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第10話 聖女クリスティーナ

 集まった魔族たちは何事かと立っていたが、働く人間たちは膝をついて手を合わせ深々と頭を下げていた。

 黒髪の少女が歩きこちらに向かっていた。

 年のころは13、4。目を奪われてしまいそうなほどの整った顔立ちをしていた。若くしてシスターが着ることを許される質素な脱色された白い服を着ている。その静々と進む姿は独特のステップを踏んでおり、集まった人々は感涙していた。

 彼女は司の顔を見ると、まるで聖女のような微笑みを浮かべた。

「邪魔なんだよアンナ!!」

 そして頭を抱えて蹲った。

 ったく、若いんだからシャンシャン歩けんのかね! と彼女の前に出てきたのは、身長は低いがしゃんと背筋が伸びた老婆だった。

「ふ、不浄なる地を清める定められた教義です! クリスティーナ様!」

「何が教義だい! 偉ぶりたいバカなジジィが作ったもんが教義になるもんかい!」

「司祭様たちになんと失礼なことを!」

 プラチナ鋼糸で織られた、輝く白い綺麗な衣類を着た老婆こそ、聖女クリスティーナだ。

 聖なる導き手教はマリグ帝国の主教であり、あらゆる暴君も彼らが破門と言い渡すと泣いて許しを請うほどに浸透している。その中でも聖人、聖女と呼ばれる人物は神の神託を受け、司祭たちの議会により決められる時の大司祭よりも貴ばれる存在なのだ。

 司は彼女たちの前に歩み寄り、深々と頭を下げた。

「お久しぶりです、クスティーナ。お元気そうな何よりです」

「フンっ、あんたも・・・」

「なんと失礼な! 伯爵と言えど膝をつき挨拶をするのが礼儀と・・・あいたっ!」

 話に割ってきた少女の頭に、再び杖が叩きつけられる。司は「これは失礼」と地面に膝をつき礼をする。礼を尽くす司の姿にまた腹を立てたのだろう、聖女は再び少女の頭に杖を落とした。

「で? 何しに来たんですか? 用事がないようでしたら、すぐ帰ってもらってもかまいませんよ?」

「あ、あなた失礼でっ・・・きゃうぅん!」

 何度も頭を叩かれ頭を抱えて起き上がれなくなってしまった。

「あたしゃ老人だよ! まずはテントにでも入れて・・・って、黒騎士!?」

 クリスティーナは顔を青くして杖を身構えた。

 ゴイルは高身長で見下ろしながら、ふんっと笑みを浮かべる。

「ゴブリンの呪術師か。久しいな。貴様の癒しには我々も手を焼いた」

「あんたに殺された子たちは・・・おい勇者! こいつをほっといてもいいのかい!?」

 クリスティーナに怒鳴られ、うーんと悩みながらゴイルを見上げる。

「どうでしょうね。さほど信じてはいないですけどね」

「信用されようとも思ってはおらん」

 上半身裸で、木の粉が汗で張り付いている大男を見てクリスティーナは杖を下す。

「とんでもない現場だね。魔族を飼ってるとは聞いたけど、まさか黒騎士がいるとは思いもよらなかったよ」

「もっと面白い人材がいるんだけど、寿命が縮む準備はいい?」

 クリスティーナは顔をしかめる。

「冗談じゃないよ! ・・・二人で話せるかい?」

 司は苦笑しながら周囲を見渡す。

「テントで良ければ」

「かぁー! こっちは老人なんだよ! もうちょっと何とかならないのかい!」

「王都の大聖堂へこちらから向かいますので、そちらでお待ちください」

「いちいち追い返そうとすんじゃないよ!!」

 杖で司の頭を叩きながらちゃきちゃきと出てきたテントに入っていった。

「あ、ああ、聖女様! 片づけていないので別のテントに! いえすぐに家を建てますので!」

「クリスティーナ様! 私は!? 私はどうしたらいいんです!?」

 必要ないとテントの中からクリスティーナは叫んだ。司はゴイルに二人を任せ、そして周囲の警備と、盗聴の注意も頼む。ゴイルとは言われるまでもないと了承した。

「ふーん、いい趣味してるわね。うちのボンクラどもにも見習ってほしいもんだ」

 クリスティーナはテーブルに広げられた設計図を見て言った。テント内には椅子がなかったので、そこら辺にある壺をひっくり返してそのまま椅子代わりに腰掛けている。

「清潔な街を作るつもりのようだね」

「妻とのスローライフができる場所にしようと思いましてね」

「フン、欲望に忠実でよろしいこった」

 司はテーブルに腰掛け、クリスティーナを眺めた。

 初めて会った時から老婆だったが、何か急にぐっと年を取ったように見えた。

「教会を作らせてちょうだい。金はこっちが出すよ」

「喜んで。もともと作るつもりでしたが、掘っ立て小屋ぐらいにとどめるつもりでしたからありがたい」

「国から金をもらってんだろ! けち臭いね!」

「援助の少なさを聞いたらひっくり返りますよ」

 そりゃそうか、戦争が終わったばかりだものねぇと笑った。

「孤児を数百人単位で養ってくれないかい。教会にも限界ってのがあってね」

「身分は奴隷と大差ないなら」

「・・・できるだけそういうのはなしにしてもらいたいんだがねぇ。中には没落した貴族の子もいる」

「そりゃ僕なりに丁重に扱うつもりだけど、いちいち運用に口出しされるようなら必要ありません。僕は子供たちよりもあなたたちの存在が疎ましいんです」

 ばぁさんは笑いながら放り出された巻物を拾い、広げる。

「目に余るようなら文句を言うが、できるだけあたしが口添えしたげるよ」

「条件としては長生きしてくれることですね」

「100までは生きるよ!」

「もう一声」

「あたしゃ化け物かい!」

 笑いながら巻物を見ていたクリスティーナは顔を上げる。

「観光地にするつもりかい」

 敏い人だと感心する。

「立派な教会ができれば、新しい名所となるでしょうね」

「最初から計画してたんじゃないのかい? 例えば、こんな掘っ立て小屋の教会じゃ神の冒涜だとか住民に言わせて、募金を集めて大きな教会に作り替える、とかかい?」

「成り行きに身をゆだねるのもいいものです。例えば、ここは軍の保養地でありながら祈りの場がないのは問題があると声が上がり、自主的にお金を集めてくだされば嬉しい限りですね」

 ヤな男だね!! クリスティーナは笑い、口を閉ざした。

 テントの中が静まり返る。

 教会の話をしに来たのだろう、もちろん孤児の話もしに来たのだろう。だが、それは手紙を送り準備を整えて着ても問題はない。老体をおしてこんな地の果てまで、まるで逃げ出す様にここに来た理由は他にある。

そしてそれは、間違いなく面倒ごとだ。

「連れてきた女、どうだい? 美人じゃろ?」

「そうですね」

 やっと本来の意地悪ばあさんの表情を浮かべた。

「どうだい、あんたの女にしてみないか?」


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