第14話 ユリナとロラ
ユリナは黒い肌、角の生えた生き物を前に震えながら抱き着いた。
それは「うううう・・・」と不満げな声を上げた。精一杯、嫌悪を隠したつもりだったが、幼子は敏感に感じ取ったのだろう。
「一年ぐらい子供を抱っこしてみな。それでダメなら何やってもダメだから諦めるこったね」
それが、聖女クリスティーナの答えだった。
愛を教えて欲しいと懇願した夜、ユリナは経典から引用し、愛の尊さを教えてくださるとばかり思っていた。しかし返ってきたのは民間療法のような胡散臭い方法で、他にないかと訊ねたのだがそれだけだと言って追い払われてしまった。
信用できない、だけど頼れるのは胡散臭い老婆の言葉だけ。信じて画策し、魔王の子であるロラを呼びつけた。
「レディ教育をします」
ほぼ半裸の少女に向けて伝えた。
「ここは人間、ゴブリンの世界です。こちらにはこちらのルールがあり、あなたはそれに従わないといけない」
「・・・うん」
「あなたの恥じはわたくし、そしてあなたたちを寛容に受け入れてくださっているツカサの恥となります。恥じることのない立派なレディとなり、さすが英雄伯爵は審美眼があると言われるようになるのです」
「・・・うん」
「教育はわたくしが行います。わたくしとて暇ではありません。故にあなたはわたくしに報酬を与えねばなりません。レディ教育を受ける前、後にわたくしにハグをするのです」
幼いのに賢いのだろう、しっかりと話を聞いていたロラが初めて訝し気な表情を浮かべた。
「時には自ら動く、それが上に立つ者の模範です」
「・・・・・・うん」
かなり苦しい言い分だが、彼女は頷いてくれた。
こうしてロラを城で預かり、魔族との暮らしが始まった。服を着させ、髪をとき、静々と歩くようにと指示した。
「ぅぅぅぅぅ・・・」
「背筋を伸ばし、ゆっくりと歩く練習です」
ユリナは人生で一度も聞いたことがない音を耳にする。布を裂く音、ロラが着ている服の背中が大きく割れたのだ。ロラに着させているのは荷物運びにも使われる丈夫な、貧民が着るような服だったにもかかわらず、気を抜くと破いてしまうのだ。
「お疲れ様です奥様」
どういう理由で破けたのだろうと好奇心で少女の背中を撫でていると、ノックもなしに突然扉が開けられた。断りもなしに入ってきたのは料理長のブレンダだ。小太りで目の周りが黒くくすんで見える、赤毛の30代の女だ。
彼女は部屋の横に移動されていたテーブルにお茶とお茶菓子を置き、どうぞお食べくださいと言うように目で訴えてきた。
「ありがとうブレンダ、下がってください」
この行き遅れ女はいちいちユリナの癪に障ることばかりしてくる。畜産農家で出会った陽気な料理人の方がよほど礼儀正しい。料理の腕は雲泥の差だ。
「ほんと、汚らわしい。醜い未開人に躾をしなければいけないなんて、奥様が穢れてしまうのではないかと我々は心配しているのです」
ユリナは一瞬、怒りで意識が飛びそうになった。
下がれと言ったのに、彼女は前に出てきた。そして友達か何かと勘違いしているのか肩を並べ、今目の前にロラがいるというのに声を落とそうともせずそんなことを言って来たのだ。
「これも辺境伯としての仕事なのでしょう。やれやれ、早く出て行ってもらいたいものですわね。ああ、汚らわしき・・・」
「辺きょ・・・ブレンダ、まだレッスンの途中よ。出て行ってもらえないかしら?」
あらやだ失礼しました奥様、おほほと笑いながら彼女は出て行った。
むっつりと立ち尽くすロラだったが、決して口出しすることはなかった。ただ非難の目は、お前もそう思っているのだろうと言っているようだった。
土日は休みます。




