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第101話 老人と少年


 レインズ・アルタは、道行く少年を呼び止めずにはいられなかった。

 その人知を超える美しさ、どうしても絵のモデルになってもいたかったのだ。


 少年と呼べるほどの年齢でありながら、腰には剣、旅を続けたのだろうボロボロのローブをまとっていた。

 彼は少し戸惑ったが、街を見渡し快く受けてくれた。


「みんな白い服を着ていますね。どうしてなんですか?」

 彼は椅子に座りながら、そう訊ねてきた。

 レインズは精密な描写が得意なのでできれば動かないでほしかったのだが、会話をする余裕こそ自分には欠けていると気が付いているので、手を動かしながらも会話を楽しむことにした。

「ここは英雄ツカサの街、ホットシータウンだと知っているかな?」

「え、ええ」

「今、領主様は戦いにより死の淵に立たされている」


 英雄ツカサ、彼の悲報は街にすぐに広まった。

 普通ならば隠すべきなのだろうが、情報インフラが間違いなく世界一のこの町において、下手に隠す方が人々の動揺が広がってしまうと考えたのだろう。

 さすが、世界一の街だと感心する。


「この白いマントはだね、戦争孤児に配られた服なのさ。彼らはホットシータウンに育てられた孤児であるという誇りがあってね、働き始めたとしても白い服を着ることが多いのさ。彼らは自分たちをツカサ・チルドレンと名乗ってね、実際よく働く」


 孤児は多い。

 だが、孤児ということを知られるのは危険だ。それはつまり、身を守ってくれる後ろ盾がないということだ。

 孤児だと知られれば、誘拐、殺害されても罪には問われない。

 残酷だと思うかもしれないが、子供が生きていくには盗賊や山賊になるほかになく、早めに殺しておかねば災厄となって返ってくる。


 だが、この町は違う。

 孤児を受け入れ、孤児であることを隠す必要もない。物を盗まなくとも働ける場所があるということは、とても特別なことなのだ。


「彼らだけではなく、誰が始めたのか、みんなが白い服を着始めた。新聞が広めたわけでも、誰かが扇動したわけでもない。ただ黙って、みんなが白い服を着始めた。理由を問われれば・・・それは野暮というものだろう?」


 レインズは何故か、それが心から嬉しく思っていた。


 手早く下書きを終え、色の調合を始める。

 その白い肌、綺麗な髪、それを再現するために色を混ぜていく。

 このような贅沢ができるのも、この町だけだろう。


「飾っている絵見て、君はどう思う?」

 レインズは思い切って話しかけた。

 後ろには、今までこの町で描いた絵が多く飾られている。

「綺麗だと、思います。なんというか、ここらへんで絵を描いている人の中でも、一番優れています」

「そう言ってもらえてうれしいよ。実はね、私はとある国のお抱え画家だったんだ」


 眉唾とも思えるような話だが、彼はなるほどと納得もしたようだ。

 年齢はもうすぐ70、白いひげを蓄え頭も禿げ上がっている。服装はすっかり落ちぶれてしまったが、質素ながら上品に着こなしている自信はある。


「こう見えてもかつては工房を任せられていた身でね、だがこの町にすっかり心奪われてね、地位も名誉も捨て、この町に暮らし始めたのさ」

 レインズは自然な微笑みを少年に向けることができた。

「実力には自信があった。すぐに名を上げることができると思っていたが、結果としては路上で絵を描いているわけだ」


 そう、さっぱり売れなかったのだ。

 売れるのは若く才気があり、まだ能力の低い画家ばかりだった。


「私の絵は、退屈と言われたよ。そう言われると、まったくもってその通りだ。背景は暗いし、立っているか座っているかの絵ばかりだ」

 素早く手を動かし、色を置いていく。

「王宮画家ならそれでよかった。むしろ精密で、筆の後すら残さない綺麗な絵を求められていた。だが、ここではタブーなどない。風景画、裸体、全く形を成していない絵もある」


