第18話 孤児院
白いモルタルが塗られた施設の庭に、病に伏した子供たちが並べられていた。
千人程集められた中で、適切な治療を受けることができなかった子供たちは8割。一刻も早く治療を受けなければいけない人数も1割ほど、要するに百人近くがここに集められている。
中央のベッドに横たわっている子供に、司は近づく。
「大丈夫だ、今までよく耐えた」
目が潰された少年。
理由は知らないし、興味もない。だが、意図的に目を潰した痕跡がある。大人が、何らかの理由で少年の目を潰したと予測ができる。
司はステータス画面を開く。
そう、今まで異世界から来たメンツ以外知らないことだが、自分の能力を説明するステータス画面というものがある。
攻守自在:広範囲の仲間の攻撃力と防御力を上げ、範囲内の敵の士気を下げる。
汝は英雄:指定した人物の能力を飛躍的に高める。
防衛拠点:低範囲の人物を高回復する。
などなど。
司の能力は基本的に軍隊強化ばかりだ。
大雑把な説明で、大雑把な効能が出てくる。
「そういえば、この威力の基準は誰が決めて、誰が授けたのかとか滝山君が気にしていたな」
いずれは政治家になるために勉強していると言っていた滝山君。魔王との戦いで不死身の肉体の謎を解き明かし、それと同時に殺された眼鏡の友人を思い出す。戦い終わった時、司もそのまま意識不明になり友人の死に涙を流すタイミングを外していた。
横たわる少年の手足を縛り、布を噛ませる。
「ここが山場だ。かなり痛いが、すぐに終わる。今まで苦痛に耐えてきたんだ、耐えて見せろ」
少年は震えながら頷く。
いま、少年の目からは血が流れていない。すでに傷は塞がっている。これでは司の魔法では直せない。回復に特化していた飯塚君なら塞がっていても奇跡を起こすことができたのだが、司が少年の目を直すには・・・
司は少年の眼球に指を突き入れ、無理やり取り出す。
「ぐぅぐぐぐぐ・・・」
少年は苦痛に跳ねるが、全身脂汗をかきながら痛みに耐える。
「よく耐えた」
魔法『防衛拠点』を発動させる。
すると血は残るが、傷がみるみる癒えていく。
そして少年は目を見開き、青い空を見ていた。
荒い息を繰り返す少年の縄を切ってやり、肩を叩く。
「神の導きが君を救ったんだ。次は君が導き手となり、家族を、人々を救うと信じている」
汗でびっしょりの髪をわしわしわしっと撫でて、周囲を見渡した。病気で呻いていた声こそ消えたが、完治とは程遠い状態だ。
塞がった傷は治せない。だったら、傷をつける、破損部分を破壊すればいい。それが司の回復魔法。もし医療に詳しければ、悪い箇所をわざと傷つけ直す方法もあるのだろう。だが司はそんな知識なんてない。高校入学と同時に死んだ高校生に多くを望まないでもらいたい。
ただ、よくわからないがこの大雑把な魔法をかけると病気が何となく回復する場合がある。
「さぁどんどんやろう」
手足のない子供、大きなこぶのようなものができている子供、殴られすぎ顔が変形している子供、まだまだ多くいる。どうせ範囲回復しかできないのだ、ことのついで、何度もかけ続ければいいだろう。
「滝山君なら、何か解決策を考えてくれるんだろうけど、いや飯塚君がいれば問題なかったか」
柄にもなく聖人のような行動を取っているせいか、少しアンニュイな気持ちになった。
新しい患者、足をなくした女の子がベッドに横たわった。その子の手を貸したのが、先ほど目の治療をしていた少年だ。
「すごーく痛いけど、自分の足で歩けるようになる。痛みに耐えるんだ」
聖人と言っても、小さな子を切り刻むシリアスキラーなんだけどね。ナイフを取り出し、そのまま一気に足を切り割いた。
対して手間のかかる治療ではないので昼を過ぎたぐらいに大体の治療を終え、病気だった子もだいぶ楽になったらしい。中には食事もとれるようになった子もいて安堵する。
「さて、次だ」
もちろん司に休んでいる暇はない。次に、海辺近くに作られた生け簀へと向かった。
魔族が魔法で地面に巨大な穴を空け、職人がセメントで周囲を固める。そこに海水が巡回するように溝を掘る。それだけの簡単な生け簀を6個製作した。最初はここに魚をたっぷりと蓄えればそこそこの人を食べさせられると思ったが、世の中そんなに甘くなかった。
