第22話 グィン・ナラール伯爵
ホットシータウン。
カッコ仮り。
どんな街にします? と言われ、海が目の前で、お風呂場があり、妻とのんびり暮らせる街がいいなぁということでホットシータウンと、仮り決めをして街づくりをしていたのだが、想像以上に早く街の骨組みができてしまったので仮り決めした名前がそのまま使われるようになってしまった。
「というわけで、間抜けな名前になってしまったわけです」
集まった商人や貴族たちからは遠慮がちな笑いが上がっていた。
ホットシータウン説明会。この町で店を出そうとする商人、資金を出してくれるかもしれない貴族、すでに用意している施設の責任者などを司の城へと招いている。
パピルス、っぽい紙を束ねた書類を関係者に渡し、町の概要を説明。次に立食パーティーをしながら細かな質問を受け付ける形にした。
ユリナ、そして司にはすぐに人に取り囲まれ、質問攻めにあう。
「この「警察」というものは、私軍ではないのですか?」
一人の貴族らしき人物が質問してきた。
「戦争が終わり仕事にあぶれた傭兵や冒険者を主要メンバーにするとありますが、国から目を付けられませんかね」
「すでに許可は得ておりますよ。心配なら調べてもらってもかまいません。あくまでも治安維持の組織です」
「変わった紙、ですな」
また別の紳士が話しかけてきた。
「精霊騎士団の中に植物に詳しい人物がいましてね、紙を作るのに適した植物を教えてくださったのです」
「あ、あんた、これを量産する気はないかい!?」
太った煌びやかな装飾品をつけた男が話しかけてきた。
「もちろんあります。しかし今は資金ぶりが芳しくなく・・・」
「ああ出すよ! それよりこの文字だ! これは、ハンコのように字を彫って作ったのかい!?」
「活版印刷と言います。文字だけでなく絵や、他にも印刷をする予定ですが、これも資金がなくて」
「それだよ、それ! 紙もいいがそれに出資させてくれ!」
一人の貴婦人も話しかけてきた。
「この絵、実に分かりやすく理解しやすいですわね」
「ピクトグラムと言います。別の国の人たちでも理解しやすいようにと開発された絵文字です。これは僕の世界では沢山ありました。それにならいホットシータウンにも多く増やすつもりなんです」
「そんなことより出資の話を・・・!」
何かを落とす音が鳴り響く。
よりにもよって、貴族の男性に白いマントをつけた少年が思いっきり飲み物をかけてしまったようだ。
「出資の話は後で聞かせていただきます。失礼」
司は慌てて紳士の元へと向かった。
「失礼しました! お洋服を汚してしまい!」
「いやいや、かまいませんよ」
穏やかな微笑みを浮かべた紳士の姿を見て、司は仰天する。
「グィン・ナラール伯爵!? どうしてこちらへ!?」
「こんなに興味ぶかい話は聞いておきませんとな」
グィン・ナラール伯爵。
司の隣にある領地の領主で、魔族との戦いで前線であった領地を守り続けていた実力のある人物。総騎士団長であったこともあり、帝国の唯一の良心だと司は思っている。
見た目はガタイのいい飄々とした老人だが、その笑顔に隠された揺るぎない信念はあらゆる剣よりも鋭く硬いことを知っている。
「すいません、すぐに衣服を」
「いいよいいよ、そんなことより君と話したい」
ハンカチーフでささっと体を拭くと、グィンは司に近づいてきた。
「使用人に孤児を使っているんだね」
「申し訳ありません。人手が足りず、ご迷惑をおかけします」
真っ赤なウソだ。
ユリナの実家から信頼できる人物を5人呼び寄せており、お金を払えば臨時の使用人は集められた。だが、貴族の集まる社交界ではなく街の説明会なのだ、それほど気を使う必要はないだろうとの判断を下した。
孤児にチャンスを与え、社会貢献をしていますよというアピール。
子供たちに責任ある仕事を与え、失敗するという職業訓練。
子供に使用人をさせるなどなんと無礼者か! と、勘違いした連中を振るい落とすための判別用としても活躍してもらっている。
前の使用人たちのおかげで、謝罪をして回ることはすっかり慣れてしまっていた。
「いやいや、なかなか面白いことをする」
グィンはすべてお見通しだという視線を向けてきた。
理想の男、司もこのような人物になりと心から願える存在だ。
「それで、このような場所に何かご用でも」
清廉潔白さに憧れているわけじゃない。
決して見た目通りの優しいおじいちゃんってわけじゃない。一癖も二癖もあるならず者をまとめ上げ、生まれてずっと魔族と戦って来た男は一筋縄ではいかない。
「ツカサ卿、あなたに感謝の言葉を伝えたかったのですよ。仕事にあぶれた傭兵や冒険者は盗賊になる。国を守ってくれた勇士たちを犯罪者として罰せねばならぬ危機を救ってくれた」
