第24話 アリア
自然に包まれたこの領地は、隠居した王族のアリアが治めている地だ。
ここは貴族の保養地として整備され、人通りは少ないものの街並みは洗練された美しい景観が広がっていた。
高級の衣類店や小物店が並び、道に立つ吟遊詩人もホットシータウンに集まった浮浪者のような姿ではなく、美しく整えられていた。
司は小さな小物店に入り、適当に指輪を購入して、この国で最も優美だとされる森に囲まれた城へと向かった。
結局案内された部屋で改め待たされる羽目になったが、それももう覚悟の上だった。
赤茶色の唐草毛様の壁紙の部屋で、大きなピアノや楽器が置かれている部屋だった。部屋の広さからみて楽団を呼び楽しむための部屋ではなく、自分で演奏して楽しむための部屋なのだろう。
それから小一時間待たされ、やっと扉が開いた。
「アリア様、お久しぶりです」
「やぁ、ツカサ。君も元気そうで何よりだ」
アリアは恭しく礼をする司を横目に、置いてあるケースからバイオリンを取り出すとおもむろに弾きだした。
司は相変わらずだなと苦笑する。
短い髪、整えられた口ヒゲをした色白で細身、無口なこの方が、かつては王位継承権第二位、今もなおアリア派と呼ばれる貴族がいる頭領的な人物だ。
彼も、ユリナと同じように幼い頃から政治に関わり続けてきた。前向きに受け止めたユリナと違い、彼は極度の政治嫌いになっていた。
王位継承権第三位であった現国王のユリオスが、継承権一位のユリウスから奪おうとした時に真っ先に寝返ったのが、第二位のアリアだった。
電撃的な手のひら返しに、彼と親しかった貴族以外は取り残されることとなり、アリアはその様子を見て手を叩いて笑ったものだ。
「・・・・・・」
しばらく演奏を聴いていたのだが、アリアは小さくため息をついてバイオリンを下した。
「・・・わかったよ。君を敵に回すのは得策ではないことぐらい理解しているつもりだよ」
「ありがとうございます」
アリアはピアノの椅子に座り、何の用だい? と聞いてきた。
「あまり面白くない話と、提案と、悪だくみです」
「ふむ」
疑心の目を司に向けてきた。
アリアは決して、ただの聞かん坊じゃない。それどころか3人の王子の中で最も思慮深い。彼が自分の後援者を切ったのも、あくまでアリアを利用し利権を貪ろうとした者ばかりだったから。
彼はジェスチャーで続けて、と促してきた。
「クリメント子爵とコーマン子爵、ステロ伯爵について聞かせていただけませんか?」
「あのズッコケ三人組か?」
目を丸くするアリアの言葉に、司は思わず笑ってしまう。
「ちょくちょく暗殺者が僕の領地に遊びに来ましてね。彼らに話を聞くところによると、その三人の名前が挙がってきたのです」
彼ら三人はアリアに切り捨てられたアリア派のメンツだ。
切り捨てられたアリア派は、もはや何がしたいのか理解できない行動を取っていた。すでに売国奴と言っていい行為を繰り返しており、今までの地位を利用してうやむやにしているが、普通にアウト事案が多い。
「ありえん」
アリアは一笑に付した。
「クリメントは騒がしいだけで、コーマンはただの腰巾着だ。ステロは多少頭が回るが、だが自発的に行動を取る人間ではない。他者の行動に対してアンチテーゼを示すのが得意だが、行ってしまえば誰かが行動しなければ何もできない男だ」
想定外の内容に司は言葉が詰まってしまう。
諸悪の根源はステロ伯爵だとばかり思っていたのだが、慎重派のアリアがここまではっきりと違うと言っているのならば、それは信用に足る言葉だ。
「更に、黒幕がいると?」
「あのズッコケ三人組が動いているというのなら、間違いないな。性質的に奴隷なのだよ、彼らは。誰かに依存していなければ何もできない」
力になれたかい? その表情に司は心から感謝の意を示した。
次に、司は胸元から指輪を取り出す。
「この指輪、どう思いますか?」
「なかなかいいものじゃないか」
「この町で買わせていただきました。そして、この指輪は旅の途中で今は亡き友人たちと友情の証として購入した指輪です」
「・・・」
この町で購入したのは銀の指輪、そして宝石が付いている高級品だ。
しかし旅の途中で購入した指輪は、木製で何もついていない指輪。ファッション感覚で誰でもつける安物。だが、その細工の美しさに目を奪われる。
「申し訳ありませんが、この町で購入したこれは、銀の棒に無加工の石を乗せただけにしか見えません」
アリアは不満そうに手を広げて肯定した。
「僕は贅沢品を扱うことに関して、無駄だとは思わないんです。確かにこの国は戦争ばかり、大きな戦終わりで貧困に喘いでいます。しかし、今だからこそ文化文明を疎かにするべきではないと思っています」
金属加工や壺などの陶芸、歌や絵画などの工房を作ってもらいたい。司は金銭的な支援を送りたいと申し出た。
「なぜ私なんだ?」
支援をするぐらいなら自分で作ればいい。
今まさに街を作っているのだ、その一角に理想の工房街を作ればいい話だ。
「他に適任の方がいらっしゃるなら紹介していただきませんか? すぐにそちらに行かせてもらいますよ」
何でもかんでもできるわけじゃない、こっちだって暇じゃないんですよ? という意味合いを含めて返した。
「・・・・・・」
アリアは面倒だと思いながらも、それほど嫌がっていないように考え込む。
そして、らしくもなく微笑んだ。
「君と話していると、だんだんと楽しくなってくる。君の思い通りに動かされているのはわかるのだが、まぁいいさ。考えておこう」
「ありがとうございます」
アリアは再び押し黙り、じっとこちらの目を見つめてくる。
「最初の話が、あまり面白くない話で、工房の話が提案か?」
「はい」
「次に悪だくみか・・・恐ろしいな」
司は邪悪な笑みを浮かべた。
「まさか、それはそれは面白い話ですよ」
アリアは困ったように微笑んだ。




