第31話 ダークアイ
久しぶりに完全武装した。
必要はなかっただろうが、相手を威圧するためにも・・・いや、ただ単に新調した鎧が来たかっただけ。
鉄の、全身タイツ。
言っている意味が分からないと思うが、着ている司だってよくわかってない。
むかしテレビで自在に動く金属の蛇を見たことがあるのだが、そんな感じ、というべきなのか。
着ているのは確かに鉄の全身を包む鎧なのだが、手首や腕や首などの関節を動かすことに違和感が一切ない。捻ろうが曲げようがフラダンスをしようが自在に動くことができる。このままベッドで眠っても全然疲れないほどにフィットしている。
これぞドワーフの国の国家機密にされている最強の鎧。魔王グランドールとの戦いで異世界の仲間たちが着用し戦った鎧で、十代の頃とだいぶ体型が変わってしまい着れなくなっていたのでドワーフの国で新調してもらったばかりなのだ。
普段は更にこの鎧の上から籠手やら袖やら胸当てなどを付けてさらに重装備にするのだが、今は厚手のローブにフードを深めにかぶり身分を隠し敵陣の真っただ中にいるのだから更に気分は上々だ。
司は単身獣人たちが占拠している砂浜へと忍び込んでいた。
内情はどうなっているのか調べる、気楽な見学に来ていた。イメージ的には野蛮で不潔なモリモリマッチョの獣が「ガハハ! これから人間どもを殺しに行くぜ!」なんて騒いでいるものとばかり思っていたのだが、だいぶイメージと違っていた。
痩せ細った獣人たちがあちらこちらで倒れているかのように横たわり、戦いに来たようには見えなかった。テント群もありそちらに向かってみると、そこは重病人が集められているらしく、今日明日にでも命が尽きようとしていた。
「これから、彼らを殺すのか」
一気にブルーな気分に叩き落された。
侵略に来た、というより本当に難民が押し寄せてきたようだ。
そんな様子を見て回っていると、獣人たちの戦士たちがさも当然のように司を取り囲んだ。
彼らはそれなりに健康らしく、筋骨隆々のトラやサイ、犬や猫だろう獣人たちが動物のように威嚇していた。
そんな中に、1人毛色の違う綺麗な女の子が混じっていた。
「初めまして、ツカサ・モリオウ様でいらっしゃいますね」
茶色と白髪が混じった不思議な髪に、丸い眼鏡。
見た目は普通の女性だが、予測としてはフクロウの獣人のようだ。美しい容姿に、豊満な胸、茶色い羽のローブを身にまとっている。
「このローブはむしろ味方に気づかれないための。顔を隠すことをお許しください」
司は丁寧に返答をした。
厄介者、敵、今から殺す相手であろうとこれぐらいの礼儀は当然のことだ。
「どのような理由があり砂浜を占拠したのかわかりませんが、急いであなた方の島へとお帰りねがえませんか?」
獣人の戦士たちは牙を剥き出しにして唸り声を上げ始めた。
司は少し以外に思った。
彼らの陣を見てすっかり助けを求めにきた難民だとばかり思っていたが、この殺気は本当に戦争をしでかそうとする殺意だ。
フクロウの子は手を上げとめる。
「ツカサ様。どうか二人で話せるお時間をいただけませんか?」
「・・・もちろん、そのつもりで単身乗り込んできたわけですが。ここのリーダーは、あなたなのですか?」
彼女は、背に隠れていた大きな翼を広げた。
「ご紹介がおくれました。私はダークアイ、彼らのボスという立場になっております」
魔王グランドールとまではいかないが、ゴリゴリマッチョがボスだとばかり思っていたが、改めイメージと違い面食らう司だった。
動物の皮で作られたテントに入り、ダークアイは砂のままの地面に座る。司もそれに倣い胡坐をかいて座った。
「・・・」
「そちらに何があったのか、できれば詳しく教えてもらえませんか?」
なにを話していいか迷っていたダークアイに、司は優しく声を掛けた。
ゆっくりと聞く準備があると感じ取ってくれたのだろう、彼女は小さく頷いた。
「魔王グランドールは、歴代の魔王の中でも特別だったんです」
彼女はまるで歌うかのように、いま島で起きている凄惨な出来事を話し始めた。
王亡き今、新たなる王になろうと魔族たちは戦いを始めた。
魔族の中にも黒騎士ゴイルに負けぬほどの強者が現れ始めたが、誰もそれらの戦士を強者と認めなかった。
