第29話 続ホットシータウン
ボサボサの髪の男は、ゆっくりと顔を上げると笑みを浮かべた。
「殺してやるよ」
ゆっくりと剣のような長いナイフを引き抜く。
「貴様が世界を救った英雄だろうと関係ねぇ。テメェは無様に這いつくばって許しを請いながら死ぬことになるんだよ!」
ダン!
山積みにされていた草を切りつけた。
ダン、ダダダダダダ!!!
素早く丁寧に草を切り分けていく。
「そう、美味死することになるぜ!!」
巨大な鍋に肉やキノコ、そして大量の草を入れて煮ていく。
そして自信満々に司たちの審査員テーブルに大きなどんぶりに入ったスープを並べていく。
「ヒャハハハ!! 旨いもの食って死ねるってのは幸せだな!」
その未知のスープを前に、審査員たちは顔をしかめる。
「なんだ、この草のスープは。奴隷の雑草を煮込んだスープか?」
そう言いながら、四角い顔の男、ログエルはスープを口にした。
「なっ、なにぃ!?」
ログエルは一瞬吐き出しかけたが、無意識のうちに飲み込んでいた。
そして無意識のうち口へと運んでいた。
「な、なんだこのスープは!? 酸っぱいのに辛い!?」
「おおっ! この香りは一体何なのですの!?」
隣に座る女性も叫んでいた。
金髪で縦ロールの貴婦人は、社交界の赤き薔薇、レディ・ローズ。美しきファッションリーダーは白い肌を赤く染め上げながら衣類をはだけ始めた。
「熱い! 体が熱くて仕方ありませんわ! 毒? ああ、でもこんな甘美な毒ならば死んでもかまわない!」
「死ぬものか! 逆に死人が黄泉がる!!」
仮面舞踏会に使われる金縁の白い仮面をつけた男が高らかに声を上げた。
「これは遥か西でとれると言われる薬草! それも一つや二つじゃない、信じられないほどの薬草を使用している! 癖の強い風味を何と完璧にまとめ上げているとは、恐れ入った! しかし、この酸味は一体何なのだ? 味わったことのない美味さだ!」
白マスクの男は恥じらいもなく堂々と上着を投げ捨て、均等の取れた体を惜しげもなくさらした。
正体を知る司は動揺する。
顔を隠しているが、彼は帝国の元王位継承権第二位のアリアなのだ。
「うまい! うますぎて手が止まらない!」
「ヒャッハッハ!!! そうさ! これがオレが発明した料理・・・」
「トムヤムクンか」
「あ?」
ツカサが呟いている間に、他の審査員たちは次々と用意された点数を次々と出していく。
ログエル、10点。
レディ・ローズ、10点。
アリアならぬグルービーマスク、10点。
司は戸惑いながら、5点の札を上げた。
「5、点だと?」
ボサボサ頭の眼つきの悪い料理人、ウーラは呆然とその点数を見た。
5点、それはウーラの前に料理を出した魔族の女が作った肉料理よりも低い点数だった。
「おめでとう、ウーラ君。君の料理は素晴らしかった。初代料理キングとしてホットシータウンの一等地にレストランを作る権利を与えよう!」
集まった観客たちも少し釈然としないような雰囲気だが、観客たちは初代料理キングに惜しみない拍手を送った。
「ふ、ふざけるな!」
ウーラは叫ぶと、なんと面前で領主の胸ぐらを掴み上げたのだ。
「オレの料理が、10点じゃないだと! あの魔族の女よりも点数が低いだと!? 貴様が魔族伯爵だからって贔屓してんじゃねぇのかよ!!」
青ざめた護衛の騎士たちが動き始めたが、司は彼らを止める。
そして、観客にも心配ないと手を上げ安心させる。
「不満なのかね、料理キング?」
「オレの料理は満点じゃなきゃ意味がねぇんだよ!!」
「ふむ。なら、せっかくだからラビカの肉料理を食べてみたまえ」
「はっ! ただ肉を燻製しただけの・・・っ!?」
ウーラは司を押しのけ、審査テーブルに残っていた肉を口にする。
「!?」
彼は衝撃を受け、魔族の女に顔を向けた。
身長は190センチほどの、魔族にしては低身長の華奢な女性。呪術師と呼ばれる種族で、カラスのような黒い翼で薄着の体を隠している。
ラビカは未だに数多くある魔族の隠れ里の一つからやってきた、ある意味指導者的地位にある。魔族の場合、人間と同じように感がない方がいいのだが・・・ここでは別の話だ。
「な、何の肉だ。いや、ドロッポの肉で間違いないんだがっ」
ドロッポ、巨大なトカゲだ。
この世界での牛に近い生物で、のんびりとした動きで草食の生き物で家畜として多く飼われている。牛のように牛乳は取れないものの、その肉は広く食べられている。皮の加工もドロッポという生き物のおかげで発展しており、皮製品の多くはドロッポの皮だ。
「ドロッポは、肉はよく取れるが筋張った硬い肉だ。シチューにでもしなきゃ食えたもんじゃねぇはずだ。なのになんだこの肉、噛みちぎれるほどに柔らけぇ!」
