第28話 二輪の薔薇 後編
純朴そうな少女は、子供のようにコロコロと表情の変わる面白い子だった。
むすぅっとしたかと思えば笑いだし、真剣な表情に変わるとびっくりしたように目を丸くする。なるほど、ついついからかいたくなる気持ちもわかる。
「カルト教団を軽く考えてはいけません。そうした集団は社会不安が広がる時に現れるものですから、危機感を持って行動すべきです。いきなり反乱が起きるかもしれない」
「反乱!」
そんなこと起きたら私の家なんて五秒で火が上がりますよ!
わたわたとする少女を落ち着かせる。
「そのような危険性があるので気を付けましょうと言う話です。今は大きな戦争の後、どこも情勢不安が広がっています」
「そうですよね! すべては人のため、民のため! 頑張らないといけないってことですね!」
「ええ、まさしくその通りです」
社交界の美しき二輪の薔薇が一人、白薔薇セェラ。
可愛らしい子だ。
「具体的には何をしたらいいんでしょうか!?」
司は微笑む。
「いい質問ですね。実際問題、それが一番難しいんです。正直なところ、誰もわからないんですよ」
「誰も? ツカサ様も?」
「もちろん僕もです。試行錯誤、だからこそ面白いんですけどね」
「不謹慎だ! 人の命がかかっているというのに楽しむとはどういう了見か!」
周囲を取り囲んでいた男たちの中で声が上がった。
一人の若い青年の言葉に、彼らはそうだ! 遊びじゃないんだぞ! と次々と言われ始めた。
彼らは陰謀渦巻く社交界から逃げ出し、セェラに癒しを求めていた面々だ。彼らからすると司は敵でしかないのだが、その敵が女神であるセェラと仲良く話していることが不満でしょうがなく、チャンスをうかがっていたのだ。
「確かに不謹慎だった」
司は申し訳なさそうに頭を下げた。
「謝罪させてほしい、ごめんなさい」
彼らはぐっと口を紡ぐ。
謝罪は扱いの難しい武器だ。腹黒の友人たちに使えば、「言質は取った! 徹底的に搾り取れ!」となるが、彼らのようなピュアナイト君たちからすると「潔し! これ以上問い詰めるは悪である!」となる。
「いえ、自分も言いすぎました」
若い青年が謝ってきた。
・・・残念、「揚げ足を取ったぞ! 勝利だ!」と、言われた方が、実のところ選べる選択肢が多かったりする司だった。
「しかしセェラ様、あなたの悩みはなかなかに難しい。いつでも相談に乗りますよ」
「う、うん。でも・・・」
セェラは少し恐ろしそうに取り囲む男たちを見た。
「困ったことがあったら相談してほしいなんて言っておきながら、仕事の話に汚されたくないなんて言いませんよ」
司はにっこりと口にした。
「僕は仕事の話を聞くのが大好きなんです。困りごとなんて仕事の話しかないでしょうからね」
チクリと皮肉を言うと、彼らは悔し気に視線を外した。
王女のナイト役にもなれず、司の目的だった情報源にもなれず、更に敵対行為をしてきたのだ。少しぐらい罰を受けてもらわねばならない。
「今度、君の国へ遊びに行ってもいいかな?」
「え? 何もないですよ?」
ざわっ、ピュアナイト君たちはざわめく。
「僕の故郷では友人の家に遊びに行くのは、目的をもって行くものじゃないんだけどな」
セェラは子供のような笑顔を浮かべた。
「うん! ちっちゃな国だけど遊びに来て!」
男たちの気持ちも知らず、セェラは快く了承した。
司はセェラ達との集団を離され、腹黒の友人と談笑していた。
すると肩を怒らせた黒いドレスを着た妻がのっしのっしとやってくる。
「あなた、少しいいかしら?」
「もちろん。失礼、妻を優先したいので」
そう言って友人と別れ、ユリナと二人っきりになる。
不機嫌そうにしている妻はしばらく黙っていたのだが、急に笑い始めた。
「どうしたの?」
「だって、あなた・・・あなた、そんなに不機嫌そうな顔見たことないわ!」
英雄スマイルを絶やさない司は、自分の頬を抓った。
「そうかな?」
「よほど白薔薇様はお苦手のようで?」
「・・・裏表のない人は苦手かな」
人目がなければ妻にキスでもしなきゃやってられない気分だった。
「そっちはどうだった?」
「嫌味の応酬ね。悔しいけどわたくしの負けでしたもの、分の悪いケンカでしたわ。そうだ、今度ホットシータウンにローズが視察に来るらしいの。せいぜい歓迎してやろうと思うのだけど、協力してくれますか?」
「丁度いいイベントがあるじゃないか。いろいろやってると、時々変なタイミングで噛み合ったりするから、不思議だよね」
ファッション好きの女子どうし、心温まる交流ができたようだ。
不機嫌な自分に気を遣わせてしまったのか、彼女はしばらく静かに隣に立っていた。
するとらしくもなく、彼女は司の手を握った。
「このまま、逃げよっか」
面白そうに言ってきた。
「何もかも投げ捨てて、二人で小さな牧場を経営するの。たくさん人を雇って、わたくしたちはずっと一緒」
「子供は3人欲しいな。大きな犬を飼ってさ、子供たちが犬と遊んでる姿を二人で見ているのが僕の夢なんだ」
「素敵ね。あまりに縁遠い話だったから、そんな夢、全然思い浮かばないの。もう少し話をしてみて」
「そうだね・・・」
なんとなく、元居た世界の一軒家、リビングが浮かんできた。
「朝起きると娘と顔を合わせるんだ」
「うん」
「僕がおはようって言ったら、娘は舌打ちして離れていく」
「あらま」
「しょんぼりしながら君が座るテーブルに着くんだ。僕は機嫌が悪かったのかなぁって君に聞くと、君は興味なさげに、そういうもんよって言うんだ」
「そうね」
「そっか、そういうものなんだって僕が呟くと、君が少しだけ笑って、そういうもんよってまた言うんだ」
「・・・」
「それだけ」
それは何でもない一日の話。
それは、司とユリナでは決して起こりえない未来。
「なんだかちょっと、本当にこのまま逃げ出したくなったわ」
ユリナはちょっとだけ司の手を強く握った。




