第30話 獣人襲来
それはあっという間だった。
魔族が浜辺を占拠し、要塞化し始めた。
その様子を、司と精霊騎士団団長のジョブ・ロイズ、そしてかつて魔王軍第二位の実力者であった黒騎士ゴイルは3人で浜辺を眺めることができることができる場所で軍隊を眺めていた。
ちなみに、偵察兵が捕まる覚悟をしなければいけないほどの場所で平然と3人は平然と立ったまま話をしていた。
「あれは人間ではない。獣だ」
黒騎士は冷たく言い放った。
「空を飛ぶアレと、海のアレと同じだ。食料にすぎん」
司の目から見る彼らは、要するに獣人ってやつだった。
犬か猫か、狼か熊なのかよくわからないが、とにかく獣耳をしている。二足歩行の獣という姿の奴もいるが、猫耳カチューシャをつけているだけに見える獣人もいた。
「で、彼らとは交渉できるの?」
司はめんどくさそうに尋ねた。
かつての魔王軍と違い、アホみたいな数なのだ。
魔王軍は少数精鋭軍隊だったが、本気で帝国を侵略する軍隊と同じぐらいの人数が用意されているのが分かる。
浜辺は完全に占拠され、まだ半数は未だに船の上にある。浜辺を占拠されたのも、アホみたいな数で押し切られたところはある。
「交渉?」
ゴイルは不思議そうな表情を向けてきた。
「僕もね、君と同じ気持ちなんだ。できれば皆殺しにしたい。今はギリギリ飢饉ではない状態で、食い扶持は増やしたくないんだ」
「クソったれの割には殊勝な心掛けじゃねぇか、え?」
ジョブ・ロイズは酒が入っている革袋をあおり、げっぷをする。
「実際問題丸ごと降伏してきたらどうするつもりだ? え?」
「いやぁ、真面目な話、いやぁ・・・」
正直なんとかなる自信はある。
土地は結構余っている。
何もない荒野が広がっており、隣の領地から流れる川や町を道で繋げられている場所などに小さな町がぽつぽつとある程度の、うらぶれた場所なのだ。
今まさに司が廃止しようと奮闘している奴隷制度を最大限に発揮し、大量の死者を出しながら開墾。
司は社交界で得た繋がりを最大限に利用し、あっちこっちで借金しまくれば、どうにかこにか・・・
「・・・できれば、8割は死んでほしい」
「正直でよろしい、クソったれ」
ゴイルは鼻で笑う。
「我々だけで皆殺しにできるが?」
「よーし、話を戻そう。彼らは交渉できるか、できないかって話」
「獣の考えなど、知ったことではない。だが・・・」
ゴイルは獣人を眺めながら考え込む。
「家畜とならなかった連中だ。あらがい、多くの死をいとわず自由を得た者たちだ。軽々しく見ない事だ」
「8割ぐらいは抵抗してくれる?」
「獣の考えは理解できないが、戦う意思があるのならな」
中途半端な感じだ・・・
司は彼らのキャンプを眺めながら、単純な軍隊ではないのが見て取れた。
彼らはみんな疲れ果てており、飢えており、女子供の姿も見えた。要するに、魔族の支配者から逃げてきた難民に見えるのだ。
「ゴイル、彼らはここに何しにかと思う? お前たちが再び僕たち国に侵略するために軍隊を差し向けてきたのか、そうじゃないのか」
「先陣は誉れ、獣に譲るいわれはない」
それはそれは、いよいよ困った話になってきた。
難民を、司は最低8割は殺さなければいなくなってきた。それが嫌なら連中を、皆奴隷にして殺さなければいけない・・・
「クソったれ」
司は思わず呟いていた。
今まで築き上げてきたものを、すべて失う。
あと少しで手に入るはずだった妻とのスローライフも、優しい英雄の姿も、引退後帝国が歩むであろう輝かしい未来も、何もかも・・・
「方針としては、できるだけ戦争を避ける。交渉をして血が流れないような流れにしたい」
「なんだテメェ、気持ちわりぃな。まるで死んだ・・・ああ」
ジョブは渋い表情で酒を飲む。
そういうことだ。死んだ友人たちの意思を、できる限り汲み取りたい。
「あくまで、努力はしたけどダメだったよ。と、言えるぐらいまでだよ。最終的には、僕が泥をかぶるさ」
やんややんや話していると、後ろから精霊騎士団の偵察兵が「なんてところに立ってんだこの人ら」とびくびくしながらやってきた。
「よぉ、旦那。やべぇぜ。本土からの騎士団がさっそく来やがったぜ」
「ほぅ、腰の重い連中と思えない迅速な行動じゃねぇか」
「それがよぉ」
団員は司を見た。
「一足先に騎士団長があんたの城に向かってるらしい。レッドドラゴン騎士団だ」
それを聞き、司は思わず笑みを浮かべた。
「それはそれは、まぁまぁ、うふふ」
司の、それはそれは悪い笑みに嫌な予感のするジョブとゴイルだった。
前線で戦うドラゴン騎士団、自衛メインで戦うペガサス騎士団と大きく分けて二つの騎士団が帝国には存在する。