ラビカの調理場にはまだ肉が残っており、ウーラは飛ぶかのような勢いでその肉にかぶりついた。
「柔らかいだけじゃねぇ!? なんて旨味、旨味が増してやがる!」
「我らは肉しか食べない。故に、肉の本当の美味しさを知っている」
そう言いながら、ラビカもウーラのキッチンからスープを飲み、驚いたように頷いた。
「草のお湯。これはうまい。納得の敗北だ」
「いやいやしかし、英雄ツカサの低点数の理由が聞きたいのだが?」
グルービーマスクは混乱し始めた会場の収集をつけるためだろう、司に話を振った。
「彼の料理は確かにうまい。だが、再現できるとは思えない」
審査員たちは夢から覚めたかのようにハッと顔を上げた。
「そう、このハーブ、薬草は簡単には手に入らない。僕が提示したテーマは、ホットシータウンの特産品になる一品だった。だが、残念だがこれを特産品にするとなると、まぁせいぜい日に10杯作れるかどうかじゃないかね」
ウーラは言葉を詰まらせる。
「それに比べドロッポの肉は、いつでもどこでも手に入る。この熟成肉は、それでいてマネができない。ラビカの天性の才能が生み出す奇跡の肉と言っていい」
「う、うむ。確かに、あまりの美味さに衝撃を受けてしまったが、確かにこのスープはレストランで並べるのは難しいかもしれん」
ログエルの言葉に、ウーラは顔色を変える。
「なんだテメェ! テメェは10点出したろが!」
「そう怒るな、ウーラ君。君は料理キングなんだ、胸を張りレストランのオーナーとして頑張ってくれ」
司が割って入り、再び観客に拍手を求める。
小さな拍手が会場を包む中、ウーラはボサボサの髪をガリガリと搔き毟り始めた。
「ふざけんじゃねぇ!」
そうしてスープの入った鍋を蹴飛ばした。
「こんなんで料理キングなんか名乗れるかッッッ!!!」
「ならどうするつもりなんだ、ウーラ君!」
司はまるで舞台俳優のように声を張り上げ手を上げた。
「もう一度だ・・・」
「聞こえないな、ウーラ君」
「もう一度だってんだろ!!! もう一度クッキングバトルを開催しやがれ!! 次は貴様らを、テメェら全員美味死してやるからな!!」
うおおおおおおお!!!
思いもよらないアクシデントに、観客は歓声を上げた。
さすがはグィン・ナラール卿の推薦しこちらに寄こしてきた人物だ。司はこの町に新たな娯楽が生まれる瞬間に立ち会え、心から満足した。
司は、何となく自分が作り上げた町の中を一人で歩いていた。
すっかり手を離れた自分の町は、一ヵ月もしないうちに様変わりしていた。
魔族の力を借り、どんどん建物が建ち始めている。
道には多くの吟遊詩人が歌い、道行く人々は拳を振るってキャプテン・ホワイトの戦いを称賛していた。
そして今日のクッキングバトルの思わぬ結果を伝える紙が町中に今まさに貼られている。
「人の心ってのは、簡単だな」
その様子を見ながら、ぼんやりと思った。
商人は、金になるなら親の仇だろうと握手をする。
彼らは魔族が実に素晴らしい労働力であることを知ると、まるで最初からの権利だと言うように魔族を雇い入れていた。
この町に遊びに来る者たちは、不思議なほど魔族に対しての嫌悪を向けていなかった。
もちろん全くゼロというわけではないが、魔族を指さし殺せと叫ぶ者も、なにをしても許されるんだ! という者も少ない。
案外と、命をとして戦ったもの同士は、握手ができるのかもしれない。
「あーあ、ほんと、この世の中は分からない事ばっかりだな」
小学校でも、中学でも教えてくれなかった。
この世の中は、想像以上に脆い。
砂の城を、裸のオッサンたちが取り囲んで雨や風を防ぎ、満ち潮で崩れる城に悲鳴を上げながら形を整えていく。それが、その程度が、人が生み出せる社会なのだ。
「何か大きなものに支配されていて、なんて思っていたこともあったけど、世の中そんなに簡単なら苦労もしないか」
路肩で売られていた違法の出店で焼き魚を買い、それにかぶりつきながら沢山の物語に溢れる街を心弾ませながら歩いていた。
そうしていると、見覚えのある白いマントの子がちらほらと走り回っていた。
はて、彼らは町づくりがいったん終わり、孤児院で職業訓練とかこつけた学校で勉強しているはずなのだが。
どうしたのか聞きに行こうとしたが、その前に彼らの方がこちらに走ってきた。
「お、お父さん! 見つけた!」
「どうしたの?」
頭を撫でて持ち上げると、その子は耳元でささやいた。
「魔族が、海から来てます」
設定メモにして残してないから、なに書いて、なに書いてないか、すでに混乱中




