら、もっと生き残りがいたかもしれない。そう思わないかい?」
坂本と中田は言葉を詰まらせる。
もしあの戦いに彼女がいたら、どれだけ頼もしかったことか。
緑川の異変にもっと早くに気づけていたら、もっと早くに彼女の変化に対応できていれば、死ぬ必要のなかった仲間たちはどれだけいただろう?
彼女を責めるべきじゃない。責めるべきは、気が回らなかった自分なのだ。
二人から離れ、改め紙村に微笑む。
「僕たちは日本に帰れるものなら帰りたいと思ってる。できるだけ君もその帰還エンドを目指してほしい。僕は君に最大限協力するよ。だからと言って負担に思わないで。学校を開校させた人間としては、生徒がエンジョイしてくれることが一番の望みだからね」
「へ、へぇ。へへへ」
青い顔をして笑う紙村。
心配ないよというように彼女の肩を何度か叩いた。
「大丈夫だいじょうぶ、ユリナに話を通しておくから。困ったことがあったら何でも言って。暴力と金と権力なら持っているから」
「は、はは、最強ですね」
司は、仲間たちに僕に任せてくれないかと視線を送る。
彼らは当然のように頷いた。
紙村はオリエンテーションに戻ってもらい、仲間たちに向き合う。
「心配しなくても何か動きがあったら逐次伝える。仲間外れはなしで、みんなで集まって話し合おう。それでいいかな?」
「もちろん、ツカっちゃんに頼りっきりってのは情けないけどね」
「今回は繊細な問題だ、俺たちのようなガサツで、ポンコツは出る幕はない。迷惑をかけないように心がけるべきだ」
「ホットシータウンはすごいよね、お風呂入れたし、焼き魚はおいしいし、プロレスがれるとはさすがのオレも思いもしなかったぜ!」
そう言って、坂本は司を後ろから抱き着いてきた。
そして耳元で囁く。
「帰るなら、みんなでだぞ」
「・・・」
司は笑みを浮かべたまま、答えなかった。




