第3話 暗殺者と拾い物
馬車に多くの保存食を入れ、アルバートに話しかける。
「これを持って先に城に戻っていてくれ。そしてそのままユリナに渡すんだ。間違えてもメイド長や料理長には渡すなよ」
「は、はぁ。何か籠城でもするのですか?」
「似たようなものだなぁ」
司は苦笑しながら先に帰らせた。
もちろん城には毎日新鮮な野菜や肉などが運ばれるのだが、本当に彼らはその食材を台無しにするプロフェッショナルなのだ。近くの牧場で食べた料理の美味さにユリナは思わず涙を流したほどだ。
「なんで肉を焼く、野菜を煮るができないんだあいつらは」
即刻クビ、それどころか斬首したいぐらいなのだが、料理長は没落貴族の娘で、厄介なことに未だに各方面の顔ききができ、追い出すのは得策ではない。
「権力を手に入れたらまず、あのクソ女の首だけは切り落としてやる」
30代の口だけ女。話しているとさも自分は伯爵様の片腕ですよというようにしゃしゃり出てきて喋りだし、話の腰が折れまくる。そして裏では無能な伯爵と夫人であると陰口を叩いていることも知っている。
「なんで僕はこんなに人に恵まれないんだ」
心の中でグチグチと言いながら、一人歩きながら街を出る。
実は司は空が飛べる。走れば昔の新幹線ぐらいのスピードが出せるし、魔王と一ヵ月間不眠不休で戦い続けたタフさもある。馬車を使うのは妻がいる時か、偉そうに振舞うときに使うぐらいでしかない。もしくはこの度のように多くの荷物を運ぶときかだけだ。
たまには昔を思い出し、友人たちと諸国を回っていた日々に想いを馳せて旅人に扮して道を歩むのも悪くはない。
まだ碌に舗装もされていない道を進みながら、日が沈み暗闇が支配する。司は健気な勢いの川に向かい、闇の中であることをいいことに服を脱ぐと川で水浴びを始めた。
丹念に体を洗っている時だった、暗闇の中を切り裂くように一本の矢が司に突き刺さった。
司はすぐさま川辺に置いていた剣を手に取るが、暗闇の中で何が起きたのかわからずきょろきょろと周囲を見渡し、しばらくするとその場で蹲り、ゆっくりと倒れた。
闇の中、川のせせらぎだけが聞こえる時間が流れる。
長い時間が経ち、二人の男が司に近づいてきた。
一人は地面に何かを投げ捨て、一人は司を槍でつつき反応を見る。裸の男に反応がない様子を見て剣を抜き、当然の権利のように首に剣を叩き下ろした。
「!?」
剣が、首に叩きこまれたが切断できない。
何度も叩きつけるも、柔らかさは感じるが切断できない。何かを落とした男が代わりに剣を抜き近づこうとして異変に気が付いた。
足が動かない。
何かに張り付けられたかのように足が動かなかった。
「慎重だなぁ、残り三人は近づいても来ないか」
「!」
司が身を起こすと、周囲から3本の矢が放たれた。それは首を切断しようとした二人の男に射られた矢で、彼らはその矢に刺さり体を震わせ倒れる。
「死ねると思ってるのか? その程度の傷で、その程度の毒で? 知らなかったのかな、僕は魔族と何年も戦って来たんだよ?」
司の手が輝き始め、二人の男は動揺しながら身を起こす。
「・・・」
「無駄な抵抗だ。お前らがどんなに死のうとしても死ねないし、どんなに口をつぐんでも魔法で聞き出すことができる。怖いねぇ、この世界」
何かが動いた。
それは一人が持って投げ捨てた、何かだった。
魔法の光で周囲を照らし、思わず息を飲む。
「魔王、グランドール」
一瞬、彼がこの手で殺した魔族を思い出した。
倒れているのは幼い子供だった。ナイフで胸を刺され、命が尽きようとしている。慌てて傷の治療をするが、司の手は震えていた。
少年、いや少女のようだ。ひどい暴行を受けた跡があり、それでもその瞳は怒りで死んではいない。
「ち、ち、の、かた、き・・・」
傷は治るが体力までは直していないので、彼女は気を失ってしまう。
こちらに悪意を持っているだろう連中に追跡されていたのはわかっていたので暗闇の中でわざわざ隙だらけの姿を見せ誘ったのだが・・・
とんでもない拾い物をしたのかもしれない。