第35話 英雄たち
彼女は、椅子に座り子供たちに優しく歌っていた。
ももたろさん、ももたろさん、おこしにつけたきびだんご、ひとつわたしにくださいな。
黒髪の美しい女性。
穏やかで儚げ、虚ろな目をしながら3人の男の子の手を取り広い庭でゆっくりと時間を使っていた。
機嫌がよさそうだと司は覚悟を決めて、ゆっくりと彼女に近づいていく。
彼女は司に気が付くと、穏やかな表情がみるみる険しくなっていき、とうとう鬼女のように目を剥き立ち上がった。
髪を掻きむしりだし、ガタガタと震え始める。
「緑川さん! 落ち着いて!」
目には見えないかまいたちが、司の体を切り刻む。
今まで何度も切りつけられたが跳ね返してきた皮膚が、ぱっくりと切り刻まれ、司の周囲に血の渦が巻きあがっていた。
「うわぁぁぁぁ!!」
「助けてぇ!!」
彼女の傍にいた子供たちも巻き込み空へと舞い上がる。
いけない!
このままだと子供たちが粉微塵に粉砕されると分かり、慌てて空を飛び、子供たちを抱きしめてスキル『攻守自在』で彼らを守った。
しかし、子供たちは守れたが司は彼女の力をもろに受け、血まみれになりながら地面に叩きつけられる。
「かはっ、くっ、つぅ、3人とも、ここから離れるんだ」
「顔を見せないでって言ったよね!」
圧縮された刃の風が司に叩きつけられ、血を撒き散らしながら地面を転がる。
司の能力は部隊強化、軍事に役立つ能力が多いが、彼女は「風使い」。純粋な戦闘力は司を勝る。
「ほっといてよ! もうほうっといてよ!! もういいでしょ!!」
暴走する彼女の力を叩きつけられながら、司は無意識のうちに剣を握っていた。
妙に理不尽な気持ちに襲われた。
なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ?
この屋敷は僕が買い与え、できるだけ善良な使用人を雇い入れ、その人たちの賃金も僕が出してるんだぞ?
魔王グランドールとも戦わず、ここで童話を歌ってだけの君にどうして僕は切り刻まれなきゃいけないわけ?
ムクムクと、怒りが湧き上がっていき・・・
「はーい、ここまで!」
「互いに剣を収めろ」
司と緑川の間に、草の壁が立ち上がり風をすべて防ぐ。
さらにその間に巨大なリザードマンが割って入り、丸い盾を司に向け動きを制した。
司は剣を収める。
「緑川ちゃんはいつも通りって感じだけどさぁ、ツカっちゃんまでカッカしちゃって、どしたの? おっぱい揉む?」
緑の壁の中から、愛らしいエルフの娘が顔を出した。
可愛らしくウィンクなどしているが、騙されてはいけない。今の体は女だが、異世界転生する前は男だったのだ。
「短いスパンで本気で3回も殺されそうになったからね、なんでかな?」
「お前がそんなんでどうする、俺たちの希望だろ」
背の高いリザードマンは大きな手で司の背を叩いた。急速に治っていた体の切り傷から血が噴き出てしまう。
体はエルフ乙女、心は触手系エロ絵が至高と信じて疑わない男子高生の坂本。
体はリザードマン。心は姉に女装やら口紅を付けられ遊ばれていて姉属性が極端に嫌いになってしまった系男子、中田。
そして、異世界転生を誰よりも喜んでいたアニメオタク。だがカルチャーショック、多くの友人の死を経験し、精神を病んでしまった女性、緑川。
坂本、中田、緑川、そして森往司の四人が、魔王グランドールとの戦いに生き残った異世界チート人だ。
「・・・みんな揃って、なんのようなの」
緑川はまるで、水死体となって恨めしい想いを口にするように口にした。
眼鏡で三つ編み、活動的だった頃の緑川の面影はまるでなかった。
