第99話 正義
ジョルジュは投げ飛ばされたことに驚くも、すぐにその老人に切りかかった。
しかし、剣が合わさると同時に地面に倒れていた。
技が司よりもはるかに上、ジョルジュは何が起きているのかさえ理解できない状態だ。
だが、グィン・ナラールもそう長くは戦えないと分かった。
その速さ、力は人間がどうこうできる範囲ではない。
「グィン・ナラール卿! 助太刀いたす!」
「近寄るなっ!」
近寄ろうとする兵士に一喝する。
懐から無数のお守りを取り出す。
旅の中で得られた魔術的な護符なのだが、いくつか黒ずんでいたり割れていたりしている。
「魔術師はおるか! あの者を調査せい! 何か良くない魔術を使うぞ!」
グィンとジョルジュが剣を合わせているどさくさにまぎれ、司の体は引っ張り横に持っていかれ、治療が行われ始めていた。
だが、どう見ても手遅れだ。
「やめろ! どうして、なんでそんな奴を!」
ジョルジュは慌てて声を上げるが、思わず一歩下がってしまう。
兵士ではない、ただの一般人が、司の体を守るために足を震わせながらも一歩前へと出てきたのだ。
ゾンビよりは強いだろう程度の彼らが、勇気で前に出てきたのだ。
強盗から助け、誘拐から助け、力を振るう者に力でねじ伏せた。だが、救われた者であろうとジョルジュに恐れをなして逃げていく。
子供を置き去りにして逃げた親だっているほどだ。
それなのに、自分を恐れない?
何故、あの男も同じように力を示したというのに、どうして守ろうとしているんだ?
心は孤児だった頃に戻り、まるで棒を振るように剣を周囲に見せびらかした。
「この剣は人の命を吸う剣だ! 死にたいのか!」
彼らは恐れながらも、前へと進み出る。
兵はもちろん、後方支援をしていたのだろう一般人や、綺麗な服を着た女性の姿もある。
「わからんのか、少年。誰もが我が友を救いたいと思っている、ただそれだけだ」
白い粉に塗れ、頭から血を流す男が堂々と前へと出てきた。
その姿を見てグィンは仰天する。
「皇帝陛下、お下がりを! 誰かユリオス様を!」
「黙れ! 友を背にして退くことはない!」
ユリオスは装飾の美しい剣を抜く。
「ここにいる者たちすべてが同じ気持ちだ」
勝てぬだろう。
殺されるのだろう。
無駄死になのだろう。
だが、それでも退けぬ。
「我が友が今ここで倒れているのだ」
その通りだと言うように、恐れながらも逃げ出す者はいない。
「そいつは戦いを産んだ! 利用されたんだ! みんなにはわかるはずだ!」
まるで山賊のような、太った男が剣を肩に置きながら笑った。
「クソったれを育てたのは俺だからなぁ、見殺しにはできんさ」
戦いの場には似つかわしくない豪華な服を着た男は、ヒゲをねじりながら細剣をくるりと回す。
「らしくない行動ですがねぇ。ま、どうせ救われた命、ここが落としどころといったところでしょうな」
槍を持ち、身を落とす男も答えた。
「利用された? こちらが利用しているのだ。領地のため、母のため、そして弟のためにここにきているのだ。死なれてたまるか」
「我が悠久の友であるレッドウッドの変わりとしてここにいる。故に引けぬ」
「我ら獣人の未来はツカサにかかっている。元より逃げ場所などない」
「孫は奪われ、安寧の日々を失った。憎むべきなのかもしれんがなぁ。それでも、彼は一生懸命頑張っておったから、憎めないのだよ」
彼らはすべて色の汚いもやをまとっていた。
しかし、自白するとともにそのもやは透き通っていき、光り輝き始めた。
3人が、前に出てきた。
もやのない、人物だ。
「父さんは我らに名をつけてくれた。戦いの道具として生み出されて我々は、命を頂いた」
「父さんはいつも悩んでいた。道に迷い、助けを求めていた。嬉しかったな、力になれたことが」
ジョルジュは、力なく剣を下げた。
「フィーア、そんな、君は・・・」
フィーアは、見たこともない冷たい、人形のような顔を向けた。
「あなたは自由な翼だった」
淡々と、遠い昔を思い出す様に。
「あなたは選ばれた。あなたはどんなことにも縛られない、自由な魂を持っていた。あなたをお父さんに紹介することが、夢だった。きっとお父さんは喜んであなたを迎えてくれた」
フィーアは横に振る。
「だけどあなたは、羽をたたんだ。必ずまた羽ばたいてくれる、そう思っていた。だけど、あなたは翼を切り落とし、そして、父さんを殺した」
「まってくれ、俺は、君が・・・」
その目から、涙が落ちる。
「もうあなたを愛せない。ここから出て行って」
ジョルジュは、再び剣を持ち上げ威嚇する。
「そいつは俺を殺そうとした! 選ばれなかったら俺はゾンビになっていた! 俺はそいつを殺す権利がある! 貴様らに俺を裁く権利など何もない!」
それなのに、まるで少年が犯罪者かのように大人たちは取り囲み近づいてくる。
少年は、彼らを皆殺しにできる力があることも忘れ逃げ出していた。




