第17話 続・ユリナとロラ
司はやっと家、自分の城に帰ることができた。
あれやこれやしている間に、気づけば一か月以上妻であるユリナに任せっきりにしてしまった。ウリュサからのお土産を手に、言葉通り飛んで城に帰ってくる。
馬車は基本的にユリナのために使ってもらっている。なんとなく、家の車は妻が普段使いしていて夫は電車通いしているみたいなイメージが浮かんできた。
それこそ疲れたサラリーマンが自宅の玄関のドアを開ける様に門の横にある小さな扉を開けて中に入ると、お父さんを迎える様に小さな女の子が走ってきた。
ロラの思わぬ姿にギョッとしてしまう。魔王の子は可愛らしい綺麗なドレスを着ていたからだ。
黒い肌に冴えるような白いドレス、髪は整えられ大きな花の髪飾りをつけ角には金のネックレスのようなものが巻き付いていた。
先鋭的なデザインで、肩が出ていて、大きなお椀のようなスカート。腰は絞れるだけ絞っていて、飾りの装飾された小さなシミターがぶら下がっている。
「おかえりなさい、ツカサ」
優雅に一礼をするロラに、慌てて司も礼を返した。その様子が面白かったのだろう、後ろで見ていたユリナが微笑んでいる。
彼女にどういうこと? と表情で訴えるが、彼女はツンとそっぽを向いてしまった。ロラはどうぞこちらへと導く。
手を取り静かに歩くロラに、心穏やかではいられない。
「魔族が、服を着てるだけでも驚きなのに」
魔族の島に渡り、少しだが彼らの生活を見てきた。彼らは服を着ず、調理もせず生のまま食べ、地面に転がって眠る。別に原始的だと言っているわけじゃない。雨が降っても風邪もひかず、なにを食べても腹を下すこともなく、地面で眠っても彼らからすると不毛布団で眠ったかのように感じられるほど強靭な肉体をしているのだ。
理屈ではわかる。だが、司の目からすれば野生動物のように映ってもしょうがないじゃないか。
動揺を隠せない司を見て、ユリナは面白そうに笑っている。
魔族に対し極度の嫌悪を持っていたユリナが、ロラに対しても悪意を隠し切れなかったはずのユリナが、今は人間の子供でも見せないような暖かな微笑みを浮かべていた。
「この魔族、やりやがったな」
どちらがこのドッキリを仕掛けたのかは知らないが、ユリナはこの野生動物を教育し、ロラも一生懸命学んだのだろう。ロラは他の、ただの魔族ではない。
カリスマ、というやつなのだろうか、人を引き付けるのだ。
「初めて会った時、傷だけ治して放置しておけばよかった。なのに何故、思わず持ち帰ってしまった? なぜあの黒騎士ゴイルが魔王グランドール以外に忠誠を誓う?」
何故、暗殺者はロラを選び誘拐した? 何故その暗殺者たちはロラを殺さなかった? 致命傷を与えてはいたが、死にはしていなかった。殺すべきだ、もし助かり下手な証言をされると面倒になるだけだ。何故そうしなかった?
「いずれこの子は、魔王になる」
何の確証もない。だが、絶対なる。確信がある。いずれロラを中心に大きな渦となり、それは災いへと変化するかもしれない。
その時、布が避ける音が聞こえた。
絞っていた腰のコルセットが裂け、大きく開いた背中のドレスを更に広げてしまった。
凍り付くロラに、ユリナはくすっと笑った。
その笑いは馬鹿にした笑いじゃない。ユリナはただ、力んでしまい失敗してしまった子を愛らしく思い笑ったのだろう。
だが、今まさに失敗したロラは子供っぽく拗ねてしまった。そしてロラは、子供っぽくユリナの腕を叩いて不満を示した。もしロラが普通の子なら何も問題は起きなかった。
だが、魔王の子は軽々とユリナの腕を折り、壁に叩きつけていた。
「・・・・・・」
カチッと切り替わった。
ナイフではなく剣に手をかけ・・・
「!」
ユリナは、折れた腕のままロラに覆いかぶさった。
司を睨みつけるその瞳は、まるで子を守る母親のように鋭い。
カチッと、頭の中で切り替わった。
「ユリナ、腕を見せて。すぐに直すんだ」
表情を見て、危機が去ったことが分かったのかユリナはやっと腕の痛みに顔をしかめた。守られていたロラは目に見えるほどに震え、大粒の涙をぼたぼたと流していた。
「な、なお、なおし、て」
「わかってる」
光り始める手を、ユリナは止めた。
「いいわ。左腕だし、しばらく、このままでいるわ」
「なにをバカな」
この世界は魔法がある分、医療が発達していない。これがもとで腕が歪み、最悪命を落としかねない。
だがユリナはロラの頬を撫で、幼子の涙をぬぐった。
「人間は弱くて、傷の直りも遅いのよ。ロラ、ゆっくり学んでいきましょう」
震えるロラを、ユリナは優しく抱き留めた。
そして、冷たい、それこそ初めて出会った時と同じような目で司を睨みつけた。
あなた、この子を殺そうとしましたね? ただ力の加減ができないだけの子供を、殺そうとしましたね? いい? もしまた同じように手を上げなたら、あなたを愛せなくなる。そのことを忘れないで。
無言でそう責めていた。




