第27話 二輪の薔薇 前編
社交界には二輪の薔薇と呼ばれる貴婦人がいた。
その一人、レディ・ローズはこの会場の中で、異様な存在感を示していた。
自分の背丈よりも巨大な髪に大量の花が刺しており、誰もがギョッと彼女を見ていた。
「くっ・・・さすがレディ・ローズ。わたくしの、負けですわ」
「えええっ!?」
無念そうにつぶやく妻のユリナに司はギョッとした。
ユリナの姿もまたかなり攻めた格好だ。
黒いドレスに背中が大きく開いており、頭にはフェイクの角が付けられている。それは魔族を模した姿で、魔王の子ロラに送られたドレスと対になるように作られているのだろう。
贔屓目に見て、あのオモシロ花ボンバーよりユリナの方が美しく映る。
「攻守、実にバランスのいい、完璧よ」
ユリナは敗北者の虚ろな目で呟いた。
戦争が長く続いてしばらく軍服を模した地味なドレスが支流だったわ。だけど戦争が終わり鬱憤を晴らす様に華やかな恰好がもてはやされたの。それもいい加減落ち着き始めた感じが今。わたくしは地味な黒いドレスでありながら華やかさと新しさ、新しい時代を告げるに相応しいコーディネートをしたつもり。それは戦争で後継ぎと孫を失われた公爵様の誕生日に相応しいメッセージが込められているの。だけどそれは、捻り過ぎている。魔族は英雄ツカサに敗北し、今はモリオウ領の奴隷となっている。
そう、伯爵様を苦しめた魔族は英雄ツカサによって収められた。これは戦争に勝利をした喜ばしい姿なの。残念だけど、このことは伝えなければ伝わらない。だけど、レディ・ローズは、シンプルな答えだわ。
言ってしまえば、この場を華やかにしている花瓶ね。
ドレスは戦時に作られたような地味なデザインのドレスだけど、その髪はまさに喜びにあふれているわ。素晴らしい日ではあるけれど恒常化した誕生会を一気に明るくしてくれている。そう、彼女がそこにいるだけで会場のランク上がっているの。
奇抜でありながら保守的、そしてシンプルにこのめでたい日を祝うコーディネート。
なんて強烈なメッセージ! 今日こそは、このドレスならレディ・ローズに勝利できると思っていたのに・・・悔しい!
「へーすごいなー、すごいすごい」
高度すぎて司は半分も頭に入ってこなかった。
ユリナはキッとレディ・ローズに顔を向ける。
「敗者は勝者に首を下げに行かねばなりません。ツカサ、あなたも成すべきことを成すのです」
「う、うん」
そう言って彼女はレディ・ローズの元へと歩んでいった。
社交界には二つのピラミッドがある。
一つは身分によるヒエラルキー、そしてもう一つが女性たちによる美の競演。
女性たちは流行やファッションで美を競い合っているのだ。
ユリナ曰く、
「女性の美しさは女性が決めるの。異性に好まれる格好じゃないことは理解している、だけどこれは女の戦いなの」
その美の頂点に立つのがレディ・ローズなのだ。
ユリナは彼女に果敢に挑み続けているが、大輪の赤い薔薇の前に膝を屈し続けているようだ。
そして忘れてはいけない、大輪の白い薔薇もまた存在する。
レディ・ローズの周りには女性が多く集まっていたが、彼女の前には多くの男性が集まっていた。
戦後、帝国の一部となった山岳にある小さな国の王女セェラ。
美人、というより可愛らしい女性だ。司でもわかるどこか古めかしい地味なドレスに、民族衣装なのだろう、不思議な文様の入ったポンチョに髪飾りをつけている。
陰謀渦巻く社交界、女のプライドをかけた戦場、だが集う者すべてが戦士というわけではない。むしろ、ついて行けない者たちの方が多い。そんな逃亡兵たちが逃げ込むオアシスこそが、白い薔薇セェラなのだ。
牧歌的で純朴、成人しているはずなのだが幼さの残る彼女の周りには自然と多くの人が集まっていた。
「・・・・・・」
司の、一番苦手なタイプだ。
悪党はいい。シンプルで、分かりやすい。金、権力、女だ。
その点に関して、ピュアナイト君たちは複雑怪奇、心が見えなければ彼らを喜ばせることはできない。
できれば関わりたくない集団なのだが・・・取るに足らない身分の貴族もいるが、とんでもない高貴な方もいらっしゃるのだ。
苦手だろうと、どうにかセェラ一派の方々と仲良くしなければいけない。
えいやっさ! と重い一歩を踏み出した。
オアシスで逃亡兵たちが、司が接近してくることに騒めいた。それはそうだろう、平和を乱す害獣がのっそりと向かってくるのだから。
「これはモリオウ卿、こちらに顔を見せるとは珍しいですな」
「ええ」
一人の貴族が、身をていして守るように前に出てきた。
実は少し安堵する。司の目標はセェラではなく、話しかけてきた高貴で尊い方と仲良くなることなのだから。
さて、どっちだ?
アイドルのファンなら、セェラの尊さを語れば共感できる。
しかし妻にしたいと思っているのなら、下手に褒めると独占欲により敵視されるだけだ。
「恥ずかしながら美しい薔薇に引き寄せられました。妻はもう一輪の薔薇に引き寄せられているようですからね」
セェラを褒め、妻を持ち出して無害であることを伝えて見た。
・・・・・・
・・・
・・
分からない!
彼らの表情が分からない!?
何か怒ってるような、安心しているような、ライバル出現にぎらついているような、伯爵という地位にビビっているだけのような、なんとも表現しづらい空気。
このピュアナイト君たちの正解が全然わからない!
「いやはや、なにをお考えかは知りませんが、ここでは勝手な行動は控えてもらいたい。我々全員で立ち向かわねばなりませんよ」
「・・・」
それはそれは恐ろしい! 僕はあなた方の奴隷です、何なりとご命令してください!
と、いつもの調子なら言っていただろうが、何とか飲み込んだ。
ピュアナイト君は烈火のごとき怒り狂い、殴りつけられかねないのだ。
「ええ、もちろん。心にとめて・・・」
英雄スマイルで何とか乗り越えようとした時だ、集まった男たちは戸惑いながら道を開け始めた。
開かれた道から現れたのは、そうセェラだった。
「は、初めまして! あたしは、セェラと申します」
「初めまして、レディ。僕は・・・」
「ツカサ・モリオウ様! ああ! お会いできて光栄です!」
キラキラした瞳に、司は少し困ってしまう。
もしこれが「ぐへへ、英雄伯爵と仲良くなるチャンスだぜ!」なんて考え行動していたのなら、司の好感度は爆上がりだった。
が、残念だが、セェラは本当に心から、話せることが嬉しくてしょうがないといった風だ。
「あたし、ツカサ様の物語が大好きで! あ、物語じゃないんですよね」
「お聞きになられた物語によりますね。吟遊詩人というものは話を大きくするのが大好きですからね」
彼女の瞳は、物語の主人公が今まさに現れ出たかのように乙女の瞳になっていた。
取り囲む男たちと、そして司も「どうしようか?」という、なんとも妙な雰囲気になってしまった。
土日は休みます




