第33話 未来の魔王
まだ獣人たちが少数部隊でホットシータウンに略奪に出ては各個撃破されていた時の話。
司とユリナは見送りに海辺へと来ていた。
この場所は魔族が多く住む地域で、レッドドラゴン部隊もここでの活動を嫌がらり、精霊騎士団が担当することになった。ここからなら、レッドドラゴン騎士団に気づかれずに船が出せるだろう。
「おお、ゴイル。黒騎士復活だな」
ガロ、ガロ・・・
普通の鎧では鳴らない、独特な音をさせて魔王軍第二位だった男が姿を現した。
「不思議な鎧だ。体にぴったりと張り付き、不快ではない。この鎧ならばいつまでも戦っていられる」
「グランドールと一ヵ月戦った実績があるからね、期待したもいいよ」
ドワーフの国家機密の技術で作られた最強の鎧。司たち異世界チート戦士たちが最終戦で身に着けた最強装備だ。
司は十代の頃とだいぶ体型もかわったので、鎧を新調するためにドワーフの国へと向かったのだが、ついでにゴイルも連れて行き鎧を作ってもらったのだ。
司の鎧は灰色に近い鈍色だが、ゴイルの鎧は真っ黒にしてもらっている。タイツのような鎧の上からプレートに籠手、草ずりなどでフル装備。スラっとしていながら、重装備。彫刻にして残しておきたいほどに美しい姿だ。
普段は見た目など気にしないというような魔族だが、ゴイルはなかなかご満悦のようだ。
「まさかこんなにすぐ活躍するとは思わなかったけど、せいぜいあっちで暴れてくれ」
「ああ。借りのある連中もいる」
ゴイルは力強い笑みを浮かべた。
作戦はこうだ。
まず血の気の多い獣人とレッドドラゴン騎士団の戦いは静観。
騎士団がまず勝つだろう。
次に獣人のボスであるダークアイが獣人たちを引き連れ、海辺へ後退。
そのまま魔族の島へと逃亡する。
騎士団も海を渡れば、追って魔族の島へと向かうとは考えにくいので逃亡できるだろう。
逃亡先の場所で新たなる街を作る。
逃げてきた理由は、戦力で劣っていること、食糧難であること、この二つがネックで海をわざわざ渡ってきたのだ。
食料は司が支援することを約束した。
そして戦力は、この地にいる魔族とハーピィと人魚の支援を約束したのだ。
「しかし、所詮獣。気が重い」
「だからこそのお前だろ。頼むよ、ほんと」
責任重大さに、ゴイルはため息をついた。
魔王グランドールが、軍の運営などできようはずもない。「メシ、風呂、コロス」そんぐらいしか語彙力のない奴だった。当然だろう、言葉とは他人と理解し合おうとする行為であり、「察しろ、さもなきゃ殺す」がグランドールなのだ。
では誰が魔王軍を指揮していたのかと言えば、ゴイルだったというわけだ。
魔王の望みをかなえるために、せっせせっせと頑張り、気づけばいっぱしの将軍として実力をつけていた。
異世界チート戦士たちが10人もいたというのに、魔王軍と人類の戦いが首皮一枚の勝利となったのは、ゴイルの手腕によるものだった。
「まぁ、あちらのボスのダークアイって女性はお前と同じように嫌でも名将になるしかなかったタイプの女性だ。案外気が合うかもよ?」
「だといいがな」
ゴイルにダークアイ、この二人がいるのなら何の心配もないだろう。下手するとそのまま魔族の島を侵略してしまうかもしれないという心配ならあるほどだ。
あと、心配事と言えば・・・
「あの、ユリナさん。そろそろ、出航の時間なのですが」
「・・・・・・」
ユリナは、ドレスを着たロラを抱きしめたまま動こうとしない。
「どうして・・・」
「えっと」
「どうしてロラまで連れていく必要があるの!?」
魔王グランドールの子、ロラ。
そのカリスマ性はさすが魔王の子というべきか、魔族を毛嫌いしていたユリナをすっかりと心変わりさせてしまっている。
「ゴイルはロラの守護者なんだ。ゴイルが向こうに行くなら、どうしてもロラもあちらに行ってもらわないと」
「そういうことを言ってるんじゃないわ!」
司は肩を落とした。
急な話ではあったが、ユリナは別れを了承してくれた。しかし、いざとなるとどうしようもなかったようだ。
ロラはユリナを引きはがすと、真面目な表情で頷いた。
「うみのむこうで、けんかをしてる。なかなおりさせにいく」
「ええ、あなたならできるわ」
「ん」
ユリナはロラにジッと目を見つめられ、未練がましそうに離れた。
「ねぇねぇ、お兄さん。いいことしよう?」
水に上がった人魚が急かす様に声を掛けてきた。
小さな船が何隻もどんどん出発し始めているようだ。
魔族は海底の中を歩いて進という、画期的な海の渡り方をする。大半は人魚に導かれて海の中を移動しているのだが、ロラのように子供や呪術師と呼ばれる種族は少数は獣人たちの船に紛れ、船での移動することとなっている。
「ロラ、君にプレゼントだ」
司は彼女の腰にぶら下がっていたおもちゃの剣を外して、本物のナイフをぶら下げた。
「ドワーフ製、君のお父さんを殺した剣と同じ製法で作られたナイフだ」
ロラはまるでガンマンのように素早くナイフを引き抜くと、司の喉に突き刺した。
しかし、ナイフは刺さらずぴたりと止まっていた。
「ぐ、ぐぬぬ」
「それ、最後にしてね。多分そろそろ止められなくなるから」
聞いているのかいないのか、ロラは気にも留めずナイフを振り回す。
「ん。いい」
「だろ?」
ナイフを収めると、ぴょんと船に乗った。
ゴイルも船に乗ると、一気に船が沈み始め、船を支えていた人魚たちはぴちぴちと跳ね始めた。
「いいこと、しましょう。あはぁん」
ゆっくりと船が動き始める。
ユリナは前に出て、手を振る。
「ロラ! 元気でね! 風邪ひかないでね! あなたなら大丈夫よ!」
手を振るユリナは小さくなっていく船をいつまでも見送っていた。




