第38話 続魔法学園
司はユリナの背を抱きしめながら、上がってきた書類に目を通す。
ユリナは息を時折乱しながら、くすくすと笑いながら司の腕にキスをしては温もりに身をゆだねている。
「正直、判断に迷うことばかりで、困っていましたの」
「・・・えっと、なんて説明していいか難しいな」
不老不死研究。
肉体は滅ぶも生き続ける。
現状は思考が失われ、肉体が日々崩壊していくために一週間しかもたない。
感染力が強く、わずかな時間で大量の不死者を作り活動が可能である。研修のために多くの不死者を生産する許可をお願いします。
「これ、ゾンビウィルス、だよね」
「ぞん、び?」
腕から逃れようとするユリナを抑え込みながら、耳元で囁くように説明する。
物語で、死体が動き出して人間を襲いだす。
人々は逃げ出すも、噛まれたゾンビになってしまう。
「ホラー、恐怖物語だね」
「恐ろしいですね。そう、そうね、ええ、この研究は、封印した方がいいかしら?」
「どうだろう。この研究の素晴らしさが理解できん愚か者め! とか言って、不老不死研究だとうそぶき貴族に取り入って、結局ゾンビ大量発生の未来が見える。研究させつつ、そういった問題に対処できる研究も同時進行させるように言って、しばらく様子みよう」
魔法学園の研究中のデータが次々と上がっていく。
「巨大ゴーレムの中に入り、操作しながら土木作業をさせる。魔族にも負けない機動力と運動量って、ロボットってことかな。火薬を見つける前に宇宙世紀始める気かな?」
剣と鎧の戦争から、巨大ロボ戦争が始まる未来が見える。やはりちゃんと飼っておかないと、貴族に取り入り・・・という未来が見えた。
「人体生成。人間と全く同じ生命を生み出す。人体実験などに役立つ。現在10体の生命を作り出すことに成功している。・・・クローンを何のためらいもなく作っちゃってるし! これも、これもこれも・・・」
司の世界、現代の技術でも再現できないようなことばかり、ほんの一ヵ月ぐらいで結果を出している。
「ユリナ、君に頼られるのは嬉しいけど、こりゃ僕もお手上げだよ。どのような未来がこの世界で起きるのか、全く想像がつかない」
もっとSF小説、ファンタジー小説を読んでおけばよかった。スポーツもダメ、勉強もダメ、アレもダメ、これもダメ。
自分は何一つ、自慢できるものがない。
「そ、の、ちょっと、あなた・・・」
「想像力、僕には想像力がないんだ。ゾンビやロボット、クローンだって扱い方ひとつで正しい方向に導けるかもしれない」
「ひぃんぐぅ・・・」
妻が変な声を上げて、腕の中で動かなくなってしまう。
そんな彼女を抱きしめていると、彼女は軽く頭を当てて、少し笑って見せる。
「ゾンビとか、ロボットとか、わたくしは知りませんでしたわ。不老不死という言葉に、わたくしはすごい未来が訪れる、なんて心弾んだんですもの。あなたがいなければ、恐ろしい未来が訪れていましたわ」
ただうろ覚えの映画の話だ。
ただ、うろ覚えのアニメの話だ。
ただ強いだけのポンコツ、それが自分だ。
「想像力が足りないなら、補えばいいでしょう」
「・・・それって」
「そうよ、あなたが言ったんじゃない。あの話、面白いと思うわ」
荒々しいキスをしながら、司は少し戸惑ってしまう。
あれは、冗談だ。
面白がって、こうしよう、ああしようと言った中の一つだ。
だけど・・・
「そうだね、僕の手には余るよ」
「・・・多少は、浮気してもいいのよ」
彼女はベッドの中でぐったりとしながら、わたくしの手に余ると呟いた。
魔法学園は、魔族が暮らす地域の近くに作られた。
軍事施設と観光地からは離したかった。
「問題は起きるさ~♪ ってね」
司は出来上がった校舎を見上げながら、ため息をついた。
乙女ゲーPVのこともあるが、それ以外にも問題はいくらでも湧いて出た。
当初、生徒は5、6人ぐらいしか集まらないと思っていた。この世界で魔法は忌み嫌われる力、差別され、吊るされ、殺される。差別は拭えぬもの、時間をかけてゆっくりと考えを変えさせていこうと思ってはいたが、まぁ初年度はそんなに人は集まらないだろうと高をくくっていた。
が、集まったのは200人だった。
そう、200人。
親元を離れ、完全寮制で15歳の子供たち。テレビも新聞も、当然インターネットもない世界で200人集まったのだ。
慌てて校舎と寮を増築する羽目になった。
結果としてゲームPVで見たような、やたらと立派な学校が誕生してしまった。
「未来予知、それとも現実改変?」
どちらにしても、神じゃなければこんなことはできないだろう。
呆然と学校を眺めている司の横を、制服姿の学生たちが横切っていく。
今日はオリエンテーション。
寮に住んでいる学生たちが校内案内、教師たちの紹介などなど行われる日だ。
「おはよう、みんな。その制服はどうだい?」
司は少し緊張気味に学校へと突き進む学生を捕まえ、会話を試みる。
「同じ学徒、服を同じにするだけで同志であると思える」
学ランの上にローブを着た男子生徒が興奮気味に答えてくれた。
「っていうか、この服カワイイ!!」
セーラー服とローブを組み合わされた制服を着た女子生徒が自慢げに一回転して見せた。
「気に入ってもらえてうれしいよ」
「はい!」
子供たちの明るい返事が返ってきた。
緊張はしているが横切る学生たちの表情は、決して暗いものではなかった。その表情を見るだけで、司は心から救われたような気持にさせられる。
「僕に想像力はない。だから、覚えていることを持ってくることだけ」
司はホットシータウンの職業別に制服を用意させた。
学校もそうだ、自分の世界の常識をどんどん取り入れている。
プロレスも、お風呂も銀行も、あれやこれや全部全部全部、ただ昔の記憶を引っ張り出しているだけだ。
「うじうじ考えるのは止めよう。僕は僕ができる事だけを・・・」
「いせかいぃぃぃぃぃぃぃ、きたあああああああああああああああ!!!!」
生徒の中に、一人、両手を上げている女子がいた。
彼女はキラキラ輝く瞳で魔法学園を見上げる。
「うひょおおおおおおお!!! マジかぁああ!!! リュミじゃん!! リュミ! リュミリュミ!! あたし主人公!? あたしが主人公なの!?」
足をばたつかせて声を上げる女生徒に、司はそっと近づく。
「やぁ、このゲーム、詳しいの?」
「そりゃもう初めての乙女ゲーだったから何周もしちゃったわよ!」
「へぇ、でもR15なんでしょ?」
「お姉ちゃんの借りたの! って、誰?」
ウェーブかかった茶髪の、平たい顔の日本人だ。
司は彼女の首に手を回した。
「お名前は? ちょ~っとプライベートでオリエンテーションしましょうか」
「え? あ、ごめん、あたしオッサンはちょっと・・・」
「まぁまぁ、そう言わず」
司はズルズルと彼女を引っ張っていく。