「いやぁ~ん、ツカっちゃんから連絡あったのぉ。嬉しくて濡れちゃったわぁ~ん」
「坂本、その喋り方をよせ。むかっ腹がたってくる」
くねくね腰を振る坂本に、リザードマンは人間のように頭を抱える。
そんな変わらない二人を前にして、司はやっと笑みが浮かぶ。
「なかなか捕まらなくて難儀したんだよ。頼むからすぐに連絡取れ方法を考えてくれないかな」
「坂本がすぐ勝手なことをする。そのせいで予定通りにはならないんだ」
坂本は「ナカタンだってそこそこのトラブルメーカーじゃん?」などと言いながら、司たちは場所を移すことにした。
屋敷の縁側、そこで話をすることになった。
リザードマンの中田は皮膚が乾燥すると体液が肌から出てきてしまうので、家の中が体液塗れになってしまう。それを遠慮して中田は庭の地面にどっしりと腰かけた。
「んで? そうそうたるメンバー集めちゃって、なんかすんの? 焼肉?」
坂本は緑のミニスカワンピース姿だったが、今はその下にズボンを履いて髪をまとめて椅子に座っている。エルフらしい控えめな胸なので、可愛らしい少年のように見える。普段は今のような恰好をしているのだろう。
「焼肉もいいけど、ええっと、なんて説明したらいいのかな」
司は緑川を前にのんびり椅子に座る気になれず、柱に寄りかかりながら彼らを呼び出した理由を話し始めた。
領地に埋まっていた謎の遺跡の話だ。
「SFチックな古代遺跡に、未来が描かれた乙女ゲーPV。へぇ、オレら呼びつけるだけあって、なかなかぶっ飛んでんね」
「未来、なのか? 魔法学園ってのは、よくある設定だろ? 何となく雰囲気が似てるとかじゃないのか?」
「攻略対象の男の子、ひとり知人がいるんだ」
坂本と中田はふざけた雰囲気が抜け、興味を示し始めた。
彼らは元の世界に帰るために、世界中を巡っている。
坂本は本当に女、そしてエルフに思考が捕らわれ始めている。
中田もまた、リザードマンの思考に変わりつつある。
彼らは急いで帰らなければ、人間ではいられなくなるのだ。
「ふーん、面白いじゃん。古代の神々の呪いやら悪魔が封印されてる壺なんかより、ずっと前向きになれそう」
「百合展開はお預けだな」
「おつむが女になっちまったら百合じゃなくなっちまうしな」
マジの目に変わる二人に、司は安堵した。
あの謎遺跡は司でも手に余る。なら誰なら大丈夫かと色々考えたが、やはり異世界人である彼らに任せるほかないだろう。
「・・・ゲームの題名は」
「え、ああ、うん」
そしてもう一人、仲間たちの中で最もオタク。そして、異世界に対して最も前向きだった女の子。
「異世界学園リュミエール! ようこそ! って題名だった」
「リュミ!?」
ゆったりと椅子に座っていた彼女が、勢いよく立ち上がった。
「異世界学園リュミエール!? 3年前、私が小学生の頃にヒットしたゲームよ。確かもうすぐスリーが発売される、その時に、異世界転生、した」
彼女の目は、少しだけ昔に戻っていた。
「どういうことだ? 僕はゲームのことなんて知らない。僕は誰かに命令されて作ったわけじゃない。僕の意思で、僕が動いたからできた施設だ。リュミエールだって昔読んだ漫画の主人公が使っていた魔法をそのままパクっただけだし」
状況がわからず、彼らは押し黙った。
坂本は頭を振りながら肩を落とす。
「ポンコツばかり生き残っちまったって感じだよな」
「ポンコツなりに頑張るしかないだろ。緑川、その、なんだ、そのリュリュってゲーム、内容を教えてくれよ」
緑川は顔を曇らせる。
「・・・R15だったから、人気だったけど、小学生で、買ってもらえなかった」
「ありゃりゃ」
それでも彼女は記憶を引っ張り出しながら、説明し始める。