ペガサス騎士団の多くは貴族や豪商の息子などが多く所属しており、ドラゴン騎士団は実力者、貴族の5男や名を馳せた盗賊の頭領などが所属している。要するに名を上げるチャンスはあるが、死んでもかまわない連中だ。
ちなみにドラゴン騎士団、ペガサス騎士団をまとめ上げているのが王都騎士団。その総騎士団長を務めていたのがグィン・ナラールだ。
ドラゴン騎士団には10の騎士団があり、レッドドラゴン、ブルー、ホワイト、ブラックなどなど、色で分けられている。
で、レッドドラゴン騎士団はどういう毛色の騎士団なのかと言えば、ゴリゴリの武門の一族が務めている。傭兵上がりやら山賊あがり、貴族のボンボン上がりなど沢山ある中で、ゴリゴリもゴリゴリ、もうゴリゴリすぎて話が通じなくて逆に弱くなっていると有名な騎士団がレッドドラゴン騎士団なのだ。
話を聞き、その足ですぐさま司が城に戻ると、さっそく城から追い出されていたユリナたちの姿があった。
「ああ、ユリナ。どんな感じ?」
「強盗の方が紳士的でしょうね」
さすがに腹に据えかねている様子だ。ユリナの実家から来た5人のメイドと孤児たちも、どうしてくれようかとご立腹のようだ。
「ここは僕に任せて、ホットシータウンでのんびりしていて」
ユリナの耳元でささやく。
「彼らには貧乏くじを引いてもらう予定だから」
奥さんは満足そうに頷くと、アルバートの馬車に乗りホットシータウンへと向かっていった。
中に入ると何人もの騎士団であろう男たちが自分たちの城だと言わんばかりに模様替えに勤しんでいた。そんな彼らの横を通り、普段は使われていない大部屋へと向かった。
案の定、レッドドラゴン団長はそこにいた。
団体が止まりに来た時に食堂になる予定の部屋で、長テーブルに地図を置き軍師らしき男たちと作戦について話し合っていた。
「ツカサ卿か。今よりここを作戦本部として接収する」
こちらに一瞥するとすぐに地図に顔を向ける。
司は英雄スマイルで受け答える。
「もちろんです、リスル爵。素早い援軍感謝いたします。何かお困りのことがあればすぐに言ってください」
リスル男爵。消して地位は高くないものの、彼に逆らう者はいない。
めんどくさいから。
グィンとはまた違った筋肉の付き方をしたクレーかかった白髪の老人で、毎日殴られ続けてまぶたが太くなりましたと言うような細い目をした、胃がつい顔をした男だ。
「娘の恩がある」
「いえ、世話になっているのは僕の方ですから」
リスル爵の娘を、司は雇用していた。
婚期を逃し、クソまず料理を作り出し、さも自分は右腕だと言うようにしゃしゃり出てくるクソ女、料理長ブレンダ。
そう、ブレンダの実の父親がリスルなのだ。
物事がトントン拍子に進んでいるから忘れがちだが、司の領地はろくでもない場所なのだ。何もない荒野、かつては魔族が支配した土地であり、魔族の本拠地である島からいつ再び魔族が攻めてくるかもしれないよう場所。
そんな場所に急いで司たちを助けに来てくれるような殊勝な騎士団は誰もいない。
金銭の報酬が少なくてすみ、そのうえ強い騎士団の援軍でなくてはいけない。あれやこれや手を回し、どうにかこうにか得られた縁が、レッドドラゴン騎士団だったのだ。
司は懐から護符を取り出し、テーブルに置いた。
軍師たちはその危険性に気が付いているようだが、口出しすることができなかった。これも、きっとリスルの教育の成せる技というものだろう。
「では、こちらの戦力とレッドドラゴン騎士団の戦力を話し合いましょう」
「必要ない。こちらですべて行う」
「何をおっしゃられているのか、彼らは魔族ではなく魔族から逃げ出してきた難民である可能性があります」
「あの島から来た者はすべて魔族だ。例外はない」
いつもの調子で平坦な口調で言い放った。
二人の軍師らしき男たちは蒼白な表情で護符に手を伸ばそうとしたが、司はサッと手の届かない場所に移動させる。
「そんな! 無駄に血を流す必要はありません! 彼らには彼らなりの事情があるのでしょう、もしかすると何もせず島に帰っていくかもしれません」
「下らん。敵の戦力を削るチャンスだ」
「そうかもしれませんが」
ええ、あなたならそういうでしょう!
「交渉の余地があります。自衛の軍があります。先駆け軍の精霊騎士団の協力も必要です」
「必要ない。我々レッドドラゴン騎士団だけで十分だ。貴様らは何もせずジッとしていろ」
フン素人が、黙っていろ。
リスルは聞くつもりもないと再び地図を眺め始めた。
司は心の中で、そうそう、それでええんやでと心の中でほくそ笑んだ。




