⑨
呆れるほどの長話をして、彼は背を向け駅から出て行った。
「ツカっちゃん、熱烈なファンに対して一言」
「一言もないよ」
トトトポヤは司の服を引っ張る。
「話聞いてるうちに囲まれてる」
リングたちはジェスチャーで意思疎通を繰り返し、敵たちの明確な居場所を示している。
司が仲間たちに目で合図すると、彼らは頷いた。
「はっはっはっ! いけ、司!」
「ここは任せて、先に行け、というやつですね」
仲間たちはそんなことを言い始めた。
戸惑う司に、坂本は司の首に手を回した。
「な? お前が主人公なんだよ」
「なんだよ、それ」
そう言って、押し出した。
「安全を確保したらすぐそちらに向かうから心配しんさんな」
「お姫様のために頑張るんでしょ! わたし! そういうの応援しちゃいます!」
「作戦とも呼べぬ行動ですが、ま、臨機応変ですね」
司は仲間たち感謝をしつつ、リングの後を追いホームを抜けた。
閉じられた改札を飛びぬけ、渋谷駅前のスクランブル交差点にたどり着いた。
無数の魔族の先、大きな割れ目がある。
その向こうにアスファルトが積み重ねた山があり、そのてっぺんに置かれた王座。
そこに座る娘・・・
「ユリナぁああああああああああああ!!!!」
全身が燃えるように熱い。
頭は沸騰しそうだ。
もしチート能力が残っていたのなら、ここいらすべてを灰にしていただろう。
周囲に座っていた魔族が声に気が付き、襲い掛かってきた。
奴らの戦い方は心得ている。
周囲に炎が舞い上がった。
司は炎から逃げず、突き進む。
「安全地帯は、正面!」
多少焼けたが、目の前の魔族の背に炎は遮られそれほどのダメージはない。
魔族は平然と味方ごと魔法を撃ってくる。
恐れ下がれば、何十体もの魔族の魔法に焼かれることになる。
司は壁にした魔族の腕に捕まり、するするっと上り魔族の首にナイフを突き立てた
「くっ」
想像以上の硬さに、致命傷には至らない。
骨と骨の間、肉と肉の合間に突き立てたというのに、ナイフが入っていかなかったのだ。
ナイフを捨て、すぐに背から脱出した。
魔族の手に捕まれば、シンプルに死ぬ。
作戦変更。
できれば魔族の数を減らしながら突き進んでいくつもりだったが、身をかわしながら先に進むしかない。
司は、魔族の拳や手の平から逃れつつ先へと進む。
「かっ!?」
体が、突如吹き飛ばされた。
地面に転がりながら、それでも魔族の手から逃れ、時に壁にしながら再び走り始めた。
腹から血が溢れ出る。
「・・・狙撃。クソ、この状況下で」
致命傷だ。
走るどころか、現状死んでいてもおかしくない。
それでも足を止めるわけにはいかない。
足がもつれ、倒れ掛かる。
だが、それでも魔族の手には捕まらない。
倒れながら、前へと進む。
「ユリナ、ユリナっ!」
高々、死にかけているだけだ。
よくあることだ。
この程度で・・・
「しまっ!」
振り下ろされる拳を避けようとし、膝が崩れた。
全身骨が砕けるだろうが、受け流し弾き飛ばされる勢いで崖の向こうへ・・・
「そこ!」
魔族の腕が、景気良く吹っ飛んだ。
倒れかけている司を、優しく支える手があった。
「お父さん・・・お父さん?」
若すぎる姿に彼女は動揺しているようだ。
司は青い顔をしながら、笑みを浮かべる。
「フィーア、この親不孝者め。どこに行っていたんだ、ずっと探していたんだぞ」
彼女は驚き目を丸くした。
「傷をお見せください! 偉大なる宝卵の神ギャラスよ! 奇跡を!」
聞き覚えのない神に祈りを捧げる娘がいた。
白と金の服を着たシスターだ。
見る見るうちに傷が塞がってゆき、体に活力が帰ってきた。
「初めまして、英雄ツカサ様。私の名はベロニアム地方の司祭レイラと申します」
「すごいな、ここはどこだろう。不思議な場所だな」
見知らぬ金色の剣を手にしたジョルジュ・ファンは振り返り微笑んだ。
ジョルジュ、フィーア、そしてレイラは興味深そうに周囲を見渡した。
「いろいろ旅をしてきたが、こんな世界は初めて見たな」
「ここが、お父さんの故郷なのね」
フィーアは銀色の剣を振るい、迫ってきた巨人たちを一気に両断した。
レイラは魔族に囲まれながら、とても穏やかに話しかけてきた。
「勇者ジョルジュ様は水湖神トウヤの危機を救い、一つだけあらゆる願いを叶えてくださることとなったのです」
「聞いたことのない神様だな」
