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第36話 ロッソ・センネル


 ユリナは緊張していた。

 憧れたあの人に会える。それだけで、まるで子供のようにソワソワと落ち着かなくなっていた。

 病で命を落とした夫の代わりに領地と子供たちを守った女傑メリオ・センネル子爵。

 ただ山があるだけの土地で岩塩を見つけ出し産業を興し、山賊の住み家となっていた領地を平定し、隣国からの侵略を防いだ生ける伝説だ。

 小さいころから彼女の話を聞くのが大好きだった。

 偉そうにふんぞり返るだけで役立たずの男を蹴飛ばし、問題を次々と解決していくその姿はユリナの理想の姿だ。しかも作り話じゃなく実話であり、更にさらに年齢も母と年齢が近いのだ。ああ、もう、彼女はユリナの中でツカサ以上のヒーローなのだ。

 ただ悲しむべきは、メリオはアリア派の一員であるということだ。

 メリオは確かに女傑と呼ぶに相応しい人物だが、壊滅的に政治センスはない。

 基本的には皇帝になるはずだったユリウス派が一般的だ。

 一発逆転したユリオス派はなかなか奇人変人の集まる面白い一派。

 手堅く状況に応じて身の置き場を変える、真の政治屋の集まりがアリア派。

 そして、ただただ売国奴、国家転覆、既得権益にしがみ付く金になるなら何でもする裏アリア派と四つの派閥があった。

 まさかのユリオスが王なり、政治屋アリア派はあっさりと鞍替え、ユリオス派となった。

 そして今アリア派は、アホの集まり裏アリア派だけが残っている。

悲しむべきことに、女傑メリオは逃げ遅れているのだ。

「ツカサ! お金を借りるならメリオ様しかないと思うの! 帝国はメリオ様の領地で取れる岩塩が主流だったわ。だけどこれからはわたくしたちの海で取れる塩もまた帝国内で流通する。下手に衝突しあうよりも、協力し合って市場を独占した方がいいと思わない!?」

「そ、そうかな? どうかな? わかんないや」

 戦争のことで話し合っていた時のこと、ユリナはツカサに迫った。

 借金をするにしても、二通りある。

 本当に首が回らず、頼み込む借金。

 さほど困ってはないが、弱みを見せて恩を売らせるためにする借金だ。

 金巡りは、実はそこそこいいので借金しなくても何とか乗り切れる算段は付いている。だが、ここは借金して見せ弱みを見せて見ようということになった。

 そこで、ユリナは真っ先にメリオの名を出した。

「ホットシータウンに観光客を入れるわけにも行かなくなったわ。塩で得た蓄えがあるからまだまだ平気ですけど、ピンチをチャンスへと変えるべきだわ!」

「う、うん。借金ですぐに滅びるぐらいに思われてた方がいいよね」

「だからメリオ様に借りるのです!」

 一気に話が分からなくなった。

そんな表情を浮かべるツカサであったが、ま、別にどこで借りてもいいか、ということでユリナに一任されたのだ。

 ユリナは馬車に乗り、数日かけてやっとこさ山しかないメリオ領地へとやってきた。護衛の警察と精霊騎士団が現地案内を雇い、遠慮はるばるセンネル子爵の屋敷へとやってきた。

 なんとも慎ましやかな、二階建ての建物だ。

 言葉は悪いが、あばら家。のどかな場所に相応しいと言えばいいのか、まるで農場主の家と勘違いしてしまいそうだ。剥がれたペンキの壁、周りを取り囲む木のフェンスは手入れをしていないのだろう、所々穴が開いている。広い庭があるが、花壇などもなく、何もない平地だ。

 扉が開けられると、使用人というよりご近所のオバサンと言うような太った女性が現れた。

 警察たちは外に残り、精霊騎士団は屋敷の中の警備をすることとした。使用人と子供、そしてメリオ以外はいないとそっとユリナに伝えてくれた。ただの国内旅行だというのに厳重すぎる警備だと思ったが、ツカサは微笑み、こればかりは絶対に譲らなかった。

