第21話 引っ越し
料理長のブレンダが大きく手を開いて叫んだ!
「反対ですね! あたしらを追い出そうって魂胆なのはまるわかりですよ!」
目の周りが窪み、黒ずんで見える赤毛の女性は高らかに叫んだ。集められた使用人たちもそうだそうだと頷いている。
普段は無能なのに、こういう危機感は人一倍優れている事に何となく感心してしまう。
「誤解ですよ」
「誤解よ」
司とユリナの言葉が被った。
とうとうウリュサの町近辺に作っていた屋敷が完成し、晴れてそちらに拠点を移すことになった。
ウリュサの町は、司の領土で唯一まともな人間の町。そこに貴族たちも多く暮らしており、領主である司たちがそちらに引っ越すのは当然の流れだ。
使用人たちを集め、その旨を伝え引っ越しの準備にかかってほしいと言うと料理長のブレンダを筆頭に大反対が起きているのだ。
「急にどうしたんだ? 引っ越しの話は前にしていたじゃないか」
「追い出すも何も、ウリュサに一緒に行くって言っているじゃない。おかしなことを言うのね」
司とユリナは交互に使用人に話しかける。
「もともとここは戦争用の城だ。オオ、そうだろ?」
「え、ええ」
執事のオオは汗を拭きながら、戸惑いながら答える。
「有事は将軍が駐屯し、いざとなれば籠城するように作られている。暮らすには不便な場所だったろ?」
侵入されにくいように窓は最小限で、昼間でも暗く明かりをつけなければいけないほどだ。冬には寒く、夏は暑い。侵入者が迷うように動線が歪んでおり、暮らすには本当に面倒な作りになっている。
「魔族にも侵入されましたよね。ツカサがいなければわたくしたちは皆殺しにされていたかもしれませんね」
「え、ええ・・・」
オオは相変わらず汚れた燕尾服を着崩し、感情的に納得していない表情をしながら俯いていた。
「ブレンダ、あなたにも苦労を掛けたわね」
ユリナが料理長に話しかけた。
「とんでもない僻地、魔族の島が見える海、木々も生えない平地。町に向かうのも半日仕事。あなた何時もウンザリしていたわね」
「そ、そうですが奥様・・・」
この城は海から来るだろう魔族に備えて作られた。結果的に人里から一番遠い場所に作られることになる。食料は毎日送られてくるものの、細かな備品はウリュサの町まで馬車に乗り半日をかけて買いに行かなければいけない。
「波の音がうるさくて眠れないとも言っていたけど、これからはすっかり都会になってしまったウリュサの人の騒がしさで眠れなくなるかもしれないわね」
「ですから、ここを出て行かないと言っているのです!」
必死に食い下がるブレンダに、司は微笑みを浮かべる。
「本当かい? それは助かるよ。しばらく僕たちはこの城で仕事をしなければいけないからね」
「ほら! お二人はここで暮らし、あたしらはウリュサの屋敷の押しやる腹積もりでしょう!」
「言っている意味は分からないけど、これから忙しくなるよ。何しろ新しい街がもうすぐできるんだ! しばらくはこの城が役所代わりだ、役人や貴族、商人たちが沢山集まるからね! 人出は多くて困ることはない」
使用人たちは露骨に嫌そうな表情に変わった。
「ブレンダ、わたくしたちだけの時と違い粗相は許されませんよ。戦争を生き残った気難しい騎士、使用人など畜生以下としか思っていない貴族、富を手にして皇帝気取りの豪商が集まります。下手をすると切り殺されたとしても何も言えません。わたくしたちは所詮、辺境伯爵ですからね」
「羨ましいよ、オオ。最近のウリュサは演劇にサロン、色々と娯楽が集まっていている。引っ越しが済んだら、使うことができなかった給金で楽しんでいてくれ。そちらが忙しくなるのは、こちらの仕事が片付いてからだから、しばらく自由にしていてくれ」
引っ越した後のことを想像したのだろう、笑みが浮かぶオオ。そして切り殺されるかもしれないと言われ青ざめるブレンダ。
司とユリナは、気づかれぬように目を合わせる。
「本拠地をウリュサにするのは変わらない。まずは引っ越しをしてもらう」
「執事としてオオにはウリュサの屋敷を任せようと思います。ウリュサでは環境を変えずやっていこうと思います」
「この城では今まで通りとはいかないからね。さぁ、引っ越しの準備をしてくれ。ああ、そうだ。ここに残るなら荷物を置いて行ってもらわないと困るから手を上げてくれ」
自主的に意思を示すという行為は抵抗感があるものだ。
案の定誰も手を上げない。オオはもちろん、ブレンダでさえ顔を背けて手を上げない。
そんな中、おずおずと御者のアルバートだけが手を上げた。
「そうか、ならアルバートだけ荷物を置いて、さぁ荷物をまとめてくれ!」
城の前にはすでに何台も荷馬車が用意されており、彼らは重い足取りで荷物を運び始めた。
「移動するのに半日はかかるんだぞ! 昼には移動開始! その時城に残っているのはすべて僕が没収する!」
そう言うと彼らは急いで荷物を運び始めた。中には司たちの荷物を自分の荷物に入れている者もいたが、黙認して追い出すことを優先させた。
言われた通り昼には馬車が移動していき、司とユリナ、そしてアルバートが馬車の背を見送った。
城の中は言葉通り、捨てる予定だったのだろうゴミが積み重なっていた。それを見ながら震える司とユリナ。それを見てアルバートはビクビクと震え始める。
「ユリナ!」
「ツカサ!」
そう叫ぶと二人は熱烈に抱きしめた。
「やっと、やっと僕たちの家からあいつらを追い出したんだ!」
「自由、自由よ!!」
手を取り合い飛び跳ねながら喜ぶ二人を見て、アルバートは仰天した。
司は残されたゴミの中から置いて行かれたオルゴールを見つけ、音楽をならし始める。
「ほんとうに、ここに残った物はすべてが素晴らしいわね!」
「ああ! 役に立たないものは捨てればいい、あいつ等とは雲泥の差だ!」
「さぁ、アルバートも一緒に踊りましょ!」
三人はオルゴールの音で、手を繋ぎ輪になって、日が暮れるまで踊り続けるのだった。