「観光地にする予定でしたからね、治安維持はどうしても必要だっただけです」
グィンは挑戦的な笑みを浮かべる。
「いやいや、素晴らしい街になりそうだ。予想の斜め上を行っている。トイレに、お風呂。水の確保に塩、栄えることが約束されているようなものだ」
「別に隠す事でもありませんよ。もともと魔族が真水を手に入れる方法です。海水に魔法で熱した石を入れて、水蒸気を集めて水にする。副次的に塩も手に入るというわけです」
「その熱を使い、サウナも完備とは恐れ入った。街すべてに水が行き届くので?」
「まさか、根本的な解決とは程遠いですね。せいぜい特産品、ホットシータウンのおいしい水、ぐらいでしょうか」
水も塩も魔族の力無くしてあり得ない。まさしく知られて困る内容ではない。どうぞどうぞ、水や塩が欲しいのなら魔族をスカウトしてマネをしてくださいと言う話だ。
「この町は魔族なしではありえない。彼らにも報酬を与えるのですかな?」
「彼らの数は少ない。領地を与え、そこで暮らす。それが報酬です」
「奴隷とは違うのかね?」
「彼らが奴隷で収まることはありません。力でねじ伏せることはできませんし、必要とあらば女子供関係なく戦士となる。そして平然と命を捨てる」
「彼らは欲しがらないのかね? 金、名誉、女」
「彼らは個として成立しています。どれも必要ないんです」
なるほどねぇと考え込むグィン卿。
彼の真意が読めず戸惑う。
魔族の暴走を不安視しているのだろうか? それとも軍隊を集め国家転覆を目論んでいると思われているのだろうか?
「その、何か知りたいことでもありますか? グィン卿にはいろいろとお世話になりましたから、是非と恩返しがしたいと思っていたのです」
「いやいや、興味深い街づくりをしていると聞いて好奇心抗えなかっただけですよ」
ハハハと笑うグィン卿だが、司はまるっきり信用していない。
「しかし恩返しか、なるほどなるほど。では少々お願いがあるのだ」
「え、ええ」
これが本命か?
グィン卿は真面目な表情を浮かべ、そっとささやいた。
「実はね、息子たちに仕事を押し付けて、僕は早々に隠居させてもらったんだ」
「は?」
「これからいろいろと旅に出るつもりでね。世界中、冒険をしていた君におすすめの場所なんかを聞きたいと思っていたんだよ」
「え、ええっ!?」
お茶目に笑うグィン卿に、脱力する。
「そ、その、本当に引退なされたんですか?」
「息子たちは納得していないみたいだけどね、長年国に仕えてきたんだ、少しぐらいのわがままは許されると思わないかい?」
ああ、帝国唯一の良心が・・・
「そ、その、それで旅に出かけると?」
「僕の趣味は異国の戦士たちから聞く故郷の話でね、いつも心の中で冒険していたんだよ」
カッコいいなぁ、もう!
少年のような表情を浮かべるグィン卿にすっかり心奪われてしまう。
「護衛もつけず、一人旅の予定なのですか?」
「護衛? 僕に護衛かい?」
「言っては何ですが、国が違えば常識も違ってきます。せめて二人はつけるべきですね」
何となく水戸黄門を思い出し、助さんと格さんは必要だと思ったのだ。
グィン卿も二人ならと考え始めている。
「どうやら正規の方法で出てきたわけではないようですね」
「告げ口でもするつもりかい?」
「いえ、ただ自由にできるお金はそれほどない。違いますか?」
彼は目を細めて笑う。
「僕に何をしてもらいたい? 暗殺やらスパイやらは困るよ」
「どれも間に合っていますよ。そんなことよりも重要で、重大。この国の未来を左右するほどの仕事を、グィン卿に任せたい。それなら、僕は知らぬ存ぜぬとしらを切り、金銭的な支援を行ってもいい」
「ふぅん」
グィンもただ事ではないと目を光らせる。
「グルメ旅行です」
「・・・ん?」
「世界中の美味しいものを食べ、僕たちに教えてもらいたい!」
ここにも伝統的な食事はある。
人参のようなゴボウのような根菜に見える植物を粉状にして、ナンのようなパンを作る。それに野菜と動物の肉を挟んで食べる。
他には骨を煮込んで出汁を作り、野菜と肉を煮るスープなどがある。
どれもこれもおいしい。疑いようもなくおいしい、おいしいのだが・・・バリエーションがあまりに少なすぎる。
「百年後、千年後、国は滅び歴史は失われるかもしれない。されど、人がいる限り食文化は失われない。美味しいものを食べれば人の心は豊かになるもの。豊かな心で生まれる新たなる国は百年、千年と続くものです」
「なるほど・・・」
グィンは声を上げて笑った。
「願ってもない申し出だ! ぜひ協力させてほしい!」
二人は荒々しい握手を交わした。
書き貯めが無くなってしまいました。来週まで休ませてください。




