第34話 戦争の後に
レッドドラゴン騎士団は戦いを終え、ホットシータウンへと凱旋した。
何しろホットシータウンには吟遊詩人の集まる町、レッドドラゴン騎士団を称える歌があちらこちらで聞こえてきた。
数による不利を跳ね返し短期間で勝利を得た騎士団を、彼らは手放しで称えている。
「うーん、想定外ばかりで頭痛がしてきた」
ホットシータウンで騎士団員に対し大々的な戦勝パーティーを行うことが決定した。
その準備はまだ整っていなかったが、一足先に司の城では騎士団長や関係者を集めて貴族だけの戦勝パーティーを一ヵ月ほど行われることとなった。
「まさか最悪の事態を想定して手回していたら、それがすべて裏目に出るとは思わなかった」
司は地味な白い蝶ネクタイをして、会場へと向かうことにした。
今日の主役はレッドドラゴン騎士団の騎士団長のリスルだ。彼よりも目立たないようにするのがエチケットというものだ。
「い、いや、うん、前向きに考えよう、前向きに」
英雄スマイルを浮かべ、ユリナをエスコートへ進んだ。
会場には主役のリスルがまだ来ておらず、司が迎えに行くことにした。
「跡取りになるお孫さんが戦争で死んだらしいから、まだ気が動転してるのかもしれない」
司はため息をついた。
正直、リスルと顔を合わせたくなかった。孫のマーカが戦死したことに腹を立てダークアイを殺し、首を槍の上に掲げて進軍させたのだ。
司からすれば友人を無為な理由で殺した相手、そりゃ喜んで顔を合わせるってわけにはいかない。
とはいえ、表向きには彼ら騎士団は司の危機を誰よりも早く駆けつけてくれた恩人。家族を守らなければいけないのだ、礼儀をもって接しなければいけない。
司はリスルの部屋のドアをノックし、英雄スマイルを浮かべ中に入った。
「失礼、リスル卿。一体何かあったのですか?」
老いた男は、まるで今から戦いに行くかのように武装して椅子に座っていた。
「そ、その、一体どうしたのですか?」
「・・・」
リスルは静かに立ち上がると、剣を引き抜いた。
そして、一切ためらいなく司を切りつけた。
「ぬっ」
剣は、司の手のひらで止められていた。
リスルは奇声を上げ、再び剣を振るった。
司は剣を手で止めながら、時間をかけてゆっくりと状況がわかってきた。
あ、この人本気で殺そうとしている。
さすがの司も脳みそが止まってしまっていて、こんな単純なことにすら気づかなかった。
遅ればせながら「味方だから我慢」から「明確な敵」と、頭のダイヤルを切り替えた。
「理由を尋ねてもよろしいですか?」
剣を掴まれ、リスルは細い目をうっすらと開いた。
細い目から見えるのは、明確な殺意だ。
「マーカは、貴様の遊びで殺されたのだ」
その言葉に、手のひらから剣の圧から伝わる怒りが、嘘ではないことを教えてくれる。
やれやれ、勘弁してほしい話だ。
「あなたが無能であることを、僕の責任にしないでくれませんか」
服が切られても迷惑な話なので、テーブルに置いてあったペーパーナイフを手に取る。
「マーカは後を継ぐ子だった」
「殺したのあなたでしょう」
年齢の割に衰えぬ鋭い剣舞が繰り広げられる。
それを、司はすべてペーパーナイフで受け流した。
「僕は戦を止めようとした。録音の護符しっかり残ってますけど、ここで再生しましょうか?」
「きさまっ!」
老人の顔は、目に見えるほど顔が真っ赤になっていく。
その様子を、司は冷々と見下ろす。
「まさか恩を仇で返された、なんて思わないでくださいよ。僕はあなたの娘、ブレンダにどれだけ金を払っているかわかっているのですか? あのクソまずいメシを食わされ、どれだけ僕たちは信用を失い、肩身の狭い日々を暮らしたかわかっているのですか?」
怒り過ぎて酸欠にでもなったかのように体がふらふらとし始めるリスル。
息一つ上がってない司はペーパーナイフを撫でながら首を振る。