この国はかつて海沿いの国だった。だが魔族に海岸を奪われ、魚をとる知識は完全に失われていた。海の魚など口にしたがる人すらも減っている中、毒のある魚、ない魚、おいしい魚、不味い魚の判別ができる人物が一人もいないのだ。
「ですが、まぁ、本当に食べるんですか?」
生け簀の管理をしている、元冒険者の男は心底嫌そうな表情で生け簀を眺めた。ちょうど海から上がってきた魔族が網の中から魚を次々と放流し始める。運んでくる間に死んでしまった魚を手に取り、そのまま生のまま飲み込む。
「海の魚ってのは、魔族の食い物なんでしょ」
偏見のある言葉に、英雄スマイルで答える。
「僕の故郷は海に囲まれて、海の魚を毎日のように食べてたんだ。・・・調理はしてたけどね」
この不毛な大地、魔族たちは何を食べていたのかと言えば、海から魚を取っていたらしい。実際6個の生け簀がいっぱいになるまでに時間はかからなかった。
「どうにか海の魚を食べる文化を根付かせたい。というか、それが生命線なんだよ」
これから人が沢山訪れる。現在この国は、戦後の不景気で食糧難に陥っている。それを一気に解決してくれるのが、海のはずなのだ。
「料理だ、おいしい料理を作れば食べてもらえる。百歩譲って毒のない魚を判別できれば」
「魔族に食わせりゃいいんじゃねぇっすか?」
「あいつらに毒が効くわけないだろ」
やはりこの国の人間は海魚に対して偏見があるようだ。せめて自分が食べている姿を見せれば、その偏見も緩和するのだろうが・・・なんというか、見たことのない形をした生き物に司も抵抗があった。
鶏はいる。だが豚と牛はいない。
犬や猫はいる。だが羊や兎はいない。
生け簀にはエビや鯛のような魚もいるが、ほぼほぼ化け物のような生き物ばかり。え? あれ食べるの? と尋ねたくなるような見た目ばかりだ。
「ようぉ、クソったれ。お前が渋い顔してるってことは世の中平和ってことか? え?」
「もちろんさ、ジョブ。この数日、世界は僕をイジメて喜んでるみたいだ」
精霊騎士団の団長ジョブ・ロイズは鎧を脱いだラフな格好で、従者のアラン・スノーを連れこちらにやってきた。アランは生け簀を見て、その有用性を見抜いたのか魚を見始めた。
「川の魚とは、だいぶ違いますね」
牙をむいてくる魚に、アランは顔を引きつらせ「食べられるんですか?」と視線を向けてくる。
「ガキが神様だって騒いでるじゃねぇか、人心掌握に成功して何が不満だってんだ?」
「預かった以上僕の子供だ。自分の子を愛でて文句言われる筋合いわないさ」
「あ? ずいぶんゴキゲン斜めじゃねぇか。嫁さんとケンカでもしたか?」
「それもある」
ロラ殺害未遂事件からユリナはご機嫌斜めだ。一ヵ月、睡眠もそこそこに営業の仕事をし続けて、やっと帰ってきたと思ったら離婚危機だ。あらゆる問題はチート能力も妻から許しを得る力は存在しなかった。
「謝れ、お前が悪いのか悪くないのか、そんなことはどうでもいい。とりあえず謝ればいいんだよ」
「既婚者からのアドバイスだ。一つ一つのケンカを軽んじてたら、痛い目を見るよ」
ジョブは笑いながら生け簀に近づく。
「こりゃ有難いアドバイスだ! しょうがねぇ、感謝のしるしを見せなきゃならねぇな」
ジョブは座り込むと、近くの石を拾ってカンカンカン! と叩き始めた。
「おおい! 生け簀の魚よぉ! 言葉が話せる奴はいるか! おおい! 魚! お前らに言ってんのよ!」
突然大きな声を上げ始めた。
「おおい! どうした! はやくしねぇと食べっちまうぞ! おおい!」
しばらくそのような行動を繰り返していると、ジョブの近くに一匹の魚が顔を出した。
「助けてくれんのかい」
「俺らを助けてくれ。そうしたら助けてやる。な? 信用できる話だろ?」
司、そしてアランも気持ち悪そうにそれを見た。
「・・・その、しばらく魚は食べられないかもしれません」
「僕もだよ」
アニメや漫画ならメルヘンでとても素晴らしいシーンなのかもしれないが、リアルの魚が喋りだすのはかなりのホラーだった。
メンテナンス、そういうのもあるのか・・・