「ジョルジュ様と、ぺちゃぱいのフィーアは、海を越えてきたそうです。残念なことです。あのぺちゃぱいは必要なかったのですけどねぇ」
聖職者とは思えぬ邪悪な表情に、司は少し引いてしまう。
ジョルジュは黄金の剣を振り下ろすと、道を塞ぐ魔族たちが両断され、赤い道が生まれた。
「お前の向かう場所は、あっちなんだろ?」
司は彼と肩を並べる。
「感謝してもしきれない」
「感謝するなら、結果を出してからですよ」
司は振り返らず、血の道を駆けて行った。
後方で戦いの音を聞きながら、ようやく道路が大きく割れた場所にたどり着いた。
「運がいいね、異世界から救いが来るなんてね。すごい豪運だ。ギャンブルだけでひと財産稼げるよ、君は」
彼は、割れた穴の先に立っていた。
「これは僕にとっても想定外の産物さ。人間とは程遠いが、兵器として見たらとても優れているよ」
彼は手を上げると、穴の中から巨大な紫水晶が何十個も現れた。
水晶が砕け、魔族が姿を現す。
さすがに、司は顔をひきつらせ呟いた。
「ま、魔王、グランドール」
均等の取れた筋肉、針金のような黒い髪、高貴な美しい二本の角、全身鎖の入れ墨が入り、どこか静けさすら感じる魔族。
一目でわかる。
魂の抜けた人形なんかじゃない。
「間違いなく本物さ。ユリナを蘇らせたのと同じ力を使った。歴代の魔王だ。次はどのような幸運で切り抜けるのか、楽しみだよ」
風が吹き、司はほぼ無意識に体を翻した。
「・・・」
拳が避けられたことに、グランドールは少し驚いたようだ。
次に蹴り。
司は放たれる前にしゃがみ、それを避けた。
風圧だけで飛ばされそうだ。
「・・・お前は、俺と戦ったことがあるのか?」
「記憶はないか?」
グランドールは穏やかな笑みを浮かべる。
「俺が負けたのだな」
グランドールは笑いだした。
それは愉快そうに、腹の底から笑っていた。
巨大な、グランドールなどよりずっと巨大な魔王が前に出てきた。
グランドールだからこそ体に染みついた恐怖で避けることができたが、人の身で魔王相手は荷が重いにもほどがある。
「どけ」
巨大な魔王はグランドールを押しのけようとするが、ピクリとも動かない。
グランドールは巨大な魔王の腕を掴んだ。
力自慢だろう魔王は驚愕する。
腕が動かないのだ。
「ぐううううううううう!!!」
魔王は暴れるが、グランドールは身じろぎ一つしない。
「今の貴様を殺したところで、復讐とはなるまい。ならば・・・」
巨大な魔王を、細身のグランドールが力でねじ伏せた。
「こちらの方が面白そうだ!」
巨体が、哀れにも潰され血が舞い上がる。
歴戦の魔王たちはグランドールを取り囲み、襲い掛かる。
呆れることに、グランドールはたった一人で優勢だ。
「は、はは、さすがに、運がいい、かもな」
司はふらつきながら先へ進む。
恐怖で足が震え、うまく動かない。
その前に、1人の娘がすっと降り立った。
周囲の魔王とは違い、人間と同じぐらいの身長。背中には翼が生え、立派な角が生えている。
そして裸の魔王たちと違い、美しいドレスを身にまとっていた。
「ロラ、久しいな」
美しき魔王となったロラ。
ユリナの死に、司と負けぬほどにショックを受け戦いをやめた魔王だ。
彼女は腰に巻かれていた小さな剣を差し出した。
「記憶はない。だが、お前は、あの女の元へと向かわねばならない」
司は剣を受け取った。
遥か昔、ロラが幼い頃にプレゼントしたドワーフ製の最高の剣だ。
子供用で小さいが、力のない15歳の体ならばちょうどいい。
「お前はどうする?」
ロラは、グランドールと似た笑みを浮かべる。
「それはいらない。そんなものがない方が・・・」
ロラの両手が輝き始めた。
「私は強い!」
雷、というより光の光線が魔王を貫いた。
「女、邪魔をするな」
グランドールは迷いなくロラを殴りつける。
一撃で魔王の頭が消し飛ぶ拳を、ロラは平然と受け止めて見せた。
「どちらが多く屍を積み上げるか、勝負だ」
ロラが両手を上げると、地中から剣が伸び一気に3体もの魔王が細切れになる。
「フン、魔法か。卑怯者め」
「いい訳か? 敗者は這いつくばっていろ」
親子の会話を聞きながら、司は思いっきりジャンプをして割れ目を飛び越えた。
彼は、その様子を見守っていた。
「さすがに魔王を抜けられるとは思っていなかたよ。正真正銘、手持ちのカードはすべて使い果たしたよ」
そして穏やかにこう告げな。
「最後は最難関、僕だ」




