第20話 仲裁者
司は覚悟を決めて、寝室のドアを叩いた。
「あ・・・ユリナ、いる?」
寝室だが、別にベッドが置いてあるだけの部屋じゃない。ワンルームマンションぐらいの広さはあり、簡単な生活ができるようになっている。
ユリナは腕に包帯を巻いて椅子に座っていた。その周りを、ロラが甲斐甲斐しく動き回っている。
「ユリナ、二人で少し話があるんだ」
ロラは顔を上げると、「ん」と言ってとことこと部屋を出て行った。本当に、子供とは思えない賢い子だ。ユリナが夢中になるのもわかる。
「あまり楽しい話じゃないんだ」
力のない微笑みに、まだわだかまりがあることが分かる。
ユリナが腕を折った理由、それは魔族のロラがつい力を入れすぎ腕を叩いてしまったから。その時居合わせた司はカッとなり、本気で幼子を殺しそうになってしまった。
そのことをまだ、ユリナは許してはくれていないようだ。
二人で窓の近くにあるテーブルに座った。
「海岸に、人の形をした化け物が住んでいたんだ。彼女たちはハーピィに人魚と呼ばれる生き物で、人間の男性と性行為をしたいらしい」
「性行為?」
「彼らはオスがいないらしく、異種族のオスと関係をもって子供を産むらしいんだ」
「討伐はしないんですか?」
「それでもいいけど、できるだけ自然環境は変えたくないんだ。邪魔だから排除してたら、後々なんやかんやあって、面倒が増えるだけだから」
社交界で邪魔だから排除、なんてしていたら誰もいなくなる。割り切って共存を考えるのが大人の生き方ってものだ。
それに、魔族の大陸が見える海、そこで海と空からの監視がいてくれることは非常に嬉しい。山に狼がいなくなって鹿や猿が増えて結果的に被害が増えたとテレビでやっていたのを見たことがあるが、そういうのも願い下げだ。
「で、その、そういう娼婦館を作ろうかなって」
「化け物の娼婦館? お客は来るのかしら?」
「人間に変化する薬があるらしいんだ。その薬で人間になって、魔族の領地だったころのこの地を横切って、わざわざ人間の町に行って、男を惑わして海まで連れてきていたらしい」
魔族は人間だ、ハーピィだと言って意味もなく襲ったりはしない。戦いを挑まない限り、魔王の命令じゃなければ戦わない種族なのだ。
「いいんじゃありませんか? 元より兵士の保養所予定なんですから、数が多くて困ることはないと思いますよ」
「う、うん」
司は、きょとんとしているユリナに、覚悟を決めて声を上げる。
「ハーピィと人魚は、孤児たちを襲った。子供たちは助けたが、人間との行為とは、根本的に違うらしい」
ハーピィは巣に持っていき手足をもいで、死ぬまで子供作りをさせる。人魚は二通り、男人魚にさせるか、魚に変えて楽しむらしい。人魚に海に連れ込まれた少年ジョージは呪いにより人魚にされかけていた。
「人間のルールでやるとは言っているが、相手は化け物だ、常識を疑ってる」
「そうね、いざ娼婦館を作ってもお客が消えたとなると困るわね」
「だから、とりあえず研修をしたいと思っている。精霊騎士団の団員を何人か手伝ってもらう予定だけど、僕も付き合おうと思う」
「・・・・・・」
ジト目でユリナが睨みつけてきた。
「精霊騎士団もそれほど暇じゃないんだ。魔族だと食べちゃうだろうし」
「た、たべ・・・?」
「いきなり手足をもいだり、海に連れ込もうとしても抵抗できる人材じゃないとダメなんだ。冒険者でもいいけど、彼らは荒くれ者、一般人や貴族も集まる予定の町に荒くれ者が育てた娼婦ってのも困る。というより、目の届かない不穏な場所ってのが気に入らないんだ」
ゆっくりと怒りの表情が浮かんでくる。
司は、ひっそりと喜んだ。怒ってくれてる、堂々と浮気しますと言ってる僕に怒ってくれている!
「別に、いいんじゃないですか?」
「こんなタイミングだ、これ以上君に嫌われたくないんだ」
甘い言葉を上げるも、彼女は頭を振る。
「別に嫉妬しているわけでは、いや、してはいるのですが、本当にいいことだと思います」
ひどく冷静に返事が返ってきた。
「この土地のことを、他者に任せると面倒が起きるものです。領主として、ここは頑張りどころだと思います」
「そ、そっか・・・」
なんだか思ってたのと違う。
ユリナも、あ、セリフ間違えちゃったかな? みたいな表情で押し黙ってしまう。
気まずい沈黙が部屋の中を支配していた。
その時だ、テーブルの下から小さな頭が出てきた。
「ケンカか?」
ロラだ。
いつの間にか忍び寄ったのか、テーブルに腕を置いて二人を見た。
「われわれは殴り合いで勝ったものが正しい。だが、お前たちは違うらしい。話し合いをするとユリナはいっていた。だから話し合え」
「あ、ああ、うん」
ロラの言っていることは実に正しい。
実に正しいが・・・何しろ要因が君なんだよと心の中で愚痴ってみる。
「なにを言うべきか、まとまらないのです」
ユリナが乗ってきた!?
衝撃を受けながら、彼女を見た。
「あの日から、怒りがどうしても湧き上がるのです。自分でも理不尽なことを言っていると思うのですが、この理不尽さが、妙に嬉しいんです。これが、聖女クリスティーナが示してくださった愛、なのだろうと思うと、手放したくない」
あのクソババァ、なにを吹き込みやがった。
よくは分からないが、今の彼女は随分穏やかに見えた。
司は覚悟を決め、ロラに話しかけた。
「ロラ、僕は君を殺そうとしたんだ」
そんな風に真っ直ぐ歩こうというなら、僕もまた同じ道を進まなければいけない。
「ユリナの腕を折られた瞬間、僕は本当に君を殺そうと思った。ユリナが君を庇っていなければ、僕は確実に君を殺していた」
ロラは驚きもせず、首を傾げ頷く。
「ん。それは、仕方ないな」
「謝罪で済むことじゃない。だけど、僕には謝ることしかできない。ごめんなさい。僕はあの時、本当に君を殺そうとした」
「いいよ」
ひどく簡単に許しの言葉が出た。
「いつも本気で殺そうとしているし」
「君の場合は・・・」
「子供だと侮辱する気か?」
司は言葉を詰まらせた。
「許そう」
「ありがとう、ロラ」
ロラはユリナに顔を向ける。
何も言わず、ユリナを見続ける。ユリナは戸惑い、困った表情をこちらに向けてきた。
「許してくれユリナ、君は僕のすべてだ。君を失いたくない」
「あなたを責めているわけじゃ・・・いいえ」
彼女は、見たことがないほど穏やかな顔で微笑んだ。
「許します」
司は、鎖で巻き付かれた心が解放されていくのが分かった。
満足そうに頷くロラの頭を、司は撫でた。