「異世界転生した女子高生が、異世界の魔法学校に通う、定番の物語、らしい」
「オレたちと同じ異世界転生ってわけか。偶然か、必然か」
いくらなんでも情報不足、お手上げだと言うように坂本は両手を上げる。
「正解じゃなくていいんだ。くだらない想像、何でもいいんだ。例えば、ここから日本に帰れたんだけど、過去の日本で、ここで起きたことをゲームにしたとか」
坂本と中田は「おおっ!」と目を輝かせる。
「なんか妙に回りくどいけど、いいじゃん! 帰れるってだけで希望が持てるって話じゃん!」
「大体俺たちは病気で死んでここに来たんだからな、戻ったところで火葬場で焼かれるだけの話だ」
緑川は少し、申し訳なさそうに頭を振る。
「考え、にくい」
説明が難しいというように、彼女は俯く。
「そんなに、すごい、ゲームじゃないの。えっと、例えば私が日本に帰れたら、妥協してモノづくりはできない。だけど、その・・・」
司は彼女の言葉を聞き、一生懸命推理する。
「海で漂流して生き残った場合、分厚い小説の漂流記を出版ならするけど、ゲームの設定で納めるようなことはない、みたいな??」
「う、うん。ちょっと違う、けど、面白い、らしいけど、細かな設定は、ないと思う。普通の乙女ゲー、そういうのって、設定がしっかりしてたら男子も結構評価高くて、注目されるけど、リュミは女子受けだけだったから」
「な、なるほど、よくわからん世界なんだな」
時々テレビCMで流れていた乙女ゲーが、実際に起きたこととは思えない、そういうニュアンスは坂本と中田にも伝わってきた。
「と、なると、乙女ゲーの世界を気づかれないうちに作らされていた、と考えるべきか?」
中田は乾燥しそうな肌をペタペタと濡らしながら呟いた。
「なんで魔法学園なんて作ろうって思ったの? 魔女っ子? ツカっちゃんは魔女っ娘萌え?」
「学校を広めたかったんだ。その前進として、魔法学校を作ったんだよ。この学校は僕が独断で作った、独断だからこそできた学校なんだ。誰かが操られてっていうなら、それは僕になるだろうね」
それを聞くと、3人はそろって微妙な表情を浮かべた。
「この捻くれ者を操るとか、異世界チート能力者でも難しそう」
「どちらかと言えば操る側だからな」
「・・・」
「君たち、失礼だね」
司はこりゃダメだと手を上げる。
「とりあえず、しばらくホットシータウンに滞在してよ。冒険は休んで、できれば緑川さんも、みんなで焼肉でもしようか」
「・・・・・・」
「そのゲームPVっての、見れるの? 故郷の匂いがするものが見てみたいからねぇ。あ、焼肉のタレは黄金の味、辛口ね」
「俺はチャンピオンのタレが一番だと思う。俺の体、海水でも行けるか試してみるか」
やはり同郷との会話は楽しいなぁと思いながら、ずっと無視していたことに気を向けることにした。
「えっと、なに、かな?」
先ほどから睨み続けている緑川に、司は、いやいや声をかけた。
「・・・森往君、なんか、変わった?」
いぶかしげな彼女の言葉に、司はきょとんと眼を丸くする。
どういうこと? と坂本と中田に助けを求めると、二人は、ああ、うんうんと頷いていた。
「緑川さんは知らなかったっけ? こいつ結婚してからだいぶ丸くなったの」
「この非情な世界に、守るものができて多少は変わったのかもしれんな」
「君たち、本当に失礼だね」
少しだけ目に光が戻り始めた緑川を前に、司は弱ったような笑みを浮かべる。
おいおい、緑川さん。
あなた、つい今3人の少年をひき肉ミンチに変えようとしたこと忘れてる?
そんな君に、僕が非情??
世の中は理不尽なことばかりだ。