「敵の量を見れば何十年も戦争が続くだろうと覚悟していたものです。信じられないほどの死傷者が出て、その責任が僕にある、なんて状況に絶望していたんです」
温泉があって、娯楽施設があって、とても綺麗な街並みで、歌や祭りで賑やかになり、妻とのんびりスローライフがおくれる地。
ついでに貧困もなく、文化の華が咲き、奴隷もなく、誰もが幸せに暮らす土地にしたい。
それが、その夢が失われると失望のあまり崩れ落ちそうになった。
「あなたが来てくれたことは本当に嬉しかった。すべての責任を負ってくれるんですからね。あのクソ女を泣きながら囲っていた甲斐があるってものでしょ?」
「頼りになると、言っていたではないか。親元を離れ、責任が生まれたと・・・」
「これから親子二人、食事を作ってもらってくださいな。僕は、考えたくもない老後ですね」
司はせせら笑う。
「更に好転し始めていた。魔族ではなく、魔族から逃げてきた獣人だった。彼女たちは食料さえ与えれば元の島へと帰ると、ダークアイは了承してくれた」
「ダークアイ、貴様っ、敵と通じてっ!」
「ただの交渉でしょ。馬鹿ですか、あなたは」
何度目かのため息をついた。
ため息の数だけ幸せが逃げていくと言うが、なるほど、今の司は不幸のどん底だ。
「どこかの馬鹿が交渉も聞き入れず、戦争始めた。精霊騎士団や僕の私兵、そして魔族たちの協力さえ受けずにね」
司は声を上げて笑った。
「えっと、お孫さんのマーカが戦死なされたんでしたね? 改めて聞きますが、誰が殺したんですか? え?」
とうとう蒼白になり始めたリスルは剣を振るうが、司はペーパーナイフで剣を、半ばから切り捨てた。
「ドラゴン騎士団の中でも、居場所がなかった。大きな戦が無くなり、純粋な武力は必要なくなった。孫のためにもここで名を上げ、レッドドラゴン騎士団を後に繋げたかった」
司はそっと老人の手を押さえ、耳に囁く。
「戦争はなくなりません。純粋な戦力は未来永劫必要です。それなのに何故レッドドラゴン騎士団が孤立していたか、恐ろしいですね、ほんとにあなたは分からないでしょ?」
司の手を払おうとするも、動かすことができない。
「遊びじゃないんですよ? 身分なんて、人間同士の間には存在しないんです。それは皇帝と奴隷であろうとね。国の運営に名目上あるだけのこと。そのことがわからず、本当に自分が特別な人間だと思っているから、孤立して、マーカは死んだ」
「きっ、さっ、まっ!!」
「自殺なんてみっともないことは推薦しませんよ。もし、そんなことしたら・・・」
すっと彼から離れ、まるでオペラ歌手のように胸に手を置き歌い始める。
「時は平和な時代。死に場所を失った哀れなレッドドラゴン騎士団の団長リスル。獣人たちの侵略と聞き嬉々として戦争へと向かう」
司はペーパーナイフをぶんぶんと振り回す。
「英雄司は獣人のボス、ダークアイと戦争の回避を話し合っていたが、愚かなリスルは戦争を勝手に始め、獣人たちを残酷なまでに虐殺した」
突然始まった演劇に、リスルは呆然とその様子を見ていた。
司はノリノリで舞台俳優を続ける。
「海は赤く染まり、ご満悦のリスル。そんな彼の耳に届くのは、愛する孫のマーカの死であった。ああ、なんたる自業自得! 防げる戦争を無理して起こしてしまったが故に、愛するマーカは命を落としてしまった!」
ペーパーナイフで自分喉を掻っ切るフリをする。
「愚かさを恥じたリスルは、自ら命を落とすのであった」
演技を終え、司は納得していないように考え込む。
「英雄司、そこをマーカにしよう。「ああ、尊敬するリスルおじい様! 戦争は止められるのです! どうかその鉾を収めください!」「うるさい! 戦争だ! 戦争ができれば何も必要ない!」ああ、愚かなリスルは戦争を始めてしまった。うん、そっちの方がスリムでいいね」
「貴様に・・・恥じはないのか?」
「それはこちらのセリフですよ」
司はペーパーナイフを置き、老人を押して座らせた。
即興ながらいい物語だと満足した笑みを浮かべた司は、いつものように楽しそうに笑みを浮かべる。