そう、あまりにグランドールの存在が強烈すぎたのだ。
そして、今までにない流行が始まった。
恐怖による支配。
敵に強さを示し屈服させるのが今までの魔族の戦争であったが、いつしか敵を皆殺しにし、周囲から恐れられる存在になることを求め始めたのだ。
凄惨な魔族同士の殺し合いが初めった。
それは、ひっそりと暮らしていた獣人たちの集落にも余波が現れ始めた。
今までは戦い、犠牲を出しながらも勝利すれば彼らは戦士と認めそれ以上のことはしてこなかった。敗北したとしても何十人か食われ、彼らはそれで満足して去っていった。
しかし、もう違う。
彼らは殺すために訪れ、その集落を殺せるだけ殺して回る。
今までも多くの犠牲を出しながら勝利していたというのに、本気で殺しに来た彼らには抵抗できなかった。
獣人たちは着の身着のまま隣の集落に逃げ込み、そしてその集落が襲われ、更に隣の集落へと逃げ込む。そういうことが続き、少しずつ数を増やしつつ一つの里へと集まった。
獣人たちは戦士だ。戦い、死ぬことは恐れない。一大勢力としての力も持っていた。しかし、いきなり集結したところで、その小さな里には食糧がなかった。
戦わずして、獣人の砦は瓦解し始めていた。
このまま何もせず死を待つのは耐えられない。多くの戦士は彼らに戦いを挑み、死んでいった。
残りの者たちは、希望があると信じ島を出た。
「・・・」
司は語るダークアイの瞳を見つめながら、密かに感心していた。
もとより語りべなのかもしれないが、よくまとめられ、時に情緒的に語る。
最近、頭空っぽで夢が詰め込める連中ばかりを相手していたので、知性の響きに司の心はすっかり潤っていた。
「で? どうしたい?」
司は尋ねた。
見つめられているのが恥ずかしかったのか、彼女は少し照れながら、それでも理路整然と話した。
「我々は一枚岩ではありません。状況が理解できず、戦いを求めている者が多くいます」
彼女は冷淡に言った。
「ある程度、殺してもらってもかまいません」
彼女は、覚悟した指導者だ。
司は少し泣きそうになった。
「8割ほどは殺す」
ダークアイの表情が一気に青くなった。
「それが嫌なら奴隷になり開墾させ、結局8割は死ぬだろうな。どっちがいい?」
「あ、あまりに、ひどすぎます。もう少し、どうにか・・・」
彼女は震えながら頭を動かす。
「すぐにここから出ていきます。ボートでは遠くに行けなくて、何もしないと誓うので荒野を通ることをお許しください」
「僕だから2割救えるんだ。荒野を出た途端、君たちは皆殺しだ」
「な、なんでっ」
司はため息をつき、ジッとダークアイを見つめた。
「君たちは魔族なんだ。この国を滅ぼそうとした魔王グランドールの軍勢と同じなんだ」
「違う! 私たちはあいつ等とは違う!!」
「そうなんだよ」
彼女は呆然とした表情で固まり、震える手で頭に手を当て、虚ろな目で思考を巡らせる。
「だったら、そうですね、えっと・・・」
「僕たちも一枚岩じゃない。君たちを殺すために騎士団が僕の領地に陣取っている。すぐにでも戦争になる。数は君たちの方が上だろうけど、はっきり言う。君たちは絶対に負ける」
ダークアイは荒い息をしながら睨みつける。
「私たちは、貴様らゴブリンに負けるものか! 私たちは強く、数もいる!」
「水は?」
彼女は絶望的な表情を浮かべた。
「食糧は、まぁ海から取れるとしても、真水はそうはいかん。それなりに施設が必要だ。どんな強い軍隊も、水がなきゃ死ぬだけだ」
「貴様らから奪えばいい!」
「それでいい」
司は頷いた。
互いに戦争をしたがっている。
こうなっては、もう止められない。
司は思わず声を上げて笑った。
「ダークアイ、せっかくだし色々考えてみませんか?」
「・・・え?」
「頭がいいもの同士、悪巧みを考えましょう。頭にプロテインとササミが詰まってるだけのバカなら8割殺しも致し方なしと思っていましたが」
司は自然とほほ笑んでいた。
「できるだけ血の流れない方法を考えましょう。あなたとなら、びっくりするほどの数が救えるかもしれませんよ」
彼女は少し呆然とし、目を潤ませながらも唇をキッと結び決して涙は見せなかった。




