第2話 ウリュサの商人ギルド長ログエル
四角い顔の男は怒りに任せテーブルを殴りつけた。
「話が違う!」
伯爵に対し商人ギルド長といえ、随分無礼な態度だ。
もし司でなければ財産没収、もしくはこの場で殺されていても文句は言えない。それほどまでにこの男は、司のことを舐めているということだろう。
司は彼を勘違いさせただろう、東洋人の幼い笑みを浮かべた。
「誤解です。特別枠から外れたのはこちらも色々と事情があるんです」
「話にならん! こんな売り言葉に買い言葉のような商談に乗るわけにはいかん!」
職人ギルド長のログエルは、癖のある職人たちをまとめ上げているドスの利いた声と睨みを利かせてこちらを脅してくる。
「そもそも特別枠に入れるなんて言っていませんよ」
「ふざけるな! こっちは税が減ることを見越して動いているんだ! どれほどの損害が出るかわかっているのか!」
勝手に勘違いしておいて、そんなもの知らんがな。と、心の中で呟いた。
武具や日常品、建築などをすべて一手にまとめ上げている海千山千の男。世間知らずのボンボンをカモにしている、命令には絶対に従う、そう信じていたのだろう。
「僕は貴族たちに対し、あなた方の意見が反映されるよう努力してきたつもりです。特別枠は、今は利益が出ていないが今後伸びてもらう必要のある職業に充てられるものです。職人ギルド全部なんて普通無理ですよ」
司の言葉に、ログエルはさすがに言葉を詰まらせる。
司の土地にはまともな街はウリュサしかない。この新たなる土地で新規開拓を目指す貴族が多く集まっており、伯爵としての権限だけでは決められない状況に陥っている。貴族たちは議員となり、ウリュサの運営は議会が決めるのだ。
司は議員を貴族だけではなく、一般人、ログエルのようなギルド長にも積極的に加入させるように尽力した。中学の社会で習った、たしか楽市楽座? みたいな? そんなあやふや記憶で下手にお上が口出ししない方が上手くいくというノリで決めたことだ。
そして、今ログエルが何に怒っているのかと言えば、税を軽くしろ、いや無理だという話だ。彼からすると自分は飼い犬であり、当然税収は軽くなると思い込んでいたのだ。
「困りましたね」
ログエルは脅せば怯えて何でも言う事を聞くと、今現在ですら思っている節がある。相手が魔王と戦った英雄だとわかっているのだろうか?
「わかりました、こういう話ならどうです?」
ログエルはウリュサの町の実質的な支配者と言っていい。ここに集まる貴族と言えば、社交界で脱落した有象無象ばかり。金と権限だけはある連中とログエルでは、どちらを優先しなければいけないかなど考えるまでもない。
「ウリュサは思いのほか好調です。ログエルさんのおかげです」
四角い顔の男は当たり前だと頷いた。
「しかしそれでは面目がたたないのがグィン・ナラール卿だ。軍事境界線を守っていた実力者でありながら、この僕のせいでお払い箱だ」
隣の領地を守るグィン・ナラール伯爵は騎士団長でもあり、マリグ帝国でも信頼の厚い紳士だ。正直、グィン卿と事を構えるのは避けたい。
「そこで僕は何かしらグィン卿に救援を求める予定です。ああ、新参者の僕では伯爵としての実力はまるでない! どうかお助けくださいませんかグィン卿! そういう風にね」
ログエルは目を丸くして、舌打ちをした。
この世間知らずの馬鹿が、貸しを作れば一生たかられる。次の代、次の次の代までずっとモリオウ領は間抜けが納める領地だと言われ続ける。そんなこともわからんのか。
そういう声が聞こえてきそうだ。
「いろいろ考えたんですけど、職人の数が多いに越したことはないですよね」
「・・・何の話だ?」
「職人の数を増やそうという話です。新たに街を作らなければいけない事ですしね」
「何を言って、十分職人の数は足りて・・・貴様」
不敬なことに、この男は伯爵の胸ぐらを掴み上げた。
「俺を追い出すつもりか!」
「誤解ですよ」
司は優雅に職人の手を払った。
「多いというのなら、少し減らせばいいでしょう。もちろんリスを作るのはログエルさんです。・・・言っていること、わかりますか?」
四角い顔の男は頭を全力で頭を回転させ始めた。
そして、理解が及び始めた頃に言葉を続ける。
「リストアップさえしてくれれば、こちらが手を回しましょう。ログエルさんは何一つ手を汚すことはない」
色々計算し、ニヤリと笑みを浮かべた。
こいつは馬鹿だ。馬鹿だがこちらに利がある。どうやら俺に恩を売りたいようだが、いずれ自滅する馬鹿だ。せいぜいおいしい汁だけを吸わせてもらう。
彼からそのような声が聞こえてきそうだ。
「税のことは、まぁちゃらにしてやる」
「それはありがたい」
数日後に使いを出す旨を伝え、ログエルを取りのこし部屋を出た。
司はギルドの職員に馬車まで案内されれながら、一人ほくそ笑む。
まさか特別枠に入れると思っていたことには驚いたが、何とか機嫌を損ねることなく収集をつけることができた。それに咄嗟とはいえ、もしかすると頭が痛かった問題を一気に解決することができるかもしれない。
「ログエルさん、あなたは素晴らしい政治家だ。頭が回り、とても経験豊富だ。あなたのような立派な政治家が煙たがる人物というのはどのような人物でしょうね」
期待通りに活躍してくれることを望みながら、司は思いもよらない結果になるであろう確信があった。