「ここは吟遊詩人が沢山いる街ですからね、彼らにこの物語を広めてしまいましょう。そうすればどうなるかわかりますか? 真実なんて書き換えられてしまう。軽薄だからと言ってバカにしてはいけませんよ、実際問題あなたの娘さん、ブレンダに僕は魔族と通じている間者として仕立て上げられそうになったんですからね」
高度な戦いに負けてはいけない。
程度の低い戦いにも負けてはいけない。
戦いはすべてに勝たなければ、そこから負けるのだ。
「予想外のことが起きています。殺した獣人の数は少なく、戦いも一ヵ月で終わった。これならすぐに経済活動も再開できる。市民からすれば、言ってしまえばいい娯楽だった。レッドドラゴン騎士団はあなたの望み通り名声を上げ、僕は必要のない借りをあっちこっちで貴族たちに作り、びっくりするほどの借金もしてしまいました。頭痛がしますよ、まったく」
司は今気が付いたかのように、ああと顔を上げる。
「名声を上げたところで意味ないですよね、何しろ後を継ぐはずだったマーカはもう墓の中なんですから」
「きさ、まっ」
この数分で、リスルは老いた。
威圧的な殺気はなくなり、半ばから切られた剣を手放していた。
司は彼の鎧の中に手を突っ込み、素早く護符を引き抜いた。
それは録音できる護符。
リスルは青くなりながらその護符を奪い返すが、その護符は録音を始めていなかった。
「ここはね、僕の城なんです。死ぬ必要のない人々が沢山死んだ。あなたに殺されたんだ。少々コテンパンにしなきゃ腹の虫も収まらない、そうでしょ?」
リスルは青ざめながら護符を何度もたたき始め、司はため息をつく。
司は、老人の頬を優しくぺんぺんと叩いた。
「しっかりしなさい。マーカは死にましたが、レッドドラゴン騎士団は名声を上げたんです。あなたは団長です。騎士団を、その家族を、守らなければいけないんです。わかりますか? これは遊びじゃないんですよ」
老人は、みっともなく泣き始めた。
「わしは、義のために、マーカはっ!」
手札の中で、絶対に出したらいけない、最悪手を打つ人間ばかりだ。
まさしく、リスルこそがその筆頭と言っていいだろう。
「どこで間違えたかわかりますか? 僕の話を聞かなかった時? 戦争を始めてしまった時? ダークアイを殺した時? 僕に切りかかった時? いえいえ、どれも違う。もっとシンプルで、簡単なところを間違えたんです」
頑張ってねというように、リスルの肩をポンポンと叩いた。
「この城を接収した時、僕の妻に対して随分横暴な態度を取ったそうですね」
ユリナは怒り心頭で盗賊の方が紳士的と怒り、お付きのメイドや孤児たちも怒っていた。
司は、家族を守れなかったと後悔した。
「その時、礼儀正しく紳士的に接収していれば、僕はあなたに対して忠告、もしかすると強制的に戦争を止めていたかもしれない」
今までは利用できる武勲馬鹿ぐらいにしか思っていなかったが、明確な敵として刷り込まれてしまった。
助ける必要はないと、頭のスイッチが切り変わってしまった。
「ただ人に礼儀正しく接する、それだけのことをしていれば、そうすればマーカは死なず、僕と仲良しになり、レッドドラゴン騎士団は歴代に名を遺す騎士団になっていたかもしれない。そう、ただあの時、礼儀正しくありさえすれば」
そうすればダークアイは死ななかった。
もしかするとマーカとダークアイが恋仲になり、面白おかしい状況になっていたかもしれない。
「ほんの小さなことなんです。ほんの小さな心遣いなんです。それで運命は大きく変わるんです」
肩を落とし俯くリスルを背に、司は部屋を出た。
リスルはこの後、体調不良でパーティーには出席を見合わせた。
次の日、彼は日も上がる前に城を出て行った。彼がこの後がどのような行動を取るのかは分からないが、もはやレッドドラゴン騎士団は司を殺そうとした敵なのだ、なにをするにしても遠慮することはないだろう。