 忌々しいが、それこそレインズを掻き立て、すべてを捨てこの町に来た理由だ。

 曾祖父の時代から工房で同じ絵を描き続け、どれほど腕を磨こうとも曾祖父、祖父、父、そして子と孫も同じ絵を描き続ける日々。

 若い頃は無茶もしたというのに、今では染みついた技から抜け出せないのだから笑い話だ。


「良くも悪くも人間の町だ。才能がないと打ちのめされ自殺をする者がいれば、孤児であろうとも優れてさえいれば評価される。恐ろしくも、甘美な町だ」


 あまり良い旅ではないのだろう、彼の表情は硬いままだ。


「その、英雄ツカサが死んだ場合、この町はどうなるのでしょうか?」


 思いもよらない事を聞かれ、思わず手が止まってしまう。

 そして、気づかれぬよう小さく息をつく。

「すべて、なかったことになるでしょうな」

 想定外だったらしく、彼は眉をひそめる。


「活気あふれる街だ。みんな残そうと頑張るだろうが、長い事政治にも触れてきたからわかるが、無駄だ。この町は宝石箱、守る者がいなくなれば略奪が始まる」


 人の汚らしさというものは、度し難いものだ。

 略奪は決して周囲の敵から奪われるだけではない。

 国民同士、友人同士、恋人、家族、どれほど深い仲だろうとも、笑いながら裏切る。そのような結末を、長い人生の中でよく見ていた。


「誰もが卑しく、等しく醜い。わずかな時であったとしても、ここは奇跡の町だ」

「奇跡の、町」

「私は、この秩序を守り死ぬつもりだよ」


「なぜそんなに死にたがる!」


 少年は激高し立ち上がった。


「死んで何が得られるって言うんだ! 大事だと思うものがあるなら這いつくばってでも生き残り、残していかなければいけないじゃないのか!」


 キョトンとするも、老人は微笑んで受け止める。

「できないんだよ」

「どうして!」

「面倒だからだ」


 その返答に、少年は絶句する。


「誰もがそうさ、こうしなきゃいけない、ああしなきゃいけない、わかってはいるんだ。だがやらない」

「どうして・・・」

「大変なんだ。とんでもない苦労をすることを、年を取るにつれわかってくる。しかもだ、苦労して得られるのは、他人の笑顔なのだからやってられないじゃないか」


 レインズは肩をすくめる。


「気を付けたまえよ、少年。声高に平和を叫ぶ者は、愚か者か、詐欺師だ。普通の人間というものは、変化を嫌う。それは我が身に危険が迫ろうと、喉をナイフで掻っ切られても変わらんもんだ。それが人間なんだよ」


 不意にレインズの手が激しく動き始めた。

 いつものように人形になりかけていた絵が、まるで血を得たかのように変わっていく。


「継げぬのだよ。領主様のように才能と力、知性を兼ねそろえながら他者のために生きる者などいない。故に、ホットシータウンは滅びる」


あの頃はよかった。

多くの友人が居た。

夢を抱えて若者たちが集まっていた。

楽しかったなぁ。


 そのような言葉を口にしながら、安酒を飲みながら死んでいくぐらいならば、夢を見たまま消えて行きたい。

 むしろ若返ったようだ。


 立てかけていた絵を回し、少年に見せた。

 まるで落書きだ。

 荒い下書き、自力があるので形にはなっている。

 だが、美しさの中に内に秘める怒り、衝動、悲しみを色と線で表現できていた。


「物知り顔の大人を信じちゃダメだ。老人からの忠告として聞いておきなさい。胸を張りたまえ、君はいつだって正しい」


 少年は一礼して立ち去って行った。

 するとすぐに少年の絵を買いたいと言う者が現れた。

 いや、これはダメだ、別の絵なんてどうだい? この風景画なんて他にはないほど緻密に書かれているとは思わんか? と言ったが、興味がないと立ち去って行った。


 それからやはり同じく、その絵が欲しいと言う者が現れ、そのたびに別の絵を勧めた。

 だったら似顔絵を描いてくれと言われ、ささっと描くと、思いの外高額で売れた。


 それからレインズの絵の質が変わっていく。表面ではなく、内面を描ける画家となっていくのだが、それはまた別の話。



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