 屋敷の中にまでは入ってきたが、さすがにメリオとの会談に護衛を連れ込むわけにも行かず、ユリナはやっと彼らから解放される。

 ユリナは緊張していた。

 子供のようにソワソワしながら、彼女のいる部屋へと入った。


 男装の麗人。

 3人の子持ちとは思えないほど美しいが、なによりも身にまとう勇ましさが彼女を更に大きく見せている。

 メリオ・センネルは机の上に足を組み座り、目踏みするようにユリナを見回すと呆れる様に背を向けた。

「舐められたものですわね、女を使いに出すなんて。金を出してもらいたいのなら、ツカサ卿、自ら来られることね」

「・・・・・・」

 ユリナは、心の中で嘆息した。

 そして微笑み立ち上がると、一礼して背を向けた。

「ま、待ちなさい」

 そのあまりに潔い行動に、メリオの方が驚いた。

扉を開けられる前に、みっともなく声を掛けてしまった。

「随分いさぎよいじゃない。使い走りが何の成果もあげられないまま帰れるの? それだから女はとバカにされるのよ」

「・・・・・・」

 ユリナは、今度は仰々しく大きくため息をついた。

 そして、地面を指さす。

「なに?」

「・・・跪きなさい」

 メリオは、息を詰まらせる。

「子爵ふぜいが、わたくしと会話がしたいのなら、今ここで跪きなさい」

 メリオの中で激しく警鐘が鳴り響いているのが、ユリナの耳にさえ聞こえてくるようだった。

 だが彼女は、プライドが邪魔をして跪くことができない。

「決裂ね」

 ユリナは淑女の仮面を外し、肩をすくめた。

 そしてメリオに笑いかける。

「もう手遅れですが、あなたにご忠告させていただきますわ。誰かれかまわず噛みつけばいいってものじゃないのですよ。あなたが取るべき正解の行動は、わたくしの足にしがみ付き泣きながらお金を借りてくださいと懇願する事でしたのよ?」

 それでは失礼と出て行こうとするユリナを、メリオは机から飛び降り力づくで止めた。

「金を借りに来たのだろう! それがものを頼みに来た態度かしらね!」

 ユリナは悲しかった。

 ヒーローが、どんどん哀れで惨めになっていく。

「こう見えても社交界にはできる限り顔を出していますので、お友達は沢山いますの。それこそ這いつくばり、泣きながら「お金借りてください!」って言う貴族がね」

 ユリナはくすくすと笑う。

「這いつくばる貴族が愚かと思われますか? それができる者こそが、生き残るのです。それができないものが・・・」

 脱落する。

 メリオは生唾を飲み込む。

「私を取り込んでアリア派の情報を聞き出したいんじゃなくって!?」

 メリオの悲鳴のような声を上げる。

 もうユリナは哀れな者を見る目でしか、彼女を見ることができない。

「お友達に吹き込まれまして? わたくしたちと、あなたたちは激しい戦いを繰り広げられている、なんて?」

 図星なのだろう、彼女は分かりやすく態度に出始めた。

「メリオ・センネル。あなたへの紹介文は誰からでしたっけ? アリア様でいらっしゃるわよね? ん?」

 メリオの警鐘が、明確な形になり始めた。

「まさか本気でアリア派と戦ってる、なんて思っていないですわよね? あなたたちは、難癖をつけている間に、どのように店仕舞いをするかの段階なのですよ。わたくしは、あなたのファンだったからこそ、沈む船から救ってあげようとここまで足を運んだのですが・・・」

 ユリナは自分の頬に手を当て、くねくねと腰を振り始めた。

「ああ! ツカサになんと言えばいいのでしょうか! 恥ずかしいわ! 女傑メリオは救い出す価値のある女性なんですわよ! なんて啖呵を切ってやってきたのに! 実はただの間抜けでした、なんて彼になって言えばいいのかしら!」

 ユリナはもう笑いながらメリオの肩を叩く。

「まぁ、彼は笑いながら許してくださいますね。せいぜいあなたをネタに愚痴ろうと思います。いきなり女は帰れぇなんて、お前も女だろうってね!」

 ひとしきり笑い、ハーっと息を吐く。

 そこには氷のモリオウ伯爵夫人がすっと立っていた。

「バカと一緒にお沈みなさい」

 ユリナは今度こそ扉を出て行った。


 母はある日を境に、一気に老け込んだ。

 酒におぼれ、勇ましかった男装やめてしまった。

 屋敷によく来ていた自分を褒め称える人々や、村人たちですら追い払うようになった。

 社交界にも出なくなり、屋敷からできる程度の業務しか行わなくなった。そして、いつも自分を呼び出し抱きしめては何度も頭を撫でるのだ。

「ロッソ、あなただけが私の希望なのよ。あなたただけが、私を慰めてくれる」

 そう言いながら。

 ロッソ・センネルはこうなってしまった理由に気が付いている。

 そう、あのユリナ・モリオウが屋敷に来てから母はおかしくなってしまったのだ。

 ロッソにとって、母は誇りだった。

 ロッソにとって、母はヒーローだった。

 その母を、ユリナは奪っていったのだ。

「このままで済ませてたまるか」

 ロッソは、彼らが作る魔法学園リュミエールに入学を決めた。

 そう、彼らに復讐するために・・・




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