最終話 2人だけのスローライフ
硬い籠手をしたまま、小さな頭を撫でた。
「行ってくるね、アカツキ」
小さな男の子はきゃっきゃ! と硬い手を小さな手で握り締めてくる。鉄越しなのに、その温かさが伝わってくるかのようだ。
「ごめんね、ユリナ。本当ならアカツキが大きくなるまで一緒に居たいんだけど」
妻を優しく抱きしめて、何度目かのキスをした。
彼女はくすぐったそうに目を細めた。
「まぁ! あなたがそんなに子育てに熱心だとは思いませんでしたわ!」
ユリナはアカツキを抱えながら、司の頬を撫でた。
現在マリグ帝国は大混乱に陥っていた。
生命の冒涜、ゾンビが町々に現れ始め、英雄ツカサがそのゾンビによって殺されたと噂が広まっているからだ。
前線砦で今もゾンビ退治は続いている。
このままいけばゾンビは掃討できるものの、数が数だけに多少は横に逸れたゾンビが街に迷い出ていた。
ちゃんと対処できていればゾンビは村人でも十分戦えるはずなのだが、農民というのは、その、言葉は悪いが、ちょっと頭がよろしくない。
ちゃんとハーブを使用しゾンビを退治すればいいものを、使用せずゾンビと戦うものだからプチパンデミック状態になっている。
こんな状態で英雄ツカサ復活したぞ! などと触れ回っても誰も信じないだろう。
友が、家族がゾンビとなってゆき絶望の涙を流す人々。
そこに颯爽とヒーロー登場!
それは死んだはずの英雄ツカサではないか!
ゾンビを切り捨て、治療薬を差し出す。
「さぁ、この薬を飲むんだ!」
と、ハーブを使用するわけだ。
そうすると、復活した英雄様のありがた~いお薬だと言って広まるわけだ。
呆れるほどチープなやり方かもしれないが、噂話と一緒に対処法が広がってくれるはずだ。
ユリナはアカツキをメイドに渡し、さっと赤いマントを羽織らせてくれた。まさしくヒーローだ。
「君は、こんな人生で後悔はない?」
司は妻の手を取り、尋ねた。
彼女は踊りの前のように一礼して、ええ、もちろんと頷いた。
「考えたことはあるわ。だってあなたはいつも傍に居ないし、朝から晩まで仕事詰め、あっちこっちで恨まれることばかりしなければいけない。わたくしには糸巻をする暇も、あなたに食事を作ってあげることもできないのよ」
ユリナの手作りセーター。
あまりにも考えられず微笑んだ。
「だけど、これ以上の幸せって何かしら? 女帝? そうね、世紀の悪女と呼ばれる自信はあるのよ?」
きっとギロチンにかけられる瞬間まで、きっと傲慢ちきな姿を見せ、集まった民衆を楽しませてくれることだろう。
「だったら恋焦がれる日々なんてどうかしら? 目くるめく愛の奴隷。素敵ね、あなたより身長が高くてハンサムな人と愛を語り合うの」
「愛を?」
「もう! 笑わせないでよ!」
ベッドの上でさえ仕事の話をやめない。
世の中頭の痛い事ばかりだから、話題は尽きない。
ユリナは笑いながら司の胸に飛び込む。
「ねぇ、ツカサ。こんな日々がいつまでも続けばいい、そう思わない?」
メイドの腕の中のアカツキがきゃきゃと笑い始めた。
「僕は浮気をしないんだ。どうしてだと思う?」
ユリナはチャーミングに目をぱちくりさせた。
「わたくしの変わりなんて、誰ができるのかしら?」
「そうなんだよ」
一人殺せば殺人者だが、100万人殺せば英雄になる。
誰が言った言葉なのかは知らないが、僕は英雄だ。
そんな英雄の道を、手を取り踊りながら歩んでくれる人なんてユリナ以外に誰がいるだろうか?
「さぁ、行ってらっしゃい、ヒーロー」
「行ってくるよ、僕のユリナ」
人にはわからない、これが二人のスローライフなのだから。
とりあえずこれで終わりです。
でも、外伝っぽいのも書きたいので、もうちょっとだけ続くんじゃ。
自分の中で後腐れないように、全部書いたろと思ってます